奪還

 街道を走ってきた馬車が減速して、くぐもった怒鳴り声が聞こえた。暗闇のなか屋根に並んでいる小柄なシルエットが見えて一瞬、撃つのを躊躇ためらう。


「おい、ヘイゼル……!」

「問題ありません。路上配置の二門むこうに装填しているのは訓練弾、こちらも貫通するだけの徹甲弾です。跨乗者に影響はありません。行きますよ」


 ヘイゼルがケーブルを引くと、馬車の前方に配置した二門の2ポンド砲が轟音を発して炎を上げる。


「「きゃああぁッ!」」


 二門から同時発射された砲火は凄まじく、馬は棒立ちになって停止した。

 ヘイゼルの読みも発射タイミングもバッチリだ。装甲馬車の位置は俺たちが隠れている茂みから約十メートル、外すのも難しいほどの距離だ。

 ガクガクと揺れる車体から放り出された猟兵たちが、路上でヨロヨロと散開し始める。


「亜人ども! 逃げるな! すぐに町へ突っ込め!」


 車内の誰かから怒鳴り声で命じられ、すぐにゲミュートリッヒ目掛けて走り出した。

 彼らが町に着けば否応なく戦闘になる。気持ちは焦るけれども、助けたければやるべきことは馬車への攻撃だ。


「ミーチャさん、いまです!」

「……発射!」


 俺は勢い付けに小さく声を発して、発射用ファイアリングペダルを踏む。初弾は箱型馬車の前部側面を貫通、車体を大きく揺らした。


「装填! 次弾は少し後方を狙ってください!」


 エジェクトされるとほぼ同時に、ヘイゼルから背中への合図タップがある。


「発射!」

「装填!」


 続けざまに二発叩き込むと、装甲馬車がひしゃげて道端に転がった。馬は不満そうに嘶くが、いまのところ無事だ。四発目を装填前にヘイゼルが動きを止める。何かを探っているような間があった。


「装填! 先頭車輌は無力化、次は後続を!」


 逃げようと転回している後続の装甲馬車に、クランクを回して照準を合わせる。


「発射!」


 馬車はターンの途中で、斜め前方をこちらに向けていた。御者用の覗き窓から飛び込んだ砲弾は後方に抜けて、手綱を引かれた馬が動かなくなる。


「命中です! 一発で御者と魔導師を潰したようです」

「え」

「あれを」


 彼女が指差す方を見ると、町へ向かっていた猟兵たちが路上で動きを止めていた。

 サプレッサ付きステンガンを構えたヘイゼルは、砲座を収納して茂みを出る。街道に配置した二門の砲も回収、猟兵たちに近付く。


「大丈夫なのか?」

「わかりませんが、“隷従の首飾り”の影響は消えています。早く外してあげましょう」

「了解」


 俺たちが街道に出ると、猟兵のなかには勘付いて身構える者がいた。


「落ち着け。俺たちは、ゲミュートリッヒの者だ。君たちを助けに来た。その首輪を外して、できれば町に迎え入れたい」

「嘘だ」

「嘘だと思われたのは、どちらですか? 町に迎え入れる方? それとも、首輪を外す方でしょうか?」

「“助けに来た”って、そんなはずない」


 そっちかい。思った以上に人間への不信感が根深いようだ。人間である俺と、人間に見えるヘイゼルだけで来たのは失敗だったかな。


「信じられないのも、わからんではないけどね。考えてもみてくれ。君たちを殺そうと思えば、ほら」


 俺は後ろでひしゃげている装甲馬車を指す。馬は不満そうに嘶くが、頸木くびきに押さえられて動けない。


「いつでも殺せるって言うなら……!」


 彼らが懐に抱え込んでいるのは……たぶん魔導爆裂球とかいう爆弾だ。

 せっかく助けたのに、ここで自爆はやめて欲しい。


「いいや、逆だ。俺たちは、がんばって怪我させないような方法を考えたんだ。君たちと、馬を」

「「うま?」」

「ええ、見ていてください」


 ヘイゼルが馬に歩み寄って、馬車ごと頸木を収納で外す。馬は驚いたように数歩進むと、ヘイゼルを見て鼻を鳴らした。なんかよくわからんが、彼女の意図は察した感じ。


どういたしましてノーウォーリーズ♪」


 ちょっと男前な感じで馬の背を叩くと、次々にいましめから彼らを解放してゆく。猟兵たちに見せるためか、馬と軽く会話をしてクスクスと笑い声を上げたりしてる。


「ゲミュートリッヒに勧誘してみました。皆さん、前向きに検討するそうです」

「政治家か」


 つうかスゲーなヘイゼル。……ホントに馬と会話が出来てるのかよ。


「皆さんも、良かったらご検討ください。強制はしませんが、とりあえず首輪だけでも外しましょうか。……ね?」


 馬への対処で警戒心が解かれたのか、猟兵たちはおずおずという感じで近付いてきた。ヘイゼルは彼らのところを回って、収納で首輪を外してゆく。途中でチラチラと遠くに目をやるのが気になった。

 正確には、王国軍の布陣する森と、ゲミュートリッヒの先を。


「ミーチャさん、車輌を出しましょう」


 少しは落ち着いてきていた猟兵の顔に緊張が走る。車輌と聞いて装甲馬車を連想したのか、また警戒心が頭をもたげている感じ。


「ヘイゼル、もしかして」

「はい。町の北側で侵攻が始まったようです。わたしたちは、いまゲミュートリッヒには戻れません」

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