バトルオブゲーツ

「この調子でミーチャたちが進むと、行く先では何もかも更地になってくな」


 完全に更地とまではなってないけど、商業ギルド会館は瓦礫の山になっていた。

 壁は煉瓦や石を積んで漆喰で固めた程度のようだ。簡素な柱や梁を除けば、ろくな構造体が入ってない。

 そら壊れるはずだ。こっちじゃ地震対策とかないんだろうな。


「不可抗力だ。しかも、手を下したのは隊長だぞ?」

「ああ。なかなか気持ち良いもんだな。ここの商業ギルド長は業突く張りのジジイでな」

「私怨まじりか」


 俺たちは目の前まで車を乗り入れ、生き残りがいないか調べる。

 建物の残骸をどかして、ティカ隊長は絨毯みたいな布を引っ張り出す。サイズは縦横二メートルほどで、複雑な紋様が織り込まれていた。


「なにそれ」

「転送魔法陣だ。陣の一部が切れてるから機能していないがな」


 隊長は絨毯の穴に指を入れてピコピコと動かす。銃弾が貫通したときに魔法陣を分断してしまったわけね。


「これくらいなら、あたしでも直せそうだぞ」

「直してどうすんだよ。敵の侵攻用だろ?」


 丸めた絨毯をランドローバーの荷台に積み込んでいると、ヘイゼルが声を掛けてきた。


「ミーチャさん、ティカさん。そこの建物に、生存者がいるようです」

「僧兵? 一般人?」


 ヘイゼルの指す方に銃を向けかけたが、ティカ隊長は小さく息を吐いて手で制する。

 半壊した家屋のなかに転がっている人物には、見覚えがあった。


「コルマーだ」

「サーエルバンの衛兵隊長?」


 前回サーエルバンに来たとき、俺とエルミを不審尋問した衛兵隊副長だな。いや、事情聴取だったか。なんにしろ、いまは衛兵隊長に昇格したんだっけ。

 手足を縛られ、顔が腫れ上がって人相が変わっている。建物爆破解体インプロージョンに巻き込まれたのかとも思ったけど、ボロボロなのは顔だけなので僧兵にでも殴られたようだ。

 ティカ隊長が背中の戦鎚を振って瓦礫を取り除く。俺に小刀を渡して、彼女は周囲の警戒に入った。


「コルマーさん、動けますか。いま縄を切りますからね」

「……おま、ぇ……ゲミュート、リッヒの、……魔道具使い」

「ええ。ミーチャです」

「さっきの……雷鳴みたいのは、あれか。……鏖殺みなごろしのつぶて


 エラい名前で呼ばれてるな。でもまあ、それだ。答えようもないので、曖昧に笑ってごまかす。


「他にも、衛兵隊に生存者はいますか」

「…………わからん。……北東門を、守り切れたとしたら……生きてる、かもしれん」

「え?」

「……教会の、馬鹿どもが……町の機能を、押さえるなら、……拠点にするのは、三つのギルドのうちの……どれかと、踏んでた」


 北西門近くの商業ギルドか、北東門近くの職人ギルド、もしくは正門近くの冒険者ギルド。

 衛兵隊長は、少ない頭数を配置するのに当たって、コムラン聖国からの侵攻ルートに面した北東門に五人、正門である南門にふたり、残る北西門にはコルマーさんが単身で陣取ったという。


「なるほど、それでアンタがを引いたわけだ」

「ティカさん、笑い事じゃないですよ。かなりの重傷です。誰か治癒魔法を使える方は……」


 あいにくエルミはゲミュートリッヒで留守番だ。コルマーさんによれば、サーエルバンに治癒魔導師は常駐していないらしい。

 ヘイゼルから受け取ったミネラルウォーターのボトルを飲み干すと、マッチョな衛兵隊長は息を吐いて立ち上がる。


「気遣いは不要だ。骨は折れていない。どこかに武器は……」

「ほら。誰のか知らんが」


 ティカ隊長が、瓦礫の中から剣を拾って渡す。

 そのまま俺とヘイゼルを見て首を傾げたので、目顔で頷いておいた。


「助かった。いずれ礼はする」

「ついでだコルマー、北東門まで乗ってけ。手を付けた仕事は最後まで済ませるのが、あたしの主義だ」


 俺が運転席に、ヘイゼルが助手席に着く。ティカ隊長が荷台に飛び乗って、コルマーさんを引っ張り上げた。


「アンタの部下たちが生きてる可能性は、あると思ってるぞ。北東門が陥落おちてたら、もっと多くの僧兵どもが商業ギルド会館そこにいたはずだ」


 ランドローバーを走らせ、来た道を中央広場まで戻る。そこから広場の外周を半周回って、北東に抜ける道へと折れる。そこから突き当たりの北東門までは百二十メートルほど。


「見ろ、コルマー! アンタの衛兵隊が健闘してるぞ!」


 門の前には、倒された馬車を挟んで睨み合う集団があった。

 馬車を四方から包囲しているのは、十数人の白装束。衛兵隊は門を背に、馬車を盾にして槍を構え、牽制している。


「すまんヘイゼル、中央の敵は頼めるか」

「わかりました」


 ティカ隊長の重機関銃M2で撃ったら、貫通して衛兵隊まで傷付けてしまうとの判断か。分厚い石壁を抜くんだから、生身の僧兵なんて誤差程度だわな。

 助手席のヘイゼルが、汎用機関銃M A Gを点射してゆく。重機関銃より低威力とはいえ、こちらもフルサイズの小銃弾なので角度を間違えれば誤射の可能性はあるのだけれども。


「……なんだ、それは」

「なんだと言われても……魔道具、みたいなもの、ですかね」


 ものの数秒で、半分近い僧兵が撃ち倒されて転がる。残りの白装束も、逃げ隠れしながら散開したところで重機関銃弾を受け遮蔽ごと弾け飛んだ。

 荷台でコルマーさんが呆れ半分で呻く。振り返った俺と目が合って、悲しげに首を振られた。


「……むろん、助けてもらって、感謝は、している。している、が……」


 なんとなく、気持ちはわかる。自転車で全力疾走してきたところをバイクにぶっちぎられた感じか。違うか。


「……その威力は、……どうかしてるぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る