傾く形勢

 臨時休業中の酒場に、ゲミュートリッヒの主要スタッフが集まっている。

 今後の方針を協議するためだ。議事進行役と議長役はティカ隊長だが、基本的には合議制。この辺も性善説に頼っているというか、無私の善意を前提にしている感じが俺には少し危ういように見える。いまはまだ信頼できる住人しかいないので維持されているだけ。悪意や作為を持った者が混ざるだけで簡単に崩壊する。

 俺は俺でブラック企業やブラック社会ばかりを経験してきたからバイアスが掛かっている自覚もあるが。


「敵対勢力がどこまでの範囲か、その敵意がどれだけ踏み込んでくるかを見極めんことには、正面からは動けん」


 ごく真っ当な意見を出したのは鍛冶屋で機械工のパーミルさん。同じく鍛冶工房で働くマドフ爺ちゃんも手を上げる。


「わしも、パーミルに賛成じゃ。殺した後で間違いでした、ではこちらがクズ以下に成り下がる」

「そうだな。我々も恨みを買う程度の覚悟はあるが、無意味に敵を増やせば、いずれこの町は滅びる」


 エルフの銃手たちも、賛成の意思表示をしているようだ。

 老若男女を問わず、この町のドワーフとエルフは銃砲火器の威力を目の当たりにしている。そのせいで逆に、その行使には慎重になったようだ。力があろうとなかろうと、百やそこらの集団が自ら孤立を選ぶのは自殺行為だ。


「攻めてくる敵を倒すのは当然じゃ。しかし、その前に出来ることはないか、他の方法はないのかも、そろそろ考えるべきじゃろ」


 マドフ爺ちゃんの意見に、衛兵のサカフが控えめに手を上げた。


「それは、わかるっす。でも他の方法って……例えば、どんなっすかね?」


 直情径行な獣人の性格からすると、いまひとつ理解しきれていないようだ。特に反対というわけではなく、具体例がないとピンとこないのだろう。

 ゲミュートリッヒは辺境だけに魔物や野盗や王国軍の侵攻などへの対処には慣れていても、政治的な包囲や衝突はあまり経験してこなかったようだからな。

 たぶん、“敵は倒す”という以外の選択に慣れていない。


「そうだな……例えば、こちらの力を派手に示して勝てないと思い知らせる。逆に、敵の弱みを握るか罠に掛ける。準備段階の戦力を削ぐか、兵士を引き抜く。あとは……」


 俺が例を挙げると、みんな、なんとなく頷き始める。


「物資を安く流して敵の財源を潰す。必要な物資を止めて兵糧を削る。敵より多くの味方を持つ。敵の対抗勢力に根回しをする。敵内部の不満分子を支援する。敵の勢力だけと交渉を持つ、なども有効です」


 ヘイゼルさんの提案は少しだけ英国っぽいというか搦手からめてっぽいというか、政治家や諜報機関が行う方向の気がするけど、まあ有効なのは同意する。

 敵意を持った奴らを片っ端から皆殺しにしなくても、攻めてくる気が無くなれば良いのだ。幸か不幸かアイルヘルンの国土はそこそこ広く、都市は分散している。良くも悪くも一致団結してことに当たる気風もない。


「そうだな。それでも攻めてくるなら、迷わず殺せば良い」


 ティカ隊長の意見に、それぞれ頷く。聖都が消滅したのを聞いて、皆その思いは強くなったようだ。選択自体は間違っていないとしても。他の選択肢を探らないようになったら、亜人への憎しみとともに手段を選ばなくなった聖教会の連中と同じだ。


「殺すにしても、敵の一番上だけを殺すという手もあるぞ。誰がやったかわからないようにすれば、敵の内部は混乱する」


 俺の意見は、わりとすんなり受け入れられた。あくまでも理解したという意味だ。それが最も難易度の高い手段だということは、みんな当然わかっている。


「とりあえず友好関係を結べそうなのは、サーエルバンくらいか」

「マカも……少なくともエインケルが領主のうちは、表立って敵対はせんだろ」


 ドワーフ組は楽観的だが、俺もわりあい同意見だ。あの酒好き爺ちゃんは、領主としての顔ではなかったとはいえ、鉱山都市マカはゲミュートリッヒとの対立にメリットがない。そう大きなデメリットもないが。


「他領と付き合いのない状態が、あまりにも長すぎたな。ギルドも領主も不在のままで、中央との接点もなかったしな」


 ティカ隊長が自嘲気味に嘆く。西端の辺境でそもそも生き延びるのが精いっぱいだったようだ。俺たちがきたことで生活は改善もされたが、中途半端に目を付けられるような状況にもなった。

 それがなければ誰にも顧みられない寒村のままでいられたのだ。


「なあ隊長、そういや、ここの領主って、なんでいないんだ?」

「ずっと町として扱われていなかったからだ。最初はサーエルバンの飛び地というか、物資集積地だ。その後も、元サーエルバン領主モルゴーズには、ずいぶんとたかられたがな」


 聞けば、最近までサーエルバンのオマケとして扱われてきて、改善のために動いていたところだったらしい。

 冒険者ギルドが置かれることになったのも、その一環だ。ようやく独立した町としてのスタートラインに着くところだったが、ここにきて雲行きがおかしくなってきたわけだ。

 アイルヘルンは中央といっても集権されていないから、政治的な落とし所が見えてこない。聖国のように正面から敵対されるよりも苛立つ状況だ。


「いっそのこと、タキステナに乗り込むか」


 ティカ隊長が、まったく笑ってない目で微笑んだ。

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