マイティ・ティカ

 俺たちは案内されて、ゲミュートリッヒの町に入った。

 サラセンに乗っていた孤児院組も、モーリスに乗っていた冒険者たちも、自分たちの足で町に入り興味津々で周囲を眺めている。


「ティカ!」


「おう、新入りがたくさん来たぞ! 手が足りない奴らは頼んでみろ!」


「「おおぉ……」」


 衛兵隊長は人望があるらしく、寄ってきた住民たちとあれこれ話し始めた。俺はヘイゼルと相談して、車輌はモーリスを一台だけ入り口近くに残し、他はDSDの一時保管区画ストレージに仕舞ってもらうことにした。

 残すのは少し状態の良いオリーブドラブの一号車。ブレーキと車止めを掛けてキーは俺が持ち、銃座のブレンガンも危ないので収納する。


「あのデッカいのは片付けちまうのか?」


 ティカ隊長は残念そうに言う。ホントに珍しいものに目がないようだ。


「見たいんだったら彼女に言って、暇なときに出してもらってくれ」


「へぇ……この子は、魔導師か?」


「魔導師というのとは少し違いますが、貨幣を媒介に異界との扉を開く力を持っています」


「……いやヘイゼル、それ誤解を招く表現なんじゃないか?」


 ヘイゼルとエルミはティカ隊長とお互いに自己紹介して、すぐに意気投合したようだ。同年代っぽい女の子たちが楽しそうに話している姿は微笑ましいものがある。

 こういうところが、いかにもオッサンだな俺。


 ゲミュートリッヒの町は、木柵に守られた部分だけでいうと縦横百メートル前後か。そこに大小の建物が並んでいる。正門から入ってまっすぐ延びる通りには店がまとまってて、町の外周部に民家っぽい建物がある感じだ。

 建物の外壁が木肌のままなせいか、どこか西部劇の町っぽい。


「ミーチャさん」


 ヘイゼルに呼ばれて振り返ると、三人のガールズがキャイキャイ言いながら歩いてくるところだった。


「町の南側にいくつか古い空き家があるから、アンタたちは当座そこを使ってくれ。ヘイゼルとエルミに、場所は伝えてある」


「使わせてもらって良いのか?」


「ああ。引っ越してった連中の家だ。どうせ使ってない。希望者には仕事も紹介する。働き出したら家くらい買えるようになるから、そのときは好きなようにしてくれ」


 そんな簡単な話なのかと思ったが、ゲミュートリッヒでは土地が個人所有ではないらしい。

 空いてる場所があれば周囲の居住者と相談の上で、ある程度は好きなように使用できる。家も建材と大工仕事の手間賃程度で買えるようだ。

 自分の家か……元いた世界じゃ考えたこともなかったな。


「シスターと子供らは、西側の奥にある集会所で暮らしてもらおう。教会ってほどでもないけど、ちっこい礼拝堂もある」


 シスターふたりを呼んで、ティカ隊長から今後の暮らし方を聞く。

 家賃は不要、最低限の食料は町から支給されるし、手が離せない住民の子供を預かると謝礼も出る。町の外周に沿って畑もあるので、自給自足の暮らしも可能だという。


「そんな……良いんですか?」


 若いシスター・オークルが、困惑した表情で年配のシスター・ルーエを見る。

 ティカ隊長が騙すような人間とは思ってないけど、いままでエーデルバーデンで虐げられてきた彼女らにとって、にわかには信じがたいほどの好条件なのだろう。


「年に何回かの集会でしか使ってなかったからな。正直、掃除してくれるだけでもありがたい。それと……シスター、読み書きはどのくらいできる?」


「共用語と王国語、初級算術と初級魔術は、ふたりとも身に付けています」


「すげえ! あたしたち、子供らに読み書きと算術を教えたいと思ってたんだけど、教えられるひとがいなくてさ。読み書きも算術もできるひとは、たいがい忙しいから手が空いてなくてな」


「構いませんよ。孤児院の子供たちにも、いままで教えてきましたから」


 ゲミュートリッヒの孤児院兼礼拝堂は、寺子屋も兼ねることになった。

 教育に対する謝礼も出るので、町から入るお金だけで食うには困らなさそうだ。


「なあ、隊長。この町、町長みたいのはいないのか?」


 俺は、気になっていたことを尋ねる。

 ティカ隊長は頼りになりそうだし、町に関する知識も判断能力もある。

 ただ、こういった話をするのは本来、戦闘職である衛兵ではなく文官というか事務方なのではないだろうかと思っていたのだ。


「いたけど、半年前に亡くなった。次が決まるまでの繋ぎであたしが仕切ってたら、そのままズルズル来ちゃってなあ……」


「町長が亡くなったのは、なにかトラブルでも起きた?」


「いや、ありゃ寿命だな。こればっかりは魔法じゃ治らん」


 そう言って笑うティカ。衛兵隊長の顔と少女の顔と、知的好奇心が強いドワーフの顔と。コロコロ切り替わって面白い子だ。

 明るく前向きでパワフルな親分肌。そりゃ町長の代わりにもされるわな。


「あたしはあそこにいるから、困ったことがあったらいつでも来てくれよ」


 ティカ隊長は、正門から入って右手の建物を指す。そこが衛兵詰所らしい。田舎の交番くらいの家というか小屋というか。どこかメルヘンな印象なのはディテールが柔らかく丸っこいせいだろう。


 俺たちは、子供らと礼拝堂に向かう。冒険者組は、与えられた空き家を見に行くそうだ。小さめの家が七つくらいあるというから、住み分けは彼ら自身で考えるだろう。


「ミーチャは、どうするのニャ?」


「全然なんにも考えてないな。冒険者組に混ざるのもどうかと思うし……」


「では、わたしと家を借りましょうか」


「ニャッ⁉︎」


 いきなり出たヘイゼルのコメントに、エルミが目を丸くする。


「もちろん、エルミちゃんも一緒ですよ?」


「ニャニャッ⁉︎」


 なんだそれ。そこはテンプレとして、俺とゴスロリ少女との仲を誤解したネコ耳ガールとのモニョモニョしたアレコレがあるべきなんじゃないのか。

 オッサンが美少女ハーレムとか、リアルで見たらグロテスクなので、どうでもいいけど。


「借りるにしろ買うにしろ、できれば孤児院組の近くがいいかな。連れ出した責任上、上手く回るとこまではサポートしたい」


「あら、サラッと流されましたね。……どうしましょうか、エルミちゃん?」


「う、ウチは、そういうの、わかんないのニャ!」


 初心か。

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