敵将礼賛

「どうしようかねえ……」


 傾いて停まったままのサラセン装輪装甲車を眺めながら、俺たちは優雅にお茶の時間を楽しんでいた。

 車体のあちこちに大小の穴が空いて、下回りからは湯気やらオイルやらを噴いている。燃料も漏れている可能性があるので、ティーテーブルは少し離れた位置に置いた。香り高いお茶はヘイゼル厳選の茶葉から煎れたもので、フルセットの茶菓子付き。

 さすが大英帝国産メイド。本来の姿に戻ったヘイゼルからソーサー付きのティーカップを受け取り、俺は久しぶりの紅茶を味わう。エルミとマチルダが静かなので振り向くと、フニャッとした笑顔で無言のまま甘味を頬張っているところだった。


「魔導爆裂球って、向こうの世界の装甲車輌でもぶっ壊せるんだな」

「ええ。わたしたちは当時、こちらの軍用装甲馬車を止めるために開発したのですが、想定が高過ぎました。過剰火力オーバーキルなのはともかく、コスト的に見合いません」


 そうな。装甲馬車なら馬を殺せば済む話だし。

 いや、違うのか。前にヘイゼルから、馬は撃つなって言われたな。たとえ敵のものでも、無意味に馬を殺すと味方の心象が著しく悪化するって。

 俺の疑問に、ヘイゼルは笑顔で応えた。


「生き物へのダメージは最小限です」

「え」

「仕込まれた魔法陣は金属に反応するんですよ。爆轟は内包した反応用魔石粉を散布するのが主目的で、殺傷用の破砕片フラグメントは入っていません」


 オーバーキルっていうか、過剰性能オーバースペックだ。なにその馬への気遣い。


「それ兵士にもノーダメージじゃないのか?」

「熱と衝撃波と轟音は普通に発生しますよ。ただ、当時の敵は甲冑付きの想定でしたから、武器甲冑が溶ければ無力化に近いと考えました」


 なるほど、だけど武器として設計が過剰対応なのは想像以上だった。なにか追加購入が必要になりそうだけど、今後の脅威となる敵勢力が不明なので対処法がわからず何が良いのか判断に迷う。


「修理は無理?」

「DSDの修復機能にはありません。ドワーフの皆さんでしたら将来的には可能かもしれませんが……」

「いますぐどうにかなる問題でもないか」


 それに、元いた世界の死蔵兵器――というか損耗兵器というか――の購入が可能なのであれば、いわゆる“修理より買った方が安い”状況なのだと思う。


「サラセンでしたら、それなりに在庫は多いですよ?」


 整備や修理を自前で行わないのだとしたら、同じ車輌を購入するメリットがあるのかな。操作に慣れる時間が節約はできるけど、コスト的にはあまり意味がない気もする。


「いますぐ決める必要もありませんが」

「そうだな。損傷車輌こいつはいったん収納してもらって、後で考えよう」


 ちなみに、知らんかったけど“オーバースペック”って和製英語なのね。ヘイゼルからは、“オーバーエンジニアリング、もしくはオーバーデザインでしょうか”と訂正された。

 なんか恥ずかしッ!


◇ ◇


 とりあえず直近の脅威は存在しないようなので、追加購入する車輌は保留にして手持ちのモーリスC8に乗り換えた。

 今回は車体色がサンドベージュの二号車。選択に大した意味はない。ふだんオリーブドラブの一号車ばかりだったので、たまには動かさないとと思っただけ。

 DSDのなかなら状態保存はできるようだけどね。


「そういや俺、こっち乗るの初めてだわ」

「わたしもです。購入以来ほとんどコーエルさんたちが乗ってましたからね」


 やっぱ見た目通り、一号車に比べて全体にヘタッてる感がある。車体も足回りも操作系も緩い印象。ゴリゴリの実用車なので、だからどうだということもないんだが。


「この車体色いろって、やっぱアフリカ戦線とかなのかな?」

「かもしれませんね。車体後部に王立第四砲兵連隊4th R R A徽章クレストが残っています」


 菱形にⅣてのが、それか。過酷な場所で頑張ってた車輌なのね。無茶せずいたわってやらないとな。


「先ほどの追加購入の件ですが、サラディンはいかがでしょう?」


 折り返し地点の峠を越えて下りに差し掛かった頃、ヘイゼルが思い出したように提案してきた。


「サラディンって、なんだっけ」

「サラセンとシャーシを共用した装輪装甲車です。23口径76.2ミリ戦車砲を搭載しています」


 すげえな。第二次世界大戦時の基準で言うと、装輪式の軽戦車みたいな感じか。

 同一車輌サラセン再購入の検討と同じく、自分で整備しない前提だとシャーシ共用のメリットがあまりないのだが、当時の兵士たちから評判が良かった車輌のようなので考慮には入れておく。


「名前は、十字軍と戦ったイスラムの英雄から」

「イギリス関係ない、ていうか敵じゃん。イスラム教徒サラセンもそうだけど、なんで英国人きみらそんな捻くれたネーミングなん?」


 少し首を傾げて、ヘイゼルは笑う。


それが英国ザッツ・ブリテン


 ……だと思ったよ。

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