タッチ&ゴー

 ゲミュートリッヒまで数十キロまで来たところで、前方から飛来するものがあった。俺にはまったく視認できない距離で、操縦士ヘイゼルと副操縦士ナルエルが緊張を解く。


「マチルダちゃんとエルミちゃんですね」

「手を振っている」

「おお」

「「おぉ?」」


 気が利くなと感心したのは俺とティカ隊長、ナニ言ってんだこいつらと怪訝そうな声を出したのが四人の獣人ボーイズ&ガールズだ。ここまでの道行きで彼らの常識は粉々になってしまったらしく、驚くところまでは行っていない。

 あいにく地上は鬱蒼とした森で、近くに降りられそうな場所はない。ヘイゼルが機体を減速させて空中停止ホバリングを行う。


「お帰りニャー」

「遅イので、迎えにきタ」


 低空から上昇したマチルダたちは、上部の回転翼ローターを器用に避けて機体横の扉から乗り移ってきた。後席で寄り添っている獣人の少年少女を見ると、エルミが人懐っこい笑顔で手を振る。


「新入りの子たちニャ?」

「ああ、王国で兵隊に捕まってたからな。助け出してきた。しばらくはゲミュートリッヒで預かる。その後どうするかは自分たちで選ぶと良いさ」


 エルミとティカ隊長の会話に、子供らは不安そうな顔を見合わせる。


「……どこかに、売られるの?」

「売らないし、たぶん売れないのニャ」


 エルミ? そういうコメントは誤解を生むからね? みんな“捨てられる⁉︎”って顔してるし


「ミーチャもウチも、同じように王国から逃げてきたのニャ。ゲミュートリッヒでゆっくりして、好きなことを見付けると良いのニャ♪」

「ソうダ。夢も、未来も、友もナ」


 ああマチルダ、そこでイチャイチャしない。それはそれで誤解を生みそうだからね?


「とりあえず、俺たちは無事だ。ただ、王国がケンカ売ってきてるから、王城を吹っ飛ばしに行こうかと思ってる」

「ホう、そレは面白ソうダ」

「ウチらも行くのニャ〜♪」


 ノリノリの抱っこ攻撃機組を見た新入り獣人四人は、“いや、そうはならんやろ”な顔で固まる。

 エルミたちには、早急な補給の必要性と工房前の着陸地点確保を伝えるため、先行してゲミュートリッヒに戻っていてもらう。

 タンデムのスカイダイバーみたいにドアから身を投げると、魔力の翼を開いて加速する。こちらも加速して追い付こうとしたのだけれども、あっという間に見えなくなってしまった。


ッええぇ……」


 前にマチルダたちは巡航速度でも時速約二百キロ百二十マイルとか聞いたな。本気を出せばもっと速いのか、その後に実力が伸びたのか、いまは最低でもその倍は超えてそう。


「……軽飛行機ライトエアクラフトどころか、高速プロペラターボプロップ機くらい出てますね」

「そらヘリコプターなんて、一瞬で置いてくわな」

「リンクスは、回転翼機の最高速記録樹立機レコードホルダーなんですけどね……」


 ちょっと英国的プライドが傷付いたような声で、ヘイゼルがボソッと嘆いた。


◇ ◇


 ゲミュートリッヒ上空まで到達すると、エルミたちが鍛冶工房裏手の空き地で手を振っていた。畑として使っていない場所を離着陸用に空けてくれたらしい。良い判断だ。通りの幅じゃ、安全性に少し不安がある。

 工房の入り口には燃料補給用のポンプとドラム缶が置かれ、ドワーフの爺ちゃんたちがミサイル装填のために控えている。

 確保された空き地に着地すると、俺とティカ隊長は獣人の少年少女を連れて工房まで移動する。


「危ないから頭を下げてな!」

「「あい」」


 四人についてはそのままティカ隊長に任せて、俺たちはもうひと仕事だ。


「ミーチャ、“とー”は八発で良いんじゃな!」

「そう、あとMAG汎用機関銃L7の弾帯もお願い!」

「了解じゃ!」


 ローターの停止を待って、爺ちゃんたちが用意してくれた燃料と弾薬を一緒に運ぶ。

 ナルエルも副操縦席から降りてミサイルの搭載作業に加わる。燃料の補給は、エルフ組が手伝ってくれた。


「ヘイゼル嬢ちゃん、不具合はないか?」

「問題ありません。皆さんの整備は良い仕事です!」


 操縦席のヘイゼルに手順と状態を確認しながら、サクサクと作業が進む。事前に整備と操作説明をしたのは正解だったようだ。一段落したら、ある程度の分解整備を許可しても良いかもしれない。


「“えるなな”装填完了じゃ」

「“とー”も装填完了」

「燃料は、もう少しだ。……ヘイゼル、確認を頼む」

「メインタンク、メーター読みで七百三十リットル百六十ガロン超えました。もう大丈夫です」


 燃料と弾薬の補給が済むと、みんなに離れてもらってリンクスのエンジンを始動する。ティカ隊長と獣人の子たちが降りて、ステンガン装備のエルミとマチルダが加わる。


「ありがとう」


 手を振ってくるゲミュートリッヒの住人たちに手を振り返して、俺たちは再び南へ向かう。

 今度は、初めての王都へ。

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