突き進む怪物

 夜も深まった頃。話し合いが続いている酒場の二階で、エルミはふと目を覚ました。

 今日は臨時休業とのことで早めに夕食を済ませ、暗くなって間もなくベッドに入った。そのまま朝を迎えるはずだったのだが。

 なぜ目覚めたのかわからず、ネコ耳娘はキョロキョロと理由を探る。思い当たる節はない。あえて言えば……


「……誰かに、呼ばれてる気がするのニャ」


 静かに部屋を出ると、ほぼ同時にマチルダがドアを開けて現れた。どちらも外着に着替えて、胸には短機関銃ステンと弾薬ポーチを身に付けている。互いに気持ちが同期しているのを確認して、ふたりは幸せそうに笑った。


「他のひとたちに言わなくてよかったのニャ?」

「正体を探っタ後で構わン。少なくトも、ヘイゼルは感じテいルはずダ」


 二階の窓から外に出ると、マチルダは庇の上で魔力の翼を広げた。エルミを胸の前で抱えると髪に顔を埋め、大きく深呼吸してふわりと舞い上がる。

 月に照らされた夜の空は静かで、わずかな風切音だけが聞こえる。地上で瞬く仄かな光は、魔物の発する魔力光だろう。ゆっくりと滑空しながら、ふたりは北東方向に向かう。


「相手が何かは、ワかるか?」

「すっごい強い、魔力と執念きもちだけニャ」

魔術短杖ワンドに似た平たイ魔道具で、コちらを窺ってイた者。タキステナの……おそらく魔導師ダ」

「それが、来てるのニャ?」

「あア。ゲミュートリッヒに向かっテ、真っ直ぐ、着実にナ」


 距離は、まだ十六キロ十哩はある。それだけ離れても感知できる、凄まじいまでの魔力。それはまるで小さな龍だ。

 だが、不思議と敵意を感じない。


「妙な話ダがな、エルミ」

「わかってるニャ。ウチも、会ってみたいのニャ」


 飛んでいるこちらを見つけたようで、地上の気配が止まった。パタパタと興奮した様子で動き回っているのが感じられる。やがて光の球が、次々に打ち上げられるのが見えた。


「ナにッ⁉︎」

「なにしてるのニャ⁉︎」


 攻撃魔法と見紛うほどのそれは、ポンポンと光の粒子になって空中に色とりどりの花を咲かせる。


「おぉおぉーぃ! こっちこっちぃいい……♪」

「マたアの町に、厄介な奴が増えそうダな」


 降下を始めたマチルダは、笑み含みの声でそういった。


◇ ◇


 町の今後を話し合う会合が終わって、解散前に軽く呑もうかという話になった。

 時間はもう深夜に近く、みな食事も済んでるのでドワーフたちですら静かに盃を傾けるだけだ。


「そういえば、冒険者ギルドの職員が来るぞ」

「え?」


 ティカ隊長のコメントに俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。酔っ払ったのかと思ったが、酒を好まない生真面目な衛兵隊長が飲んでいるのはヘイゼルとお揃いの紅茶だ。


「早ければ二、三日で着く。元冒険者の……名前は忘れた。獣人の、女だ」

「へえ」


 中央から監視を兼ねた傀儡おかざりが派遣されてくるだろう、という話は聞いていた。その後のドタバタで、どうせ中止か延期になると思っていたんだが。


かと思ったが、そういう風でもないな。自分で志願したと聞いている」

「それはそれで、妙な話だな。まあ、構わないよ。隣に来るなら掃除くらい手伝うし」

「掃除と片付けでしたら、ティカさんから鍵を預かって、もう済ませてありますよ」


 俺の提案に、ヘイゼルが笑顔で答えた。

 さすが本場出身――かどうかは知らんけど――のメイドさんだ。気が効いてるな。


「すまん、ミーチャに話を通すべきだったな。伝えるつもりで忘れていた」

「ヘイゼルさえ納得してるなら構わないよ。彼女は俺の使用人じゃないし」

「「え?」」


 呑んでいた何人かが驚いた顔で振り返る。おう、いったい何だと思ってたんだ。

 彼女には物資購入以外でカネ払ってないし。むしろ能力的には俺が養ってもらっているようなもんだ。恥ずかしいから言わないけど。


「そうなのか」

「そう言われてみれば、主人て貫禄はないな」

「ちょっとそこのドワーフ組、ムッチャ本音が漏れてるぞ」


 笑っていたところで、どこか遠くから何か聞こえてくるのに気付いた。外に出てキョロキョロしていた俺たちに、ヘイゼルが声を掛ける。


「戻ってきたみたいですね」

「戻ってきた? 誰が? どこから?」


 ツインテメイドが笑顔で空を指差す。口を開けて見上げた俺たちの頭上に、抱っこ飛行機が旋回しているのが見えた。ゆっくり高度を下げてくるマチルダの両脇に、プラーンとぶら下がっている人影があった。

 ひとりはエルミ。もうひとりは……


「なんだ、ありゃ?」

「うほおおおぉーッ! これこれ! ここだ、見えたの! やったぁーッ! あのときの楽園が、目の前にいイィ……‼︎」

「ニャー! ナルエルちゃん! 暴れたら危ないのニャ!」


 手足をジタバタと振り回しながら、目をキラキラさせているドワーフらしき女の子だった。

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