2パウンダー

「……これは?」

「オードナンスQF2ポンド砲です」


 DSDの光る画面で、ヘイゼルから大砲を見せられた。細い砲身で金属防楯付きの……対戦車砲みたいだけど詳しくないのでリアクションしようもない。


「第二次世界初頭に巡航戦車Mk.Iの主砲として開発されて、大戦末期まで使われ続けました」

「イギリスのロングセラーなわけね。それは……名作だから?」

英国だからビコーズ・ブリテン!」


 うん。ヘイゼル、無垢だけど黒そうなその笑顔をやめなさい。


「戦況悪化で、6ポンド砲への更新に失敗したからですね」


 ますますリアクションしにくいんですけど。

 第二次世界大戦当時、イギリス軍はフランスでの敗戦により着の身着のままダンケルクから脱出。重砲火器が底を突き、更新どころかあるもの全てを掻き集めての再武装を強いられることになった。その結果として、いささか頼りない2ポンド砲が終戦間際まで現役で頑張ることになったそうだ。

 その辺り、旧日本軍を知る日本人にも身につまされる話だ。


「初期には徹甲弾だけで榴弾の用意がなかったので、北アフリカ戦線では苦労を強いられたそうです。ですが逆に、今回の用途には適しているかと思います」


 そう、馬を殺さないで済む――少なくともその可能性が高くなる――からね。

 そんなに馬が大事なん? 囚われの亜人のためにリスクを犯す俺が言うのもなんだけどさ。


 で、その2ポンド砲、画面に映った諸元によれば重量は八百キロほど。移動用のタイヤがふたつ付いているので、大人が数人いれば人力でも移動できる。車で引っ張れば簡単なんだけど、もう侵攻直前だから発見されたくない。


「ヘイゼル、悪いけど配置と砲撃まで付き合ってくれるかな」


 拒絶されるとまでは思わなかったが、俺の提案を聞いたツインテメイドはフニャッと柔らかく微笑みを浮かべた。


もちろんユウ・ベット♪」


 俺とヘイゼルの会話を聞いていたティカ隊長とマドフ爺ちゃんが笑う。


「ミーチャ、ふたりで動くんなら、こっちのことは気にしなくて良いぞ。"こんくり”の壁もあるし、水堀もある。守るだけなら、ちょっとした城壁並みだ」

「加えてブレンが六梃となれば、万の敵でも殲滅してみせるわい」


 それは流石に大袈裟だと思うが、こうなったら町の防衛はティカ隊長と愉快な仲間たちに任せよう。その間に、俺はできるだけのことをやる。

 真っ暗闇の町の外に出るのは少し怖いけど……と思ってたら、ヘイゼルが笑顔で画面を示してきた。


素晴らしいブリリアント! ミーチャさん、掘り出し物が入荷されました」

「入荷? ……DSDって、荷動きがあるもんなのか?」


 首を傾げながら画面を見た俺は、さらに首を傾げる。


「掘り出し物って……ステンじゃん」

「ええ。ステンMkⅡS、減音器サプレッサ仕様のステンガンです。そして、こちらがサプレッサ用の亜音速サブソニック弾」


 サブソニック? 聞いたことあるような、ないような。


「通常の9ミリルガー弾は音速を超えますから、減音効果が薄いんです。ですが、弾頭が重く装薬を減らしたこの弾薬でしたら、サプレッサの効果が存分に発揮できます」


 そんなもんか。なんにせよ買いだな。開戦前に敵に察知されるのは避けたい。

 さっそく減音器付きステンガンを二挺、弾薬を千発購入してマガジン六本にその亜音速弾を装填する。元からある通常弾のマガジンと識別するため、新たに装填した方にはダクトテープを巻いた。

 なんで買った覚えのないダクトテープが当たり前のように出てくるのかと思ったら、軍用装備品のなかでも使用頻度が非常に高いので梱包のあちこちに紛れているのだそうな。


「闇夜で光るもの、カチャカチャ鳴る金属や、サイズの合わない装備品はみんなダクトテープで押さえます。現代の軍備では常識です」

「ホントか……?」

ダクトテープよDT・セイブ英国を守り給え・ザ・ブリテン

「なんかそれヤだな」


 装備を整えた俺とヘイゼルは、闇に紛れて南側正門から出た。そのまま月明かりの下、街道に沿って南に向かう。目の前には、緩やかにカーブしたフラットな道が一・六キロ一マイルほど続いている。俺たちがエーデルバーデンから来たときにも通ったところだ。

 そのときサーベイさんたちと会ったのはもう少し先だけど、どうやら王国軍が布陣する森から回り込む枝道は、その辺りにあったようだ。斥候部隊からの報告によると、ほとんど獣道に近いものらしいけどな。


 俺たちは周囲を警戒しつつ、町からの距離と地形を調べて砲座の配置位置を考える。

 対戦車砲なんて使ったことも見たこともないけど、夜明け前にはぶっつけ本番で連射することになりそうだ。


「枝道からこっち側で、遮蔽になるような場所は……」

「……ないですねぇ」


 地形はフラットで、茂みとわずかな灌木以外に、視界を遮るものはない。射程の長い大砲を使うのだから攻撃位置は選び放題ともいえるが、相手が高速移動する馬車なので逆に迷う。

 攻めてくる敵が事前に停止する位置がわかれば、ずいぶん楽なんだけどな。装甲馬車に乗っているのは使役魔導師とかいう非戦闘員だから、突撃することはないだろう。最もわかりやすいのは、敵が街道を北上してきたとき、最初にゲミュートリッヒが見えてくる辺りか。

 その条件で考えても、該当する範囲が広すぎた。キョロキョロする俺を、ヘイゼルが不思議そうに見る。


「ミーチャさん、どうされました?」

「装甲馬車がいったん停止、もしくは減速する状況がないかと思ってさ」

問題ありませんイッダズン・マター


 俺の懸念を聞いたヘイゼルは、あっさりと答えを出した。


「停止良いんです」

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