ブリリアントな日々
始まるモラトリアム
ゲミュートリッヒでの新しい暮らしは、意外とスムーズにスタートを切った。
孤児院組は町の北西にある集会所に落ち着くと、昨日のうちに掃除や模様替えを終えた。俺たちも手を貸したが、当座の物資や資金は町から支給され、周辺住民からも手伝いや差し入れがあった。
夕食は、ご近所さんが持ち寄った料理とヘイゼルが出した調理済み食材でけっこう豪華なものだった。
「みなさん、ありがとうございます」
「なーに、待ちに待った移住者、おまけにシスターで勉強まで教えてくれる先生だ。これくらいの手助けなら、いつでもするさ!」
「冒険者も山ほど来てくれたからな。この町も、大きくなる頃合いじゃないかね?」
受け入れてくれるのは嬉しいが、なにやら必要以上に喜ばれている印象だ。
そんなに人手不足だったのかな?
「ティカさん、ここの人口は、どのくらいですか?」
「だいたい百五十人だな。商売や移住や転居で、プラスマイナス二十人くらいの変動はある」
多いといえば多いし、少ないといえば少ない。
「最近は、ずっと出てくばっかで移住者はほとんどなくてなあ、アンタたちが来てくれて助かったよ」
「流出の理由は?」
「もっと大きな町でカネを稼ぐ、ってのが一番多いかな。あとは、もっと安全な環境で暮らすとかだ」
「ここは、危険なんですか?」
ヘイゼルの問いに、ティカ隊長は笑う。
「まあ、魔物は多いな。それも、倒してもカネにならないゴブリンやらブッシュビータやドラゴノボアだ。冒険者ギルドも商業ギルドもないから、巡回出張を待つか自分たちで出張るか、サーベイの旦那に委託するかだ。不便だし、割りに合わないと考える奴も出るさ」
「なるほど。まあ、そこは俺たちでサポートできるよ。魔物退治も他の町への送り迎えも、必要なら手を貸すからさ」
「ああ、是非とも頼む」
元気な衛兵隊長は、人好きのする顔でニカッと笑った。
◇ ◇
ゲミュートリッヒに到着した、翌日。
前夜は孤児院組の暮らす集会所に泊めてもらったのだが、いつまでも世話になるわけにもいかず。
……と思っていた俺は、気付くと集会所の向かいにあった空き店舗を借りることになっていた。なにを言ってるかわからねえとは思うが大丈夫だ俺もイマイチわかってねえ。
今後は自分らの暮らしを考えなくてはいけない、とかヘイゼルに語ったとこまでは覚えてる。
「掃除は、このくらいですね」
「ヘイゼルちゃん、二階も綺麗になったのニャ!」
一階が店舗で、奥に居住スペースと風呂トイレ、二階が寝室だ。手狭だけど落ち着いた感じの個室が四部屋あるので、特にドキドキなイベントもなく部屋割りがされた。
「でもヘイゼルちゃん、ホントにウチも混ざって良かったのニャ?」
「ええ、もちろん。エルミちゃんと暮らすために、ここに決めたんですから♪」
いやいや、どうせ家を決めるなら商売をしてみたいと言い出したのは俺だけどな。
正直に言えば、働きたくないから流行らない店でも経営してダラダラ暮らそうかという発想だ。そのアホな思い付きを聞いたヘイゼルが、あまりにサクサク手続きを進めて引っ込みが付かなくなってしまった。
有能過ぎるパートナーも考えものである。
当然のように巻き込まれたエルミも事態を把握できず目を白黒させていたが、やがて諦めたのか現実逃避なのか状況を受け入れ始めた。もしかしたら、流されやすい子なのかも。
「ミーチャは、何のお店をするか決めたのニャ?」
「……もう少し考える」
「ここ、元は小さなレストランかカフェだったみたいですね。厨房が大きくて収納が多いです」
飲食店か。それも良いかもな。あんまり繁盛する感じの町じゃないから、サテンのマスター的にヒゲでも生やして、のんびり暮らすなら悪くない。
「さて、ベッドマットと毛布、シーツや枕は調達できますが、寝巻きや着替えは欲しいですね。エルミちゃん、ミーチャさん。他のお店を見に行きませんか」
「行きたいのニャ!」
「ああ、それもいいな」
ずっと着たきりの服、それもビロビロのTシャツに短パンだから、それは俺も思った。
現地に溶け込む地元風の服が欲しい。
エルミは相変わらずショートパンツにボタン留めのシャツで、俺が渡したパーカーをダボッと羽織っている。気に入ってくれてるようなので、そのまま返さなくていいと伝えた。
ただ、落ち着いたら洗おうね。
ふたりと一緒に、新居を出る。
「ここでは、カギ掛ける習慣ないようですね。扉についてはいますが、飾りというか、“不在フダ”に近いです」
「それだけ治安が良いってことだな」
話を聞いた限り、住民にとっての警戒対象は町の外にいる魔物だけだ。
全周を木柵で囲われたゲミュートリッヒだが、高さも強度も止められるのは少数のゴブリンくらい。成体のドラゴノボアが突っ込んでくれば壊されるし、ゴブリンも大きな群れだと危ない。ブッシュビータ(ファングラット)に至っては、木柵の隙間から入ってくる。
それでも、町中はそこそこ安全が確保されており、子供たちが通りで遊ぶ光景が見られた。
その奥に連れ立って歩く大人の集団があった。楽しそうに笑う男女の半分ほどはエーデルバーデンの冒険者たちだ。
「わたしたちがエーデルバーデンから来たと聞いて、冒険者のみなさんのところに顔見知りが訪ねてきてました。マドフさんたちが装甲馬車で送り出したという方々でしょう」
「へぇ……ヘイゼルの知り合いは?」
「半世紀前ですから、もう残ってないと思います」
それもそうか。
新居を出てから数分後、先を歩いていたエルミが一軒の店の前で首を傾げる。
「“乾きもの”……って、何なのニャ?」
「あら、懐かしいですね。入ってみましょうか」
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