ターニングターン
二時間ほど走ると、見晴らしの良い峠に出た。四方は山に囲まれているが、稜線の隙間から麓の様子が見える。
「ティカ隊長、サーエルバンは?」
「方向は向こうだ。北東……だが、ここからは見えんな。距離としては、この辺りで全行程の約半分といったところだ。“もーりす”はすごい速さだな……」
「ここからは下りなので少しは楽になるニャ?」
ホッとした俺たちを見て、ティカ隊長は少し微妙な笑顔になる。
「アンタらは、そうかもしれんな。馬車だと下りは、かなり気を使う。速度が出過ぎると曲がりきれず谷に落ちて死ぬ」
「なるほど。いや、後半は俺たちも他人事じゃないけどな」
ブレーキが過熱して効かなくなるとかな。現代の日本車しか運転したことないからそんな経験ないけど、教習所では習った気がする。車重があるモーリスはあんまりブレーキ効かせっぱなしだと危ないかも。
「お茶でも飲んで一服しましょう」
どこからともなくティーポットを出したヘイゼルが車内の中央に木箱を置いて茶菓子を並べ、ティーカップを配る。テーブルクロス的なものまで敷かれて急に優雅なローテーブル風な感じになった。
「お、おう。ヘイゼルは、いつもこんな?」
「メイドですから」
「そうか。ヘイゼルはミーチャのメイドだったのか。すまん、知らなかった」
「いや、俺も知らんかった。というか、
「そうですね。ミーチャさんはクライアントではありますが、ご主人様ではないです」
「ヘイゼルちゃんは、誰のメイドなのニャ?」
首を傾げて考え込むヘイゼル。エルミとティカ隊長は俺を見るが、そんなん俺も知らん。
「わたしは、わたしの信念に仕えています。ですから、あえて言えば“あるべきわたし”のメイドですね」
なるほど、という顔で俺たちは頷く。ヘイゼルらしい答えだと思う。そして、なんとなくイギリスぽい気もする。神や女王を持ち出されるより、ずっと腑に落ちる。
「お、んまい!」
話は済んだということで、ティカ隊長は早くも
「美味しいな。なんか、イギリス人がことあるごとに紅茶を飲む気持ちがわかるような気がする」
ヘイゼルが嬉しそうに微笑む。そうだな、気持ちの区切りを付けるというか、前に向かうきっかけになる。以前タバコを吸ってたときが、それに近い感覚かもしれない。もう吸う気はないけどな。
「そうだミーチャ、下りになってしばらくは良いが、平地に出た辺りからは魔物も出る。たまに盗賊みたいのも出るから、注意してくれ」
「そっか。悪い奴らにとっても、暮らしやすくなるわけな」
「ああ。でもサーエルバンの周辺は、ゲミュートリッヒほど荒っぽい環境じゃない。アンタらをどうこうできるようなのはいないさ」
そうだと良いんだけどね。なんかフラグみたいなので黙っておく。
ひと息ついたところで、ティーセットを片付けて車を出す。言われた通り、峠を越えてからは延々と下りの道が続くようになった。時折かなり道が細くなってたり、入り組んでいたり、断崖絶壁の横を通ったりはしたけれども、大きな問題はなく進む。さすがにブレーキを踏みっぱなしだと厳しそうなので、エンジンブレーキを多用して
「ちょっと気になってたんだがな」
「ティカ隊長もか。俺もだ」
「ウチもニャ。馬で三日と聞いてたのに、サーベイさんたち、まだ見てないのニャ」
折り返すとこまで来たんなら、馬で一日半とか。今朝がた立った馬車に追いついても良いはずだ。
「ここまでに脇道はなかったぞ。どこかで谷に落ちたとかじゃないよな?」
「だったら少なくとも護衛が目印くらい残す。無蓋の馬車では全員揃って落ちたりしない」
最悪の事態は避けられたとみて良いか。だとしたら最良の方……
「思ったより先に進めた、とか?」
「そうみたいニャ。ほら、あそこにいるのニャ」
エルミが指差す先に、つづら折れをスイスイ走ってゆく馬車が見えた。
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