待ち受けるもの

 俺たちは砲兵用牽引トラック、モーリスC8で山道を走っていた。ずんぐりむっくりの仔熊のようなシルエットだが、質実剛健を――イギリス人の奇妙な合理性で――形にしたようなこの車輌はなかなか頼りになる。

 素っ気ないにも程があるような操作系も、慣れればそこそこ使いやすい。英国式ミニマリズムに馴染んできている自分に疑問を持たないでもないが。


「ディンゴかフェレットも悪くないですよ?」


 のんびりしたドライブを続けながら、ヘイゼルは助手席で俺に提案する。軽い世間話をしながら、こちらが眠くならないように気を遣ってる風だ。

 エルミとマチルダは後部座席で寄り添うように眠っていた。


「それも装輪装甲車だっけ?」

「はい。装輪装甲アーマード偵察車輌スカウトカーですね。フェレットは全長四メートル弱十二フィート強、ディンゴは約三・二メートル十フィート半の小型車輌です」


 えらい小さいな。乗員はフェレットが三人(ひとりは砲塔型の回転銃座担当)で、ディンゴはふたり。威力偵察以外あんまり使い道がない。現状ゲミュートリッヒで迎撃戦を行う可能性はあっても、少人数で敵陣突破するようなシチュエーションは考えにくい。


「有事用だとしたら、最低でもこの四人……できればプラス数人は乗れる方が使い勝手は良いんじゃないかな。出先で拾ったひとを収容したりもできるしさ」

「そうなると、やっぱりサラセン装輪装甲車の再購入が無難ですね」


 サラディンという砲塔付き装輪装甲車の新規購入も考えていたが、サラセンとシャシー共用とはいえ乗員は操縦手と装填手と車長の三名なのだとか。


「もしサラディンにした場合、ヘイゼルは戦車砲を操作できる?」

「はい。問題ありません」


 じゃあ、いったん保留で良いだろ。

 いまのところ戦車砲で撃つような敵はいないし、運転感覚がサラセンと大きく変わらないのであれば、必要になってからでも遅くない気はする。


「他には……FV432トロゥジャンもお勧めですが、履帯装備車輌トラックドビークルですから操縦感覚が少し違います」


 トロゥジャンというのは、雑に言うと砲塔無しの戦車みたいな形をした装甲車だ。乗員二名プラス後部区画に十名。サラセンと同じくらい乗れる。無限軌道、いわゆるキャタピラで動くので装輪式より丈夫ではある。魔導爆裂球に対抗できるかは未知数だけどな。


 買い物は何を買おうか迷ってる時が一番楽しいというけど、俺も少し楽しくなってきてた。買おうとしてるののは兵器だってのに。

 まあ、生きるか死ぬかの切羽詰まった状況じゃないし、購入資金にも余裕がある。新しい乗り物を運転するのは単純に楽しいしな。


「ミーチャさん!」


 曲がりくねった下り道を進んでいたとき、ヘイゼルの表情が変わった。

 彼女が指す窓の外、折り重なった起伏の先にゲミュートリッヒの町が見下ろせるようになってきていた。


「どうしたのニャ?」


 ヘイゼルの声に反応して、エルミが後部座席から顔を突っ込んでくる。


「外壁と居住区に黒煙が……事故か戦闘があったようです」

「「⁉︎」」


 こちらの緊張感で目が覚めたのか、マチルダも起き出してくる。


「敵襲デも、あったカ?」

「わからん。少し急ぐ。つかまってろ」


 俺はアクセルを踏み込んで、残り数キロを可能な限りの速度で走り抜けた。


◇ ◇


「おお、ミーチャお帰りっす。いま開けるっすよ」


 南側正門で出迎えてくれたのはクマ獣人の衛兵サカフ。毛は濡れてあちこち跳ねてるが、怪我やストレスの痕跡はない。車をヘイゼルに任せて、俺とエルミは開き始めた門の隙間を潜る。

 西側の外壁近くと町の商店街あたりから、鎮火後っぽい煙が上がっていた。


「おい、何があった⁉︎ 敵か⁉︎ 被害は⁉︎」

「まあまあ、落ち着くっす。大したこたないっすから」

「お、戻ったか」


 戦鎚を担いだティカ隊長が苦笑気味の顔で歩いてくる。こちらも髪や服が濡れているものの、そう緊迫した感じはない。


「逸れた流れ矢がいくつか刺さってな。火矢が混じってたんで、空き家が少しばかり燃えた」

「怪我人とかは?」

「いない。奥の集会所に避難してたからな。それで、気付くのが遅れた」


 空き家は戦鎚で崩して延焼を止め、井戸から水を汲んで、バケツリレー的な感じで消したんだそうな。


「襲ってきた相手は?」

「撃退後に残された死体を調べたが、服装はバラバラだ。身元を示すものも、持ってなかった。武器は大量生産品かずうちの中級品で、弓やら防具も特徴のない代物ときた」

「証拠なしか」

「ああ。……ってことは、あたしたちに身元が露呈しちゃマズいって判断だろ? 怪しいのはいくつか心当たりはあるが……」


 ティカ隊長は笑って、小さな金属片を放ってきた。

 何かと思ってキャッチすると、それは銀色のピーナッツに紐をつけたような代物だった。


「“聖跡”とかいうお守りだ。あいつらが何者かは知らんが、聖教会の息が掛かってる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る