狼煙
翌日からもナルエルは鍛冶工房に入り浸り、楽しそうな顔で作業に加わっていた。
彼女には魔道具師だけでなく鍛冶師の素養もあるようで、新しい鍛造技術と鋼材について話しているのが聞こえてくる。俺にはサッパリわからない内容だが、斬新な視点の提案だったらしく爺ちゃんたちがエラく盛り上がっていた。
俺とヘイゼルは差し入れを持って様子見に来たのだが、取り越し苦労だった。
とはいえ、放っとくと飲まず食わず(さらには眠らず風呂にも入らず)で没頭するのがドワーフ技術陣の常なので、若手に声を掛けて段ボール箱入りの携行食とミネラルウォーターを工房の隅に積んでおいてもらう。
「ナルエルのやつ、楽しそうにやってるな」
見回り中らしいティカ隊長がやってきて、鍛冶工房を覗き込む。訳のわからん早口の技術用語で議論しているドワーフ組を見て、苦笑しながら首を振った。隊長自身もドワーフではあるけれども、彼らの技術論を理解するほどではないようだ。
「ミーチャ、町の住人たちへの紹介は進んでいるか?」
「ちょっとずつだけどな。昨日は孤児院とクマパンさん、今朝は買い物がてら
「
ヘイゼルに言われて思い出した。たしか俺は、そのとき厨房に入っていて手が離せなかったはず。となると、店主たちにはあらかた顔合わせが済んでいるかな。
「あとは一般の住民だな。近いうちに宴席でも設けるか」
そんなことを言って、マルチタスクな衛兵隊長は見回りに戻ってゆく。
ずいぶん気を使ってくれてるな。集団で加わった俺たちと違って、ナルエルは単身で入り込んだ新住人だ。ちゃんと定着できるかの見極めも必要なんだろう。適度な距離感なので助かっている。
「ミーチャ!」
緊迫感のある声に振り返ると、通りの反対側でマチルダが手を振っていた。最近ずっとペアで行動してるエルミはと見渡してみれば、店のある方からステンガンと弾薬ポーチを手に駆けてくるところだった。
「ん? どうした?」
「誰か、襲われていル」
東北方向を指して言うマチルダ。ヘイゼルを振り返るものの、困惑した表情で首を振られた。さしもの万能メイドでも、魔族であるマチルダほどの探知能力はないようだ。
「相手は誰かわかるか?」
「わかラん。デも襲っていルのは魔物ダ。ひトつ大きい反応がアる」
「火力が要るなら車を出すぞ」
「イや、そレでは間に合わン。ヘイゼル」
マチルダはヘイゼルを呼んで、
「いざトなレば、“25ぱうんだー”を頼ム」
「わかりました」
「マチルダちゃんお待たせなのニャ!」
「うム!」
武器弾薬と通信器の装着を確認したエルミが声を掛ける。マチルダはそのままネコ耳娘を抱きかかえ、上空へと舞い上がった。
プラーンと手足がぶら下がってる感じが、なんだか猛禽類に捕獲された小動物みたいだなと俺は場違いな感想を抱く。
「“とぅえにーふぁーい”、発射用意じゃ!」
「「応!」」
ヘイゼルとの会話を聞いていたマドフ爺ちゃんが短く指示を出すと、老若ドワーフ陣は通りへと25ポンド砲を引き出し始める。まるでスクランブル発進する戦闘機部隊みたいな速度と連係だ。砲に掛かり切りのマドフ爺ちゃんに代わって、鍵を持つティカ隊長が弾薬庫を開ける。
通りの真ん中に回転式の砲座が置かれ、車輪を外した25ポンド砲が設置される頃には弾薬が
「ヘイゼル嬢ちゃん、発射準備よしじゃ!」
「ありがとうございます。上空から連絡があるまで、そのまま待機お願いします」
「「応!」」
こちらは待ちだ。いざ砲撃となった場合、住人たちの安全確保は砲操作に直接関わらない俺とティカ隊長が行うことになる。
そんなことにならなければ良いけどな。
「ヘイゼル、あのふたりで大型の魔物に対処できるか?」
「エルミちゃんもマチルダちゃんも、自分たちの能力と限界は把握しています。その上で、こちらの支援能力も理解していますから。無理はしませんよ」
たしかに。彼女たちは足りないところを補い合いながら急成長し、いまや歴戦の兵士みたいな落ち着きを見せるようになった。
それでも、正体不明の状況に対して不安は残る。このタイミングで、東北方向というのが腑に落ちない。タキステナからの侵攻だとしても別の勢力だとしても、逆にそれが民間人だとしてもだ。
◇ ◇
「わかルか、エルミ」
「……うん。なんかヘンな感じニャ」
ゲミュートリッヒから飛び立ってしばらくすると、マチルダの言う“大きな魔力”がエルミにも感じられるようになった。
町にいた時点ではわからなかった。マチルダの魔族としての能力なのか。単に遮蔽のない空に上がったせいか。
山間部の起伏に沿って広がるような、大きいが重たく鈍い魔力。エルミには経験のないものだ。
「けど……あれ、なんなのニャ……?」
「正体はワかラん。襲わレた側はアちらダ」
「ニャ……?」
山道に転がった馬車と、倒れている人影。彼らは商人なのか、馬車の周りには荷物が散らばっている。
エルミが通信器でヘイゼルに状況説明をしていると、マチルダがいきなり上昇に転じた。すぐに身を翻して急降下し、森の梢を掠めながら速度を上げる。
「マチルダちゃん⁉︎ ど、どうしたのニャ⁉︎」
「面倒なこトに、ナりそうダ。見ろ」
振り返ったエルミの視線の先に、黒いモヤのようなものが広がっていた。不可解な違和感と忌避感があるものの、何なのかはわからない。耳元で、マチルダの辟易した声が聞こえた。
「……アンデッドだ。オそらく、死霊術師がイるゾ」
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