鉄槌
屋根に立っていたヘイゼルは、前部銃座に腰掛けたところで止まる。
サラセンの標準仕様は砲塔形状の
「おい! 早く
「大丈夫です! 速度そのまま、道の左ギリギリへ!」
ハンドルを切ると車体の右側で破裂音が上がり、煙と土砂が降り注ぐ。銃座の開口部からいくらか小石が転がり込んでは来たが……
「ほら、問題ありませんよ?」
ないこたないんだけど、ネコ耳娘に化けた英国メイドは気にした様子もない。
降り注ぐ
「弓兵七名排除、残りは半分ほどです。あとは魔導師と猟兵……エルミちゃん!」
「はいニャ!」
右側の
「魔導師は、ワタシがヤろう」
マチルダが後部銃座に登りながら言う。危なくないかと目配せする俺に、エルミは任せて大丈夫とばかりに笑顔で頷いてきた。おい、ホントか?
「魔法使い同士の方が、力の差はハッキリするのニャ」
「え?」
シパンッ、と鋭く短い音が鳴って山肌に火花が弾けた。半拍遅れて落雷のような音が轟き、青白い光が瞬いて連鎖的に広がってゆく。何が起こっているのかはイマイチわからないものの、マチルダの魔法が敵を蹂躙しているのであろうことだけは想像がついた。
「マチルダちゃんの魔力、すごーく真っ直ぐなのニャ」
そう……なのか? 真っ直ぐだと何がどうなるのだ?
「ミーチャさん、そのまま突破してください!」
こちらの進路上、手槍を構えて突っ込んでくる軽装の歩兵が二十ほど。装甲車が相手では、どう考えても自殺行為だろうに。覚悟を決めたのか迷いなく距離を詰めてくる。道幅は五メートル前後、左右に草地があるものの車で入るには傾斜がキツ過ぎる。
わざわざ避けてやる義理もないが……轢き殺すしかないのか、これ。
ヘイゼルのヴィッカース重機関銃とエルミのステン短機関銃が接近する敵を屠るなか、俺は直進を選んでアクセルを踏み込む。死にたくなきゃ避けろ、阿呆どもが。
「ひゃッ⁉︎」
車体の右側で爆発が起き、エルミが悲鳴を上げる。予想外のことに驚いただけでダメージはないようだが……
「ヘイゼル、いまのは⁉︎」
「厄介ですね。あの猟兵たち、魔導爆裂球を抱えているようです」
「へ?」
ええと……エーデルバーデンの領主館で喰らいかけた、あれか。むかーしヘイゼルたちが開発したっていう、対装甲型榴弾。あんとき攻城兵器で打ち上げてたのはビーチボールくらいある巨大な球だったけど、兵士が持てるサイズじゃねえぞ?
「ああ、もう……ッ!」
「ミーチャさん、左へ!」
すぐにヴィッカースの掃射音が響き、右で立て続けに爆発と閃光が上がる。
「ああ、くそッ」
歩兵たちもだ。後方の何人かが、懐に丸いのを括り付けてる。エーデルバーデンで見たものより、いくぶん小さいのがせめてもの救いか。
「避けるか⁉︎」
「真っ直ぐです!」
こちらは連射速度の低いヴィッカースと拳銃弾でしかないステン、数の暴力で距離を詰められると不利だ。全部の敵を無力化はできない。
肉弾攻撃を仕掛けてくる兵士を装甲車で撥ね飛ばし、轢き潰す。気分は最悪だけれども、こちらが望んだわけではない。いくつか周囲で爆発が起きて、大きく車体を揺らす。魔導爆裂球がどれだけの威力か知らんけど、車体下部で駆動系が軋みを上げ始めた。
「足回りにダメージを喰らってる!」
「止まらないで! ここを突破できれば良いです!」
無理やりに敵の包囲を突破するが、軋みはどんどん大きくなる。ギアチェンジが異常に硬くなり、エンジンも回転が上がらなくなってきた。
「エルミ、マチルダ! 怪我は⁉︎」
「問題ナい」
「だいじょぶニャ!」
前部銃座のヘイゼルは使用済みの弾薬ベルトと弾薬箱を車内に落として、射撃を続ける。追撃を掛けてくる敵に射撃を加えているようだけれども、後ろの状況は見えん。
「ヘイゼル!」
「まだ、もう少し……はい、もう大丈夫です」
敵の待ち伏せを抜けてから十五分ほど。次第に傾斜がきつくなる山道を登り切るより早く、サラセンのエンジンが息継ぎをし始めた。ハンドルも左に取られるようになって、揺れが激しくなる。クラッチを踏んでも反応はなく、シフトレバーも動かない。
「そろそろ限界だ。停止するぞ。敵は追ってきてるか?」
「後ろには、いないのニャ」
「周囲にモ、魔力の反応はナい」
「前方、いまのところ
そのとき足回りがガキッと嫌な音を立て、車体が左に傾いたまま急停止した。
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