商都サーエルバン

「お、ミーチャ買い物か?」

「いえ、サーベイさんに商売の相談を」


 門衛詰所にいた数人の内ひとりは護衛の人狼ダエルさんで、俺たちを見るとすぐにサーベイさんの執務室まで案内を買って出てくれた。

 エルミとヘイゼルは、マチルダを連れて俺の後ろに続く。目立つ特徴的な魔族のツノは、三人お揃いのネコ耳型ベレー帽で上手いこと隠してる。ネコ耳娘が三人いるみたいで、ちょっとヘンな感じ。

 乗ってきたモーリスと銃器類は、ヘイゼルにDSDの一時保管区画ストレージで預かってもらう。


「ダエルさん、護衛って門番も兼任なんですか?」

「ああ、このところ町の者が何人か襲われててな。犯人も捕まっていないから、サーベイの旦那が出歩かないときは俺たちも交代であそこに詰めてる」


 少し引っ掛かってマチルダに目を向けると、彼女は小さく肩を竦めた。この町にいるという魔族が関与していると考えるのは、さすがに早計か。


「そっちの嬢ちゃんは新入りか?」

「はい。彼女はマチルダ。マチルダ、こちら世話になってる商人サーベイさんの護衛でダエルさん」

「ダエルだ。よろしくマチルダ」

「……うン」


 魔族娘、愛想ないな。辺境出身なので、まだ世慣れてないのだとフォローしておく。

 通された執務室で、サーベイさんは広げられた地図や書類を前に家令のメナフさんと打ち合わせをしているところだった。


「おやミーチャ殿、こちらから商用に伺おうと思っていたところでしたヨ?」

「サーベイさんに相談がありまして。明日まで滞在するので時間をいただけると助かります」

「願ってもないことだヨ。では、今夜こちらで夕食をいかがかナ?」


 ディナーの招待を受けて、夕刻にまた訪れることになった。


「ミーチャ殿、今夜の宿はお決まりですかナ?」

「いいえ。探しがてら町を歩いてみようと思っています」

「中央広場の西側にある“群羊亭”が、わたしの贔屓にしている宿ですヨ。もし他に気になる宿が見付からなければ、そちらをお勧めさせていただきますヨ」


 サーベイ氏が簡単な紹介状を書いてくれたので、礼を言って受け取る。


「残念ながら商館ここは、お客様にご宿泊いただくようにはなっていないのですヨ」

「会頭でさえ、泊まるのは年の四分の一もないですからね」


 メナフさんの言葉に、護衛のダエルさんが苦笑する。

 商会トップにもかかわらず現場主義で、あちこち飛び回っているというのは本当らしい。


◇ ◇


 まだ午後も早い時間なので、いったんお暇して商都サーエルバンの町を回ることにした。

 気になっていたのは商業区。特に中央広場で開かれているという自由市と、屋台だ。アイルヘルンでどんな商品がどのくらいの値段で取引されているのか、質と量も知っておきたい。


「ミーチャさん、わたしがマチルダちゃんをサポートします。非常時には、エルミちゃんと行動を共にしてください」

「わかった。こちらとの連絡は」

“サーエルバンのなかであれば、可能です”


 すぐに念話的な声で返答があった。たしかに組み合わせとしては、その最小行動単位ツーマンセルが効率的だろう。

 町に他の魔族がいるというのも気になるが、領主一族が強硬派と繋がってるというのも要注意だ。さっきの町のひとが何者かに襲われてるって話も引っ掛かる。


「エルミ、いざというときステン短機関銃ステンガンは出せるようにしておいてくれ」

「わかったニャ」


 彼女は愛用のサブマシンガンをヘイゼルから受け取ると背中に革帯スリングで掛け、弾倉マガジンの入った携行袋を胸の前に回す。魔族であれ強硬派であれ、さすがに町中で襲ってくることはないと思うが、俺もショルダーホルスターに軍用自動拳銃ブローニングHPを装備しておく。

 俺たちの暮らすゲミュートリッヒは、異端的なこの国のなかでもさらに異端的な立ち位置のようだからな。気を緩めないようにしておこう。


「ウマそうなニオいがするゾ」


 商業区に差し掛かったところで、マチルダがフラフラと店先の屋台に吸い寄せられてゆく。

 香りと雰囲気は焼き栗に似ているけれども、見た感じ栗ではない。小さくて丸っこいハート型の木の実に糖蜜を絡めたものだ。


「オバちゃん、これなに?」

「お兄さんたち、ドラィヴミナッツを知らないのかい?」


 知らん。美味そうなので、ひと袋もらう。銅貨五枚、現地感覚で五十円から八十円くらいか。

 アーモンドとマカダミアナッツを合わせたような風味で、柔らかな甘さとカリカリした食感がすごく良い。ほんのり温かくて止まらなくなる。


「……こちらに大陸人でもいたのかもしれませんね」


 ヘイゼルが笑う。


おかしくなっちゃうドライブミーナッツ、なんて」


 自動翻訳的に理解している俺には現地語と外来語の差異がわからないが、“狂おしいほど魅了される”、みたいな米語表現らしい。固有名詞には元いた世界の言語が混じっているようなので、転移転生してきた者はそれなりにいるのだろう。


「串焼きは雉子鶉キジウズラが多いのニャ」


 キジウズラはゲミュートリッヒのマッサエーナ肉店でも扱っていて、何度も料理してる。でも精肉と卵しか見たことなかったな。生きてるキジウズラは鶏より少し大きく、丸々して茶褐色のマダラ模様。見た目ウズラといわれればウズラだが、キジっぽくはない。少々尾が長いくらいか。


 ギャー、みたいな鳴き声に振り返ると、キジウズラが首を捻られ断ち落とされるところだった。


「この場で絞めるのか」

「新鮮な肉だって、お客さんに見せてるのニャ」


 そのまま血抜き羽根むしり解体が行われてゆくのを、周囲のひとたちは当然のこととして見ている。そんなに抵抗はないが、元日本人としてはカルチャーギャップを感じるところだ。

 串焼きも買って、食べながらさらに進む。塩と香草を振っただけのキジウズラ肉は、ざっくり言うと塩味焼き鳥そのものだ。卵もウズラ卵な模様以外は、ほぼ鶏卵だったしな。


「「「おー」」」


 町の中心に近付くと屋台は少なくなり、実店舗が中心になってくる。


「繁盛している店は、商業区のなかでも中心近くにあるわけだ」

「中央広場で開かれる自由市は、店舗を持った商人との格差を埋める意味もあるのかもしれません」

「ミーチャ、あれは何なのニャ?」


 エルミが指したのは、香辛料を扱う店のようだ。形も様々で色とりどりのスパイスやハーブが並んでいるなか、店先の目立つ位置に半透明の四角い塊が置かれていた。見た目もサイズも化粧石鹸みたいなそれは客が直接は手に取れないようになっていて、それなりに高価そうな感じがする。

 俺たちの声を聞いて、髭面の商店主が笑う。


「虫蜜だよ。サーエルバンの虫蜜は甘味が強くて風味が良い」

「初めて見たのニャ」

「ウチの店以外では、なかなか仕入れられないからな」

「へえ……その塊ひとつでいくら?」

「銀貨二枚だ」


 高価たかッ!

 虫蜜ってくらいだから蜂蜜の親戚みたいなもんだろうけど、それが石鹸サイズで二千円?


「麦芽糖ならかめふたつは買えるがね。それだけの価値はあるよ」

「なるほど。ひとつもらおうか」


 値切りもせずに買って、ヘイゼルに預かってもらう。虫蜜自体には、さほど興味はないけど。砂糖を持ち込むことで潰してしまうかもしれない競合商品がどういうものかを把握しておきたい。


「ミーチャさん、そのまま聞いてください」


 ヘイゼルが店先を眺めた姿勢のまま、俺の耳元に囁く。


「誰かけてきています」

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