神の名の下に

「お待たせしました」


 衛兵隊長の姿で領主館に入っていったヘイゼルは、ツインテメイドの姿で戻ってきた。


「今夜の死体は」

「三体です。すべて回収しました」


 念のためということでイギリス軍の非常に微妙な拳銃、減音器付特殊拳銃ウェルロッドを調達したのだけれども。幸か不幸か、かなり役に立ったようだ。

 このウェルロッド、恐ろしくシンプルなデザインのステンガンよりもさらにシンプルなデザインの、見た目は手作りトンファーくらいにしか見えない代物だけれども。静かに殺すという機能だけでいえば、これがなかなか優秀なのだ。


「思ったより動きが遅かったようですね。教会からの報告は、先ほどようやく」

「教会からすれば、子飼いの領主に対して報告の義務はないからな。さんざん考えて手に負えなくなって、丸投げしたとかじゃないか?」

「わたしも、そんなところじゃないかと思います」


 衛兵隊長ケイルマンの死体は、昼の内に教会の地下霊廟に放置してきた。王国の監視者とその護衛の死体もだ。

 その三人との数人はヘイゼルが昼間、接触による情報収集を済ませた後で始末した。追加で今夜、サーエルバン領主モルゴーズも彼らの後を追うことになった。


「ミーチャさん、教会からの使者は、どうされました?」

「ああ、そこに……」


 領主館前に停められた馬車から、マチルダが退屈そうな顔で出てくる。


「まダ、生きテる。ナら、いまのウチだ」


◇ ◇


「ロワン司教猊下げいか……」


 サーエルバンの教会地下にある霊廟。領主モルゴーズからの訪問を受けて、司教ロワンは密かに舌打ちをした。


「弁明は無用。“剣王”メフェルが殺されたことで、王国との関係は破綻の瀬戸際にあります。その異端者を拘束するのです、いますぐ」

「は。善処は、いたしますが……」


 手に余るという顔で、モルゴーズは司祭ロワンを見る。

 王国有数の剣士だったメフェルは、サーエルバンの衛兵隊が束になっても敵わない強者だ。そして、いま拘束を命じたのはそのメフェルを殺した相手なのだ。

 だが、知ったことではない。これはモルゴーズの無能が招いた結果だ。

 メフェルは死んだ。メフェルと同行していた監視者も、その護衛も。子飼いの衛兵隊長も。さらには、町中に潜り込ませていた密偵たちも消息を絶った。


 ――いまだに、信じ難い。


 王国が執拗に追う異端者は、聞くほどに何の特徴もない男だった。元は王国エーデルバーデンで騒動を起こし、ゲミュートリッヒに逃れてきた商人。何人もの半獣どもを連れて、以前にもサーエルバンを訪れている。

 王国貴族どもの異常なまでの執着に違和感はあったが、ここにきてその理由が朧げながら理解できるようになった。

 警戒すべきはその商人ではなく、連れに対してだが。


 魔道具を持った獣人と、魔族に似た特徴を持つ少女。そのふたりも警戒すべきではあるが、魔力も警戒能力も凡庸で、おかしな魔道具を除けば脅威としてそう大きくはない。

 問題は、もうひとりの連れである魔導師らしき者。その女だけは、鑑定でも正体が読めないのだという。

 ロワンは、わずかに眉をひそめる。


 王国諜報部からの情報によれば、商人は王国北東部の町エーデルバーデンに堕ちた召喚者だ。それが事実であれば、聖教会が行った召喚の儀による成果だった。度重なる失敗で秘儀の価値は疑われるばかりだったが、実は成功していたということになる。

 なんと愚かな。秘儀を行った魔導師は処罰を受け更迭された。いまさら処断が間違いでしたは派閥の内部分裂を呼ぶだけだ。


「モルゴーズ。いま異端者どもは」

「は。サーベイの商館に。監視は継続しておりますが……」


 サーベイは遣り手の商人だ。サーエルバンの町のみならず、アイルヘルンの中枢にも顔が利く。もちろん教会にもだ。カネもコネもある相手では、正面切って手は出せないのだろう。

 それもモルゴーズの問題だ。クドクドと続く言い訳にウンザリしたロワンは、手を振って黙らせる。


「弁明は無用と言ったはず」


 そのひと言で、モルゴーズはピタリと口を噤んだ。ロワンは手を叩いて、お付きの司祭を呼ぶ。


「領主がお帰りです。オル師を、ここに」


 モルゴーズと入れ替わりに、司祭が老魔導師を連れてやってきた。

 オル師はアイルヘルンでも五本の指に数えられる鑑定魔導師だ。メフェルの異常な死体を調べさせていた彼が差し出してきたのは、銀の皿だった。


「猊下、貴奴の体内から、このようなものが」


 皿に乗っているのは、潰れた金色の小片。芯になっているのは豆粒ほどの鉛、その表層を真鍮黄銅で覆っていると、オル師は鑑定結果を告げる。


「これが、魔道具から打ち出されたのですか」

「打ち出されたのは間違いありませんが、魔力の反応も痕跡もありません。代わりに、おかしな薬剤の臭気が残っています。おそらく、投石機の類かと」


 魔法による鑑定を受け入れるとするならば、“無敗の剣王”を殺すほどの投石機があるということか。


「妙ですね」

「……と、言いますと?」

「それはこちらの問題……ですが、オル師にお願いしたいことがあります」


 そう言うと、ロワンは暗い笑みを浮かべた。

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