ファイア・イン・ザ・ホール

「さ、これで準備完了です」


 路上に停止用の二門を配置した後、俺とヘイゼルは茂みの奥で本命の発射準備を始める。ここで求められるのは街道から見え難いくらい奥まって、かつ離れ過ぎない距離だ。


「あんまり奥に入ると、魔物が出たりしないか? 麻痺毒持ちのネズミブッシュビータとか」

「問題ありません。あれが寄ってくるのは、血の匂いか魔力を感知したときですから」

「ああ……俺は魔力なしだけど、ヘイゼルは?」

切っときますターンイット・オフ

「そんな電化製品みたいに。オンオフできるもんなんか、魔力」


 軽口を叩きながら、2ポンド砲の砲座を設置する。路上の二門はタイヤを付けたままだが、こちらは車輪を外して前二本の砲脚を展開し、防楯も上半分を倒して全高を一メートルちょっとまで下げてある。

 茂みのなかに隠れれば、視認性はかなり低いはずだ。


「もう何門か買っても良かったかもしれませんね」

「ああ、そうだな。道の両側に並べて、派手に祝砲を鳴らすか」


 半分冗談だけど、いまの俺たちなら買えない価格じゃない。いざ調達してみると2ポンド砲、驚くほど安かったのだ。車載砲塔から牽引砲までバリエーション豊富で、在庫も呆れるほど多い。ということはつまり、第二次世界大戦では英軍に凄まじいほどの犠牲があったということなのだろうけどな。

 それを三門調達して、二門は路上に設置した。遠くから見てもわかるようにと、本体から防楯まで明るい砂色塗装サンドベージュのものを選んだ。二門の間にはいくつか倒木を積み上げる。わかりやすい停止標識である。

 それでも突破しようという場合には、さらにわかりやすい警告を加える。


「向こうの遠隔操作と、こちらの装填はわたしが。ミーチャさんは照準と発射をお願いします」

「わかった」


 ヘイゼルは路上に配置した二門の発射機構にケーブルを繋ぎ、街道脇の隠れ場所まで引いてくる。

 配置した二門に関しては、威嚇用の訓練弾が込めてあった。遠隔操作といっても再装填は出来ないので、初弾を発射したらそれっきりだ。


「準備完了です」

「こっちも、用意よし。……たぶんな」


 2ポンド砲の砲弾は、八発入りの弾薬箱に入っている。イギリス式では弾頭重量ポンド表示だけど、口径でいうと“40×304ミリR”。サイズはリレー用のバトンより少し大きいくらい。砲弾というよりも、でっかい銃弾という印象だ。

 砲手は砲身の左サイドにある椅子に座って操作する。垂直回転のクランクで仰角俯角の調整、水平回転のクランクで砲座の左右回転を行う。水平回転のギア比は右のペダルでハイ/ローの二段階に切り替えられる。


「発射は左のペダルです。自動で排莢エジェクトされますので、装填手は次弾を放り込むだけです」

「了解」

「装填が済み次第、背中を叩きます」

「わかった」


 手順を再度確認しながら、俺たちは敵の接近を待つ。

 空がわずかに明るくなったかと思った頃、木製の車輪が立てるガラガラという音が聞こえてきた。


◇ ◇


「……くそッ、なぜわたしが、こんな……」


 鉄の壁で囲われた装甲馬車のなかで、使役魔導師のオルハは己が境遇を罵った。栄えある王国軍の魔導師として華々しく戦場に臨むはずが、与えられたのは捨て駒の亜人。しかも本隊の陽動役とは。

 防御を優先されて作られた装甲馬車の内部は狭く息苦しい。開口部は御者が手綱を操作するための前側小窓と、周囲を視認する左右数カ所の覗き穴だけだ。オルハは鬱々とした気持ちを燻らせたまま、浅く呼吸を繰り返す。


「おい猟兵ども! 町を視認でき次第、降車して突撃しろ!」

「「……はい」」


 怒鳴り声を上げると、装甲馬車の屋根に乗せられた亜人たちが、しみったれた声を返してくる。


「忌々しい半獣めが。せいぜいお仲間ごと派手に飛び散るが良い」

「魔導師殿」


 御者が速度を落とし、前方の小窓を指す。


「なんだ。速度を落とすな、さっさと……」

「なにかが道を塞いでいます」


 知ったことか。装甲馬車を引く大型軍馬であれば多少の障害など飛び越え蹴散らして進むだろう。突破しろと命じかけたところで、轟音が轟いた。


「なッ⁉︎ 何事だ!」


 装甲馬車の内部にいてなお耳を弄するほどの轟音。馬が竿立ちになり、車体が暴れる。屋根から放り出された亜人たちが悲鳴を上げる。


「亜人ども! 逃げるな! すぐに町へ突っ込め!」

「「……!」」


 半獣どもの返事が、あったのか、なかったのか。オルハには聞き取れなかった。何が起きたのか理解できないまま、気付けば床に転がっていた。


「う、うぅ……?」


 頭を振って立ち上がると、車内には焦げたような鉄の匂いが満ちていた。すぐ前に座っていたはずの御者はいない。手探りで御者台に触れると、腰から下だけが座った姿勢で残っていた。

 御者の上半身が吹き飛んだ⁉︎ なぜ⁉︎ 何によってだ⁉︎

 横を向くと、鉄の壁に拳ほどの穴が開いていた。反対側の壁もだ。


「……なん……だ、これは……」


 鋼の鏃も攻撃魔法も撥ね返す装甲馬車の外壁が。歪むでもひしゃげるでもなく綺麗に両側を貫通されている。


「そんなはずがない。そんなものが、存在するはず、など……ッ!」


 穿孔の先で何かが光ったと思ったのも束の間、存在するはずのない砲弾に貫かれて、オルハの身体は意識ごと四散した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る