混沌のアイルヘルン
アイルヘルンの領主が集まる意思決定機関、“賢人会議”は珍しく紛糾した。
いつもが無関心な沈黙で終始していたのと比べれば、活発な議論が行われたとは言える。とはいえ何も決まらなかったことに変わりはないのだ。
アイルヘルン成立からずっと、自虐として言われてきたことだ。
賢人会議に、賢人などひとりもいないと。
(――真に賢いのは、ここにいない連中かも知れんな……)
議長を務めるタリオは心のなかで、今日何度目かのため息を吐く。
現在アイルヘルンにある十二の自治領のうち、中央から遠い辺境六領地は議長に委任状を預けて会議を欠席し続けている。それで欠席者の票が良いように利用されずに済んでいるのは、善意からではなく出席者の狭量さ非寛容さ故だ。
「まったく呆れて物も言えん。あんなものが野放しになっていることがどれほど危険なことか……」
「何を今更。ここまでずっと放置してきただろうが」
議長職は持ち回りだ。面倒とはいえお飾りでしかないそれを、よりによってこんなときに務めなければいけない己が不幸を呪いたくなる。
タリオもアイルヘルン中南部に広がる“農の里エルヴァラ”の領主ではあるが、その性質はただの農夫だ。こんなところで無益な論議を続けるよりも、土や空や作物と語り合いたい。
「これ以上は付き合いきれん。議長、決を取れ」
“獣人自治領カーサエルデ”の長、人狼マハラが円卓に肘をついたまま手を振った。
“学術都市タキステナ”の長、エルフのオルークファが笑う。
「たしかに、このまま続けても結論は出ませんな」
「利いたふうなことなことを言ってんじゃねえ。結論なんて出た試しはねえだろうが」
ふたりの意見も尤もだ。タリオは円卓を見渡して、声を上げた。
「では、ここで決を取る。サーエルバンに現れた召喚者の排除について、“
結果は予想通りのものだ。大まかに言って獣人とドワーフが反対、人間とエルフが賛成。エルフが人間と同じ意見の側に回ったのが、少し意外か。
「なるほど。またも意見は合わず合意に至らず、ですか。今度ばかりは放置しておくと後顧の憂いとなりますぞ」
「聖国の連中みてぇにか?」
人狼マハラの軽口に、誰も笑わない。
それぞれに考えはあるようだが、それを教えるつもりもなさそうだ。
“鉱山都市マカ”の領主、ドワーフの長老エインケルが椅子の背に寄り掛かったまま何やらブツブツと呟いている。
「エインケル殿、なにか意見でも?」
タリオの声に目を向けたエインケルは、考えごとでもしているような表情のままで言った。
「いや。ただ、そいつらが気になったからな。わしが見てきてやるわい」
「エインケル殿が、まさか自身で?」
領主たちが呆れ半分で言うなか、自分のなかで結論が出たらしく老ドワーフは鼻で笑った。
「当たり前じゃ。モノを見もせんで判断するドワーフはおらんわ」
◇ ◇
「サーベイさん、いまサーエルバンと中央との連絡は誰が?」
俺たちは自分の店のカウンターで、サーベイさんと話していた。目の前にはヘンゼルが淹れてくれたお茶と茶菓子。ティカ隊長も参加予定だったが、通信器で呼ばれたらしく、少し遅くなるとの伝言があった。
「中央の商業ギルドとは、マイルケが行っておりますナ。冒険者ギルドは無人ですので、必要な連絡はコルマーが」
マイルケは前に会った、サーエルバンの副ギルド長だ。コルマーはサーエルバンの副長から昇進した衛兵隊長。
中央との連絡は
「政治の……領主の代わりは来ますかね」
「ええ。すぐに中央から
ちなみに、敵対する領主や衛兵隊長を殺したことは、正直に話した。
ここまでやらかしてしまった以上、伏せたところで意味はない。俺たちの告白をアッサリ受け入れたところをみると、サーベイさんは事前にある程度の推測を立てていたか情報を得るかしていたようだ。
「ですからモルゴーズの領主館は手を付けず、そのままにしてありますヨ」
ヘイゼルのコメントに、小太り商人氏は屈託ない笑みを浮かべる。
「それは、亜人勢力が抱えた力の監視ですね?」
「もちろん。ただ、ここで拒絶すると彼らの警戒と敵意が高まりますからナ。付かず離れず、ひとつの
「
ヘイゼルとサーベイさんは笑う。腹芸の得意そうなふたりは楽しそうですけれども。俺なんかは正直めんどくさいとしか感じない。
とはいえ他に選択肢もなさそうだな。せっかく手に入れた居場所を、これ以上しょうもない戦乱に巻き込みたくはない。
しかし、仮想敵にしている辺境地から武器素材を調達するって、アイルヘルン中央の連中もなかなか良い性格してるな。俺がそれを伝えると、サーベイさんは中央だけじゃないと言って首を振った。
「アイルヘルンの人間はみんな、目的のために手段を選ばないんですヨ」
「わたしは、そういうの嫌いじゃないです」
「一部は感情を優先して、目的さえ選びませんナ」
高笑いするサーベイさんとヘイゼル姐さん。このふたり案外、似たもの同士か?
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