サーエルバン

「だいじょーぶ、ミーチャだ!」


 荷台に座って後方警戒してた護衛のひとりが手を振る。体格が良いから、大剣持ちのダエルさんだな。

 急に追い付いてきたので敵襲だと思われたのかもしれんが、さすがにモーリスの図体では一瞥しただけで正体はわかる。ヘイゼルが銃座から手を振って、馬車の方には減速してもらう。下りの狭い道幅で二台が擦れ違うのは危ないし、どうせ目的地が一緒なら同乗してもらったほうが楽だ。


「おやミーチャ殿、ティカ殿まで、どうかされましたかナ?」


「それが、北東の山にダンジョンが発生してな。サーエルバンのギルドまで直談判に向かうところだ」


 サーベイさんからはギルド長に口利きをしてくれるとの確約をもらって、町までの同行をお願いする。

 サーベイさんと護衛のセバルさんにはモーリスの後部座席に乗ってもらい、馬車と荷物はヘイゼルが一時保管区画ストレージで預かる。

 馬は収納できないので、護衛のマイファさんとダエルさんが騎乗して並走することになった。


「並走、できますかね?」


 サーベイさんたちのペースが早かったのは、馬の力が大きかったんだろうということはわかる。ただ、それが残りの道程でも維持できるのかが読めん。


「ああ、あの子たちは本当に素晴らしい馬だヨ。無理したら、その日のうちにサーエルバンまで行けそうなくらいだヨ」


 こちらは急ぎの日帰り旅なので、馬組は遅れたら無理せず後から追ってきてもらう……という話で出発したのだけれども、結果はすぐに出た。


「並走どころか、追い抜かそうとしてるニャ」


「うん。完全に、尻を突つかれてるな」


 元は王国軍の討伐部隊で馬車を引いていた大型の牽引馬だ。騎兵用の馬よりもひと回りガッシリした体格で、力はともかく速度は出ないと思ってたんだが。

 山を下って道が広くなったところでは、並走しながら運転席を覗き込む余裕まである。


「ミーチャ、この子たち、“遊んでくれてるのー?”って顔してるのニャ」


 ここまで馬車を曳いて七、八十キロは走ってきたはずなのに。あの馬たち、疲れどころか汗ひとつ掻いてない。

 さすがに、おかしくね?


「王国の馬は、魔物との掛け合わせをしてるみたいだネ。ほら、虹彩に魔力光が見えるヨ?」


 サーベイさんは笑顔でとんでもないことを言い出した。

 運転席横でこちらを見る馬の目を覗き込むと、怪訝そうな表情でぶるぶる言われたが、たしかに青白い光が瞬いていた。BMWの灯体外周発光イカリング型ヘッドライトみたいだ。


「その子たちのお陰で、ふだんの三倍近い距離を稼げたんだヨ」


「そうそう。旦那も俺たちも、そろそろ休もうかと何度かんだけどなあ……」


 後部座席の人狼護衛セバルさんが、馬たちを見て苦笑する。


「馬の方が“まだ走るー”っつってさ。止まるのを嫌がるんだよ」


 そんな染まり切った社畜みたいな馬って、どうなの。それ以前に、馬を相手にムッチャ対話できてるっぽいよね。

 まあ、ともかくサーベイさんたちは、わずか半日強で全行程の七割近くを消化していたわけだ。

 ほとんど自動車モーリスのようなハイペースだ。


「途中で魔物や獣に遭わなかったのも、距離を稼げた理由だネ。このたちが遠ざけてくれたのかもしれないヨ?」


 少しペースを上げて様子を見るが、問題ないどころか嬉しそうに追従してきた。速度は五十キロ。馬たちは、まだまだ行けそう。

 下りの山道でこれ以上のスピードアップは、事故が怖いのでやめておく。 


「もうすぐ平地に出るぞ」


 ティカ隊長がやんわり警戒を促す。まだサーエルバンまでは距離があるようだが、坂道の傾斜が次第に緩やかになってきた。

 周囲の視界を塞いでいた岩壁が少なくなって、かなり見通しも良くなっている。木々の緑が濃くなって、茂みや草むらが増える。魔物や盗賊には身を隠す場所を与えることになるので、ある意味では視界が悪くなったとも言えるかもしれない。


「あと約三十二キロ二十哩くらいだヨ」


「まだ意外とあるな」


 まだまだ元気な馬と追いつ追われつしながら走ること小一時間。森や丘が連続したのどかな地形の奥に、城塞みたいなものが見えてきた。

 サーベイさんが、嬉しそうに告げる。


「ミーチャ殿。あれがアイルヘルン有数の商都、サーエルバンだヨ?」

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