満たされざる渇き

 なんだかんだで面倒臭いことになりそうな予感を抱きつつも、俺たちはゲミュートリッヒでの日常生活に戻った。

 酒場は連日満員御礼。とはいえ酒好きが集まる店なので、そう凝った料理は求められず。最近ではフライドポテトチップスや野菜スティックに好みのディップを合わせるのが人気だ。

 豆と野菜をベースにした緑ディップと、ヨーグルトベースの白ディップ、チーズの入った黄ディップに、ピリ辛でスパイシーな赤ディップもある。どれも手が込んでて、実に美味い。

 俺には、こんなもん作るセンスも能力も意欲もない。八百屋の若女将カミラさんと、薬屋のエルフ娘イーヴァさんが共同開発したものだ。地産地消な上に客受けも良いので、いっぱい購入させてもらってる。


「よお」

「いらっしゃい」


 五分の入りだった店内に、鍛冶屋のパーミルさんが入ってきた。

 凄腕の鍛冶師でヒゲモジャで、酒好きでマッチョなドワーフ。だけど、他のドワーフたちも背格好や性格は似たようなものなので、混ざると見分けがつかない。

 まあ、それで困ることもない。現に後ろから入ってきたドワーフも、店で盛り上がってる連中も、外見上は七人の小人くらいの差異しかない。酔っ払ってしまえば、なおさらだ。


「ヘイゼル嬢ちゃん、いつものを頼む」

「はい。樽入りウィスキーを銀貨一枚分ですね?」

「ああ、それをふたつだ」


「「え?」」


 うちでウィスキー銀貨一枚分は約三百ミリリットルハーフパイント。パーミルさんはそれを五、六杯は空けるけれども、さすがにふだんは一杯ずつだ。

 どうやら後ろのドワーフは、彼の連れらしい。


「おふたりでしたら、そこのカウンターどうぞ」


 ヘイゼルの案内で、パーミルさんは中程のカウンターに向かった。連れのドワーフ男性は、まだ素面なせいか少し落ち着かない様子で店内を眺めている。警戒しているわけではなく、たぶん興味と好奇心からだろう。

 周りのドワーフたちも、それがわかるのか妙に嬉しそうだ。


「おう、パーミル。そっちの爺さんは、新入りか?」

「いや、こいつはエインケル。サーベイんとこの仕事で、遠くから来てくれたらしい客人じゃ。ちょっと工房を覗いてもらったが、目利きは一級品。鍛冶も、なかなかの腕じゃぞ」

「「ほぉ……」」


 偏屈なドワーフが初見の相手を、ここまで手放しで褒めるのは珍しい。

 凄腕のパーミルさん自身が認めるほどの人物。ということはつまり、“なかなか”どころではない実力者なのだろう。それを聞いたマドフ爺ちゃんや周囲のドワーフ連中も、その評価を尊重したようだ。

 それはともかく……エインケルさんって、爺ちゃんだったのね。ドワーフの年齢は、見ただけじゃわからん。エルフと違う意味でな。


「会ったばかりなんじゃが、エインケルとは妙に気が合ってな。飛びっきりの火酒かしゅを飲ませると連れてきたんじゃ」

「それじゃ、この店にしたのは正解だな。エルミ嬢ちゃん、わしから、ふたりに瓶入りを一本頼む」

「はいニャー」


 先にオーダーされた樽入りウィスキーが、パイントグラスで運ばれてくる。ヘイゼルはふたりの前にグラスと、大きな木椀に入ったポテトチップスクリスプスを置いた。


「……これは?」

「お酒を頼まれたお客さんへのサービスです。お代には入りません」


 わかったようなわからないような顔で、エインケルさんは曖昧に頷く。


「さて、乾杯じゃ」

「お、おう」


 ふたりはグラスを掲げて、一気に飲み干した。

 何回見ても信じられん光景だけどな。よく蒸留酒をそんな、スポドリみたいに飲み干せるもんだ。

 うんうんと頷きながら、ふたりとも満面の笑みを浮かべた。えらく気に入ってくれたようで、早くもお代わりを求めて手を挙げようとしている。


「お待たせニャー」


 ちょうど良いタイミングで、エルミがボトル入りのウィスキーを持ってきた。パーミルさんが封を切って、仲良くグラスに半分ずつ注ぐ。

 奢ってくれたマドフ爺ちゃんへのお礼なのか、ふたりは軽くグラスを掲げた。


「火神に」

「「「火神に」」」


 よくわからんが、ドワーフっぽい言葉だこと。

 近くにいたみんなが、揃ってカポッとグラスの酒を飲み干した。


「「「うははははは……‼︎」」」


 いきなり大笑いし始めたのは、ドワーフ連中の通常運転である。

 乾杯からの大笑いモードで始まり、情報共有せけんばなしを経由して、真剣な技術論モードに入り、濡らした指でカウンターに何やら書き始め、何か思いついて乾杯して、大笑いモードに入るというルーティンだ。


 エインケルさんは呆れ顔で首を振ると、パーミルさんを見た。


「どうかしとる」

「じゃろ?」

「完全に、常軌を逸しとるぞ」

「だーから、そう言うたんじゃ。なぁ?」


 パーミルさんは豪快に笑いながら、エインケルさんの肩を叩く。

 その間にも銀貨と引き換えに樽入りウィスキーは続々と運ばれ、カパカパと飲み干されてゆく。ドワーフたちにとっては、いつもの光景だ。


「わしゃー、どうしたらええかのう……」


 なにがどうしてどうなったやら、老ドワーフはルーティンから外れ、いきなり激しく悩み始めた。


「こんなところに楽園があると知っておったら、わしの人生は全く違ったものになっておったんじゃがな」

「いやいや、ここは、まだ出来てふた月と経っとらんぞ」

「なるほど、忽然と現れたわけじゃな」


 なんか、うちの店がオアシスか蜃気楼みたいに言われとる。


「いつでも来りゃあええんじゃ。アンタなら、いつだって歓迎するぞ?」

「そういうことじゃない……こともないんじゃ」

「だあァーっ!」


 ドアを蹴破る勢いで入ってきたティカ隊長が、エインケルさんを見つけて指差す。


「おい爺さん! こんなトコで何してんだ!」

「なにって、美酒をな」

「そういう話をしているんじゃない! どんだけの人数がアンタを探し回ったと思ってる!」

「どうしたんじゃティカ隊長。その爺さんが、どうかしたか?」


 珍しく怒り心頭なティカ隊長に、パーミルさんが怪訝な顔で尋ねる。


「こいつは“賢人会議”からサーエルバンの視察に送られてきた、“鉱山都市マカ”の領主だ」

「……ん? ああ、うん」

「ようわからんが、ゲミュートリッヒではなく、サーエルバン?」


 ティカ隊長は息を吐いて、エインケルこいつをどうしたものかと言わんばかりに俺を見た。

 まったく、どうしたもんかね。


「サーベイ商会の商館から、転移魔法陣でゲミュートリッヒこっちに抜け出してきたんだよ。いきなり賓客が消えたってんで、向こうはてんやわんやの大騒ぎだ」

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