彼方への道行き

「良い陽気だな……」


 ランドローバーの荷台で丸めた軍用毛布に背を預け、ティカ隊長はのんびりと空を眺めていた。

 爽やかな晴天でポカポカと暖かく、窓もドアもない素通しの車でも通り抜ける風が気持ちいい。軽くて軽快な車体はスイスイと山道を駆け抜け、順調に距離を稼ぐ。


「行く先で問題がなければ楽しいドライブなんだけどな」

問題ありませんイッダズン・マター。わたしたちが気に病むようなことなど、なにひとつ存在しません」


 ヘイゼルは助手席で銀髪をなびかせ、当然とばかりに笑った。

 彼女のコメントに、俺も半分くらいは同意する。いま不慮の事態を回避するのに可能な限りのことはやったのだ。いささか、極端にオフェンシブな方法ではあったけれども。


 俺たちは出がけに、.303ブリティッシュ小銃弾の追加を千発、オードナンスQF2ポンド砲三門と砲弾百発、ボーイズ対戦車ライフルと13.9×99ミリ重機関銃弾を五十発を、ゲミュートリッヒの戦闘要員に渡してきた。

 簡単なレクチャーで新着兵器の原理と操作方法と威力と戦略的価値を把握したドワーフたちは揃って目を輝かせ、冷静なエルフたちは規格外すぎる戦力の大量追加……そして、それが必要とされるほどの状況なのだと理解して苦笑した。

 どちらかといえば、俺もエルフ側の感覚に近い。


「ヘイゼルの言う通りだぞミーチャ。非常事態に備えはしても、常に怯える必要はない」

「わかってるよ。頭ではな」

「だったら開き直って落ち着くしかないだろ。アンタたちがいれば、ゲミュートリッヒだけで大陸中の国とでも戦えそうだしな」

「やめてくれ、縁起でもない」


 実際、アイルヘルンの中央でさえ敵か味方かは判断できない。いまのところ暫定的にでも友好関係を確保できそうなのはサーエルバンだけなのだ。そこが崩れたら本当に四面楚歌どころの話ではなくなる。


「問題というのは手に余るから問題なんです。どうなろうと対処可能であれば、それは問題ではありません」

「そりゃ詭弁きべんだろ」

英国的思考法ザッツ・ブリテン


 町に残るマチルダにもエルミとお揃いのステンガンを渡して、予備弾倉と弾薬を入れた軍用ポーチを身に付けてもらった。同じ武器と同じ装備で、ネコ耳娘はえらい嬉んでた。いつもの冷めた顔のマチルダも、なんだか満更でもない感じだったし。

 あのふたり性格は全然違うけど、それだけに相性は良いのかもしれない。


「なあ隊長、あの……なんだかいう国さ」

「コムラン聖国か? 聖教会本部のある」

「そう。そこって、陸路で繋がってるんだよな?」

「ああ。あたしは行ったことはないが、街道は繋がっている。サーエルバンからだと、いっぺん北東のアイルヘルンの中央に向かって、そこから北上する必要がある。実際には六百哩近いはずだ」

「六百哩って?」

「千キロ弱ですね」


 ヘイゼルが概算を出してくれるが、そんな距離は車でも一日じゃ行けない。高速道路どころか舗装道路もない、途中は魔物もいるような道だしな。まして馬車となれば何週間か掛かるだろう。


「教会でも大きめの支部には転送魔法陣がある。たしかサーエルバンの教会にもあったはずだぞ? いまは閉鎖されたから、撤去されてると思うが」

「他国からの自由往来って、防衛的に問題じゃないのか」

「聖国は国であって国じゃない。それに、聖教会は大陸中の国に浸透しているからな。いまさらだ」


 侵略は始まってる、あるいは終わっているわけだ。

 宗教関係は詳しくないし、あまり深入りしたくもなかったんだけどな。自分が巻き込まれて現在も被害を受け続けているとなると、傍観しているわけにもいかない。


「聖国に攻め込むのは可能かな」

「ブふぉッ!」


 俺がヘイゼルに尋ねると、せたティカ隊長が荷台で起き上がった。


「さっきまでやけに弱気だと思ったら、なんでいきなり正反対に突き抜けるんだよ⁉︎」

「俺のいたところでは、“攻撃は最大の防御”って言葉があってな」

「それも悪くない生き方だが、物には限度があるだろう」


 根が真面目なドワーフ娘は、呆れ笑いで溜め息を吐く。


「教会の人間ひとりひとりならともかく、聖国が相手となったら話は別だ。それ自体が凄まじく巨大で強大な魔物みたいなもんだぞ。いくらアンタたちでも……」

「可能です」

「……えッ⁉︎」


 ヘイゼルは平然と、穏やかな笑顔を浮かべて隊長を振り返る。


「……おい、冗談だろ」

「たとえば、ティカさんの上にあるM2重機関銃それだけでも、使い方次第では王国を滅ぼせます」

「「え」」


 言い切ってしまったヘイゼルの言葉に、俺と隊長の声が重なる。


「いかに巨大で強大でも、倒せない生き物などいないのですよ」

「いや、そうだが。魔物というのは物の喩えで……」

「わかっています。ですが、国も魔物も本質は同じなのです。わたしたちは、それを知っています」


 なんとなく、わかった。その場合の“わたしたち”は、ドーバー海峡の向こうで孤独な対独戦を続けていた英国だろう。手段問わず犠牲を厭わなければ、倒せない魔物くになどないと。


「もしミーチャさんが殲滅を決断されたとしたら、わたしは英国の闇を残らず開きましょう。そして、に……」


 ツインテメイドは荷台を振り返ったまま、楽しそうに両手を広げる。

 俺には見えないその顔を目の当たりにして、豪胆なドワーフの顔色が見るみる青褪めてゆくのがわかった。


「……大英帝国をパス・アラウンド・知らしめましょうザ・ブリテン

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