スタンピード

 俺はランドローバーのアクセルを床まで踏み込み、可能な限りのスピードでゲミュートリッヒを目指す。


「ミーチャさん、航空機でも入手しましょうか」

「残り六、七十キロくらいだろ! だったら、いまは要らん!」


 飛行機にしろヘリにしろ、何か問題が起きたとき致命的なのが問題だ。自分で操縦できないのものを調達したところで、使うたびヘイゼル頼みになるのは現実的じゃない。


 全速力で平地を駆けて、五分ちょっとでゲミュートリッヒまで見通せる坂の頂上まで出た。

 停車させてボンネットに立つと、町のある方角を見やる。俺の視力では、外壁と背後の山が朧げに認識できる程度でしかない。


「わからん、状況はどうなってる」

「これを使ってください」


 ヘイゼルが双眼鏡を渡してくれた。どうやら車輛の備品、もしくは使用者の私物だったようだ。

 覗くと、町の外壁あたりに何かたかっているのはわかった。それが何なのかまではわからないが、ゴチャッとしたものが動いてるのは見える。


「あれが、魔獣群の暴走スタンピード?」

「そのようですが……」

「心配要らなかったみたいにゃ」


 スーリャたち斥候チームもホッとした感じで息を吐く。


「いや、そんなわけねえだろ。ダンジョンから魔物が溢れたんだとしたらさ、ワイバーンも……」

「北東側の外壁を見てください。わたしたちの店がある、ちょっと東側です」


 ヘイゼルの指示で、指定された方向に双眼鏡を向ける。


「え」


 べろんと伸びたものが、城壁に引っ掛かっている。

 ロープで引き揚げたのか射落としたのか知らんけど、サイズとシルエットからしてワイバーンとしか思えない巨大な生き物が三頭、城壁に掛けられていた。


「……なんで?」

「首を裂いて血抜きしてますね。肉が、美味しくなるように」

「余裕だなオイ!」


 音は聞こえないが、いまも銃撃は続いているようだ。

 外壁上の人影がゆったり動いている感じからして、もう掃討戦という雰囲気だが。


「外壁の南側に据えていたブレンを運んだんでしょう。六挺とも北側に配置されています。それと、少し離れて分散配置されているのは、エルフのボルトアクション小銃リー・エンフィールド射手たちですね。それに、西側で鳥撃ちをしているのは……」


 クスッと笑い声がして、俺の隣に立っていたヘイゼルが大きく手を振る。


「エルミちゃんとマチルダちゃんです。こちらを見て笑ってますよ」


 いや、あんたらこの距離をそこまで見通せんのかい。


「では、帰りましょうか。もうエーデルバーデンに用はないようですから」


◇ ◇


「おかえりニャー」

「少しばかり遅かったな。いや、戻ってくるのは四、五日後と聞いていたから、早かったというべきか」


 坂の上から小一時間ほどで戻ってきた俺たちは、エルミとティカ隊長に出迎えられた。

 祭りに乗り遅れて残念だなとばかりに、町のひとたちも嬉しそうに手を振ってくる。


「あらミーチャさんたち、お帰りなさい」

「「おにくー♪」」

「さすがにこの量は食い切れんな~。魔物素材と一緒に、サーエルバンまで持ち込むか?」

「そうだな。臭みのある肉は、燻製にするのも良いかもしれん」


 子供たちは御馳走の予感に大喜びで、大人たちは大儲けの予感に大喜びである。

 いや、みんな無事なら結構なことなんだけどさ。


「それにしても大猟だな。レイジヴァルチャにハンマービーク、モスキートピジョンとスクリームパロット。マーダーキャサワリに、クライムゴート。こりゃ選り取り見取りだ」

「レイジヴァルチャ以外は食肉に加工しよう」

「あの山羊ゴートは、メスを何頭か生きたまま捕まえたぞ。アルケナさんとこみたいに上手く飼えば乳を取れる」


「お、おう……」


 大戦果にノリノリの住人たちだが、俺だけ置き去りになっている。

 そもそも、なんでそんな無双状態なの?


「なあ、爺ちゃん。他はともかく、ワイバーンなんてどうやって仕留めたんだよ。あの龍鱗ウロコって小銃弾じゃ厳しいだろ?」


 前にティカ隊長、剣や鏃や戦鎚を弾くとか言ってたもんな。あと、攻撃魔法も躱す俊敏性、だっけ。

 現にダンジョンで俺が倒したときは、着地したところをボーイズ対戦者ライフルで、しかもの薄いところを狙って、なんとか仕留めたくらいだし。


軽機関銃ブレンがあれば、そう難しくないぞ。龍鱗は無理でも、目玉を射抜けば死ぬ」

「……いや、簡単に言うけどさ。ワイバーンって、飛んできたんだよな?」

「案外どうにかなるもんじゃ。なにせブレンガンが六挺に、リー・エンフィールドが六挺だ。弓や投石器を牽制に使えるし、いざとなれば忌避剤もある」

「本当に無理となったら、女子供は装輪装甲車さらせんに逃げ込めって伝えておいたしな」


 ゲミュートリッヒのひとたちって、戦闘力すげえな。それに、スタンピードを冷静に対処する胆力もだ。

 王国軍との戦闘を経験して、前より肝が据わったのかも知れん。


「ワイバーンとレイジヴァルチャ以外は、“すてん”でも落とせたのニャ」


 いや、あなたもそれ軽く言うけどエルミさん。拳銃弾で飛んでる鳥を落としますか。しかも、飛んでるとしたらモスキートピジョンか、スクリームパロット。血を吸うハトと、高周波音で喚き散らすオウムだっけか。俺なら散弾銃でも撃ち落とせる気はしない。


「ミーチャたちも、良いとこに戻ってきた! 今夜は宴会じゃな!」


 ……うん。一応、俺たちは心配して戻ってきたんですけどね。

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