敗残兵と王国の罠
「ミーチャ、止まるにゃ」
荷台のスーリャが抑え気味の声を掛けてきた。
途中の山場を越えて平地には出たが、最後の分岐路である目的地のエーデルバーデンまで、まだ数十キロはある。逆に言えば、停車する理由は見当たらない。
停車したところで助手席のヘイゼルが一瞬、考えるような仕草を見せた。
「隠蔽魔法ですね。すごい観察眼です」
「何の話?」
斥候組は大体みんな把握してるらしく、振り返ると各々が周囲の警戒に入っていた。後部銃座のマーフは、右手奥の茂みにM2重機関銃の銃口を向けている。
「その先に、装甲馬車が止まってる。魔力切れしかけているのか、虚像に歪みが出てるな」
「待ち伏せか」
「動けなくなって置き去りにされたんだろう。馬の気配がないし、路上の轍が派手にヨレてる」
なんも見えんし状況もわからん。どうしたら良いのかの判断材料が欲しいところだ。
ヘイゼルによれば、異状箇所は進路上の右側、距離約百五十メートル。
「兵士は何人くらい?」
「
装甲馬車かどうかは判別できないけど、俺にも朧げなシルエットが見えてきた。俺の視力や感知能力が上がったわけではない。敵魔導師が死にかけか魔力切れで、隠蔽魔法とやらが解けてきたのだろう。
車体の一部は道の端に掛かっているので、この道を通る限り敵との接触は免れない。死ぬのを待ってはいられないし、長引いて増援を呼ばれるのも避けたい。車を捨てて森を突っ切る以外に迂回路もない。
「ミーチャ、たぶん装甲馬車のなかには投石砲があるにゃ」
「可能な限り牽制しながら突破するしかないな。なかに隠れられたら手を出せないぞ」
俺が答えるより早く、ヘイゼルがスーリャとマーフの懸念をあっさりと覆す。
「問題ありません。あの程度の壁面でしたら、マーフさんの重機関銃で抜けます」
「「え」」
「以前、わたしがボーイス対戦車ライフルで装甲馬車を射抜いたのは」
「ああ、見た」
「遠くからだけど、見えたのにゃ」
「それとほぼ同じ威力の弾薬を、連射できます。こちらへの攻撃の意図があるなら、早急に潰しましょう」
荷台の斥候組には事前にM2の操作説明はしていたが、実際に使うのはよほどの非常事態だと思ってた。可能な限りの隠密行動を取るつもりだったから、あまり想定していなかったのだ。
まあ、的がデカいし機関銃なら探り撃ちもできるから問題ないだろう。
「屋根が開いたにゃ。投石砲で何か打ち上げようとしてるにゃ」
「
「わかった」
すぐに後部銃座で銃声が上がり、前方からはガコガコとロッカーをストンピングするような音が響いてくる。
「……すごいな」
「もう大丈夫で……す?」
いきなり装甲馬車が膨れ上がったかと思ったら、重機関銃の弾痕や屋根の開口部から爆風が噴き出す。バラバラになった装甲板や馬車の残骸が溶けながら四散し、細かな破片がこちらまで飛んできた。
「な……なんだ、この威力は⁉︎」
ミサイルでも喰らったような敵の惨状に、俺たちはあんぐりと口を開ける。なにしてくれてんのとばかりにヘイゼルを見ると、彼女は困った顔で首を傾げた。
「いえ、重機関銃弾に爆発力はないです。相手が魔力充填していた魔導爆裂球によるものでしょう」
「発射直前に殺しちゃったから、馬車のなかで破裂しちゃったのにゃ?」
「……おそらく、ですが」
ヘイゼルとスーリャに同行してもらって、俺は馬車の残骸に近付く。周囲には焼け焦げた木片と溶けた金属片、くすぶった肉片が飛び散っている。
ひどい臭いだが、怯んでいる暇はない。まだ敵兵に息があれば、ヘイゼルが情報収集できるかもしれない。
「ヘイゼル。魔導爆裂球って、生き物へのダメージは最小限なんじゃなかったか」
「殺傷用
生き物に優しい爆弾なのかと思ったら、馬以外には優しくないわけだ。
「生存者はいないかもな」
「そこの木の陰に、ひとりいるにゃ」
腕と胸に軽甲冑を着けて腰に剣を
隠れているのではなく、倒れた木に挟まれている。わずかに動いているから生きてはいるんだろうが、もう長くないことは明白だった。手足は折れ曲がり、甲冑の下から出血がひどい。
「指揮官ではないみたいにゃ」
「騎兵は基本的に貴族ですから、情報に触れる機会は一般兵より多いはずです」
ヘイゼルはスーリャに説明しながら近付く。騎兵は俺たちを見ているが、彼の朦朧とした目にこちらを認識した様子はない。銀髪のメイドは伸ばした指で、騎兵の額に触れる。その感触で意識を取り戻したのか視線を上げ、男は笑みを浮かべた。
「……ケイトリア」
家族か妻か恋人か知らんけど、ボンヤリした顔で誰かの名前を呼んだ騎兵の男はそのまま動かなくなる。
死体を見下ろすヘイゼルも無表情で、少しだけ頭痛を堪えるような顔をした。
「愛馬の名前だったようですね。魔物の襲撃を受けたときに、逃がそうと解き放っています」
情報は読めたか。接触によって他人の記憶や知識を読み取るというヘイゼルの特殊能力。とても便利ではあるが、きっと楽しいものではないだろう。
情報を整理するようにこめかみに指を当てていたヘイゼルは、小さく息を吐くと俺たちを振り返る。
「急いで戻りましょう。わたしの判断ミスです。もっと早く生存者に接触するべきでした」
「戻るって、ゲミュートリッヒに?」
「はい。もう王国軍はエーデルバーデンを遺棄しています。カインツは分岐路を北上せず南下して領地に戻るようですし……」
敗残兵たちはエーデルバーデンに向かわず、王都方向に向かうわけだ。追ったところで意味はなさそう。
ましてエーデルバーデンに用はなくなった。せっかく、もう少しのところまで来たのに。
「今後わたしたちにとって、脅威は聖教会強硬派になります。思ったよりもアイルヘルン内部に深く広く浸食しているようですから」
「待てヘイゼル、なんで焦ってる」
「その兵士が聞き齧った情報によれば、王国軍のゲミュートリッヒ殲滅計画は
俺たちはもう、早足になっていた。車に戻らないと。すぐに引き返さないと。
「人為的に
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