エンバー・オブ・キュリオシティ

 隊長はクマ獣人の衛兵サカフに、サーエルバンとの連絡を頼んだ。

 ゲミュートリッヒでを発見したこと、無事でいること、後ほど責任持って送り届けることを伝えてもらう。

 いま連れ出してもベロンベロンで話にならんしな。爺さん酒杯を抱えてテコでも動かんて顔してるし。


「……なあ、ティカ隊長?」


 空気の重さに耐えかねて、俺は半笑いで話しかける。こういう辺りは元・社畜の悪いとこだ。


「この爺さんは、何者?」

「なにもんて、ワシらと同じ量産品かずうちのドワーフじゃい」


 パーミルさんチョイ黙ってて。それも間違いじゃないと思うけどさ。

 酒好きで好奇心旺盛で、頑固で無邪気な技術バカ。確かにこの爺さん、どこにでもいるドワーフだ。

 それはまあ、どうでもいい。

 隊長の弁では、“賢人会議”からサーエルバンの視察に送られてきた、“鉱山都市マカ”の領主ってことだから、つまりは中央から送り込まれた監視か。いずれそれがあるのは想定内だったけどな。思ったより、ずいぶんと早い。

 そして、幸せそうな顔でベロンベロンになってる、この爺さんの目的がわからん。


「こいつは領主である前に、アイルヘルンの頂点に昇り詰めた伝説の鍛冶工房、“塵芥小片フレックス”の長だ。……正確には、世にいて引退した、伝説のだな」


 ティカ隊長は苦虫を噛み潰した顔で爺さんを見て、申し訳なさそうな感じで俺を見る。

 事情は知らんけど、見た感じ……ずいぶん元気な出汁殻だしがらだな。


「ついとるラベルふだなんぞ、どうでも良かろうが。わしは、わしじゃ」

「聞いた風なことを抜かすな、爺さん。こっちに忍び込んだのは、賢人会議の命ではないとでも?」

「あのボンクラどもに命じられたところで、わしが動くとでも思うのか」


 不敵に笑う爺さんと、呆れ顔で溜め息を吐く隊長。

 どうやら同じドワーフという以上に、見知った間柄のようだ。


「……たしかに、思わんな。そもそも現段階では、最長老のアンタが動く意味もない。となれば個人的な危機意識……なわけないか。ただの好奇心だろ」


 コンコンとグラスの底でテーブルを叩き、ニーッと笑ってティカ隊長を指差す。

 なんだそれ。“正解”みたいなジェスチャーか?


「最初は、がサーエルバンかと思ったんじゃ。召喚者が現れたのは、そこだと聞いておったからの」

「到着早々に、領主館の視察はしたらしいな。えらくぞんざいに、だが」

「ああ。チンケな小悪党の領主モルゴーズが、気の触れた衛兵隊長ケイルマンごと消えた。そんなもんは知ったことかい。むしろ、わしらには万々歳じゃ」


 この爺さん、いきなり饒舌になってるな。目もトローンとしてるし、完全に酔っ払ってる。

 ドワーフが酒好きといっても、酒場で見ている限り特に強いわけではないようだ。


「半世紀以上グズグズ続いとった王国の干渉も、無遠慮にしてきとった聖国の介入も、おぬしらにバッサリ断ち落とされたらしいがの。それも亜人には、ただの僥倖じゃ」

「だったら、何に興味を持ったんだ?」

「どこぞから、尋常でない量の物資が流入しとるじゃろ。新規ダンジョンからの資源産出も、数字が明らかにどうかしとるわ。いまのところ荷動きはサーエルバン内部に留まっとるがの。その分、外部からの購入が減ったとなれば、隠し切れるもんでもなかろう?」


 なんだ、外部って。少なくともゲミュートリッヒにとって、外部との取り引きはサーベイさん経由のものだけだ。

 ティカ隊長は、すぐに答えがわかったようだ。俺も、そこで気付いた。目を付けられたのは、その取り引きだと。


「……そうか、塩だな」

「うはは……詰めが甘いんじゃ。そもそも隠す気もなかろう?」


 まあ、そうだな。どうでもいいと思ってた。他国であれアイルヘルンの中央であれ、何かあれば力尽くで跳ね除け、遮断するだけだと。

 我ながら底の浅い、子供みたいな発想だな。


「一定量の消費が避けられない物資の購入が、いきなりピタッっと止まれば異状はすぐに知られる。サーベイは気を回して露呈せんように調整しておったがの。それにしても限界はあるわい。揺すってくる者もおるからの」

「……変化を察して塩の値を上げたか。くそッ、あのゴミが」

「隊長、どういうこと?」

「アイルヘルンで塩の産出は、タキステナが最大手だ。あそこは周りが塩湖だからな」


 タキステナ。たしかサーエルバンの北東約二百キロ百二十哩ほどのところにある学術都市だ。

 えらくデカい湖のなかにある大きな島で、面積も人口もサーエルバンの何倍もあるらしいと聞いた。


「そこの領主オルークファは、いけ好かない守銭奴で差別思想持ちのエルフだ。あたしたちが王国や聖国と揉めてるのを見越して、たぶん出荷を絞ったんだろ」

「稼ぎどきと思ったか滅ぼす潮時と思ったかは知らんがな。そのアテが外れて、察したんじゃろ。西で何か起きとると。頭でっかちで常備兵力を持たんから表立って動きこそせんが、あの耳長は警戒しとるし、付け狙ってもおるぞ」


 爺さんは空のパイントグラスを掲げると、もう一杯くれとヘイゼルに身振りで頼んだ。

 ものっそい良い笑顔だなオイ。


「アンタは違うとでも言うつもりか、エインケル」

「わしは警戒などしとらんし、付け狙っても……」


 爺さんはウィスキーを堪能しながら、首を傾げる。


「いや、狙ってはおったな。そのために適当な理由をでっち上げて、ここまでに来たんじゃ。こんなに素晴らしいとは思ってもみんかったがなあ……ああ、嬢ちゃんすまんな」


 銀貨と引き換えにお代わりのグラスを受け取った爺さんは、満面の笑みでそれを傾ける。

 ドワーフって、ホント美味そうに呑むな。それ一杯でも、俺には致死量だが。


「いい加減にしろよ、爺さん。サーエルバンに来た目的と、ゲミュートリッヒに入り込んだ目的を言え」


 ティカ隊長の詰問に、エインケル翁は、へっと鼻で笑った。

 態度は太々しいが、悪ぶってるでも嘲笑ってるでもない。爺ちゃんなのに、目がキラキラしてる。


「そんなもん、知りたいからに決まっとる! こんな面白そうなこと、自分で噛まずにいられるか!」


 おおう……それを胸張って言うか長老。

 最初は奔放に感じてたティカ隊長も、ドワーフのなかでは常識的で良識派なのだなと思い知った。

 我らが法の番人は、呆れ顔のまま首を振る。


「まあ、そうなるとは思っていたさ。動くとしたら、オルークファが先だと踏んでいたんだがな」


 カタンと、グラスの倒れる音がした。

 爺さんから受け取った空のパイントグラス。それをトレイで運びかけたヘイゼルが、ボンヤリした顔でこちらを見ていた。


「ヘイゼル、どうした?」

「……エインケルさん。もしかして、オルークファというのは長身痩躯の老エルフで、鑑定魔導師ですか」

「ああ、そうじゃ。鑑定にかけては、あれほどの魔導師はアイルヘルンでも五人とおらんな」


 なるほど、という顔でヘイゼルは俺とティカ隊長を見た。


「司祭ロワンから、“オル師”と呼ばれていたエルフの魔導師ですね。サーエルバンに入り込んで、こちらの武器や戦力を探っていました」

「あのクズ、よりによって聖国の紐付きか」


 ティカ隊長が呆れ顔で首を振る。宗教を隠蓑にして他国に侵食してゆく事例は、元いた世界でも数多く見聞きしていたけれども。いつの間にやら、ずいぶん深くまで入り込まれたものだ。

 聖国はヘイゼルの10トン爆弾グランドスラムで、めでたく“浄化”された。とはいえ野放しになった傀儡がどう動くかは、逆に読めない。


 考え込み始めた俺たちを眺めながら、ウィスキー を飲み干したエインケル爺ちゃんが笑った。サムズアップでもしそうな満面の笑みで、俺たちにグラスを掲げる。


「なあ、嬢ちゃんら。わしと、いっちょタキステナ潰さんか?」

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