モンキー・モンク
俺たちのランドローバーは、サーエルバンに向かって山道をスイスイと走る。
危うく開き掛けたヘイゼルの闇を無理くり閉じ、ティカ隊長には
昼前にはサーエルバンのある盆地を見下ろす峠まで着いた。ゲミュートリッヒからサーエルバンへの行程で言うと中間地点だ。昼過ぎには到着できそうだが、ヘイゼルが停車するように手を上げる。
車を停めると、ツインテメイドはボンネットに乗って町のある方角に目をやる。俺の視力では町のシルエットさえ見えないが、どうも気になるものでも見付けたらしい。
「……ティカさん」
「どうした。魔物でも出たか」
「出発前に、教会と衛兵隊で揉めてるって、言ってましたね。戦力差はわかりますか」
「サーエルバンの衛兵隊は……ケイルマンが死んで昇格した隊長のコルマーと、あたしの知る限り部下が五、六人てとこだ」
隊長と部下ふたりのゲミュートリッヒよりは多いが、町の規模から考えると思ったより少数だった。
サーエルバンは寒村のゲミュートリッヒより遥かに豊かだろうから予算の問題ではないだろう。意外に治安が良いのか、あるいは競合する治安維持勢力による制約を受けていたかだ。
「教会側は非戦闘員こそ撤収したが、警備の僧兵が残っている。ゴリゴリの強硬派、というより脳筋の武闘派が二十人はいるだろうな。実際に見たことはないが、諜報や暗殺を専門とする者も別にいるとか聞いたことはある」
それがどうした、という感じで荷台に立ったティカ隊長に、ヘイゼルは振り返ってM2重機関銃を指す。
「いざというときは操作をお願いできますか?」
「出掛けに教わった通りなら、問題ない。必要になりそうなのか」
助手席に戻ったヘイゼルは目の前に取り付けられた
「もう町は制圧されたかもしれません。サーエルバンに向かう街道上に阻止線が築かれています」
◇ ◇
平地に降りてすぐ、妙な気配を感じられるようになった。鈍い俺でもそうなのだから、鋭敏なヘイゼルやティカ隊長はさらに細かく把握し始めているようだ。隊長は荷台の回転銃座に腰掛け、臨戦態勢でグリップを握っている。ヘイゼルは身構えてこそいないが、すぐにでも射撃を開始できるよう銃把に手を添えている。
「左右の敵はこちらで。ティカさんは正面をお願いします」
「わかった。攻撃開始の合図は要るか?」
「ええ。では、これを」
ヘイゼルは手の甲を前に向けてピースサインを出した。たしか、イギリス式の侮蔑表現だっけか。アメリカで言う中指立てる的な。
ティカ隊長は特に感想もなく、同意の意思だけを伝えてきた。街道の前方二百メートルほどのところに、阻止線なのか丸太で組まれた簡易バリケードが見えてきていた。
「そこで止まれ!」
ランドローバーを減速させたところで、街道の左側から怒鳴り声が上がる。茂みから立ち上がった白装束の男が、手槍を車に向けてきた。これが聖教会の僧兵なのか。白装束は、まあ僧服に見えなくもない。丸坊主で狂信的な目をして、わかりやすく言えばフードのないKKKだ。
「抵抗は止めよ! おかしな動きを見せれば、殺す!」
こいつらが隠れているのはわかっていたらしく、ヘイゼルに動じる様子はない。男の後ろでは、同じく白装束の男たちが三名。短弓を引き絞って、こちらを狙っている。
前方のバリケードからも、立ち上がってこちらを見る白装束の姿があった。そちらが本隊なのだろう。甲冑らしきものを身に着けて、大きな盾を構えている。
「いったい何の騒ぎですか? わたしたちは商都サーエルバンを訪れた商人ですが、あなたがたは……」
「黙れ半獣どもが!」
とぼけた俺の演技は、レイシストな坊主に一蹴されてしまう。俺たちは、さすがに目立ち過ぎた。来るたび珍妙な乗り物と武器を見せてきたんだから、こいつらが何も知らんわけないわな。
「その乗り物から降りて、両手を天に掲げろ」
「あら、お祈りの時間ですか?」
ヘイゼルは近付いてきた男に笑いかけると、両手を開いて天に掌を向けた。
「ひとつ、神の意思を疑うことなかれ」
「き、貴様ッ、聖教書の言葉を……ッ⁉︎」
「ふたつ、神の声は正しき心にのみ届くと知れ」
ヘイゼルは数えつつ小指から薬指へと順に指を折ってゆく。
三本目に折られ始めたのが親指だとわかって、ティカ隊長が静かに息を吸った。
「みっつ」
荷台の銃座からM2の重機関銃弾が弾き出される。轟音と共に伸びた銃火はバリケードに詰めていた完全武装の僧兵どもを丸太ごと粉微塵に蹴散らし、数秒ですべてを蜂の巣にした。
車の横で固まった白装束の男は、いつの間にか抜かれていたヘイゼルのエンフィールド・リボルバーで額を撃ち抜かれて崩れ落ちる。流れるような動作で助手席の車載機関銃を回すと、弓を構えていた三人が僧服を血飛沫で染めながら吹き飛ぶ。
「
裏返しのピースサインを掲げたまま、ヘイゼルはクスンと鼻で笑った。
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