その53:これはコブじゃないっスよ
早朝。いつものように展望台で深呼吸をして坂を下り、日和山へ向かう。海側の階段を上って山頂に行くと、こちらに背を向けてひよりが伸びをしていた。
「おう。ひより。おはよう」
「あ。メグルさん。おはようございます。気持ちいい朝ですね」
ひよりが振り向いて笑顔を見せる。
「なんだ。すっかり元気そうじゃないか。まだ落ち込んでるのかと思ったのに」
「そんな、あんなことでいつまでも引きずりませんよ。あれはまぼろしみたいなものだったんですから。うふふ。それに、これがしっくり来る人もいるみたいだし……」
「ん? 最後、なんて?」
「なんでもありませんよ」
「しかしまぁ、蒸し返すつもりはないけど、昨日はひどかったからな。特に、マッコちゃんには何したか憶えてるか?」
「憶えてます……。今考えると恥ずかしい……。謝らなきゃ……」
「マッコちゃん、ひよりのことすごい尊敬してるんだからな。尊敬できる先輩でいてやれよな」
「はい……」
「まぁ、それで縮こまっちゃあ、またマッコちゃんも気をつかうだろうから、普通でいればいいんだよ」
「そ、そうですね。そうします」
「んー。まだ固いな。吹っ切れてない感じがする。吹っ切るために、大声でも出せばいいんじゃないか?」
「大声ですか? でも、何言えば……」
「昨日の名セリフでいいじゃないか」
「名セリフ?」
「気持ちがこもってたからなぁ。それをもう一度吐き出しちゃえばいいんだよ」
「気持ちがこもってって、……何言ってましたか?」
「ほら。あまってるんならーってやつだよ」
「え、あ、あれですかっ? あんなこと、もう言えませんよっ」
「だから、まだモヤモヤが残っちゃうんだよ。大声で叫んで、出し尽くしちゃえよ。結界の中だし、外には聞こえないだろ?」
「そ、そうですね……。恥ずかしいですけど、それじゃあ……」
「どうぞ」
「あ、あまってるんなら、半分、ちょうだいよーっ! ……はぁ。はぁ」
「おお。結界がなければ、新潟市全域の人が起こされてたような大声だったな。……どうだ?」
「はぁ。はぁ。……うふふ。すっきりしたような気がします。なんだか、元気でました」
「そいつはよかった」
実際、ひよりの顔はすっきりした感じがしていた。大声を出すってのはいいことだ。こういうとき、結界ってのは便利だな。
などと思っていると、俺たちのうしろ、海側の階段の方で物音がした。
振り向くと、階段のところに生首のようなマッコちゃんの顔が見えた。階段に腹ばいになって、顔だけ出しているみたいだ。
「あわ。あわわわわ。さ、差し上げられるものなら差し上げたいっスけど、はずれないんス……。もぎとらないでほしいっスー。ううう」
「うわ。マッコちゃん、いたのか。いつの間に。なんだよ、そんな格好で」
「ついさっき来たんスけど、声をかけようとしたらひより先輩が咆哮されたので、腰が抜けて階段をすべり落ちてしまったっス……」
「マッコちゃんに聞かれちゃった。うふふ。……昨日はごめんね。いろいろと変なこと言ったりしたりして。でも、今のはそういうのを全部吹き飛ばす叫びだから。リセットしたんで、許してね」
「り、リセット……っスか。はあ……」
マッコちゃんはまだ首だけ出した姿勢でブルブル震えている。……そんな怖かったか。
「しかし、早いな。マッコちゃん。いつも俺とひよりはだいぶ早いから、マッコちゃんたちはもうちょっと遅く来ると思ってたんだが」
「それはもう……。早く来ないとって思ってたっスから……」
「そうか……。それなら、ミーティング早くするかな。こんちゃんはまだだな。……よし、呼んでくるか」
「あ、それならマッコが行くっス」
「ああ、いいよ。俺が行くから。ひよりとふたりで待っててくれ」
すると、マッコちゃんは立ち上がって俺の耳元でささやく。
「あ、あの……。ひより先輩は大丈夫なんスか……。ふたりきりになったら……マッコの……ばいんをもぎとったりされないスか……」
「はは。そんなことしないよ。さっきの咆哮で吹っ切れたはずだからさ。ひよりもマッコちゃんに謝りたがってたから、話聞いてやってくれよ。もぎとられたりしないから大丈夫だよ。……たぶん」
「たぶんっスか!」
そんなわけで、俺はふたりを残して開運稲荷神社へこんちゃんを迎えに行く。まだ起きてないよなぁ。こんちゃんだしな。
開運稲荷に着いて鳥居をくぐると、すぐにこんちゃんの媒介石であるこんこんさまが見える。台座部分を叩いてこんちゃんを呼ぶ。
「おーい。こんちゃん。ちょっと早いけどミーティングするから、起きてくれよー」
すると、こんこんさまが淡く輝き、横になったこんちゃんが浮かび上がる。こないだのように、地面から十五センチくらいのところで落としてやろうと思い、またお姫様抱っこ状態を作る。身体には触れていないが、ほんの少し俺の腕から浮いている状態。この状態で地面の十五センチ上まで持っていき、俺の腕を抜けばこんちゃんは地面に落下するはずだ。
「ふふふ。最近はこんちゃんにからかわれてばかりだからな。思い知るがいい」
しかし、地面近くまで下ろす前に、こんちゃんの目が開いた。そして、俺の首に腕を回してくる。
「あはは。メグルくんのお姫様抱っこゲットー! どう? ひより。うらやましいー? ……あれ?」
「何やってんだよ。こんちゃん」
「あれー。ひよりはー? 来てないのー?」
「マッコちゃんと日和山にいるよ」
「なんだー。それじゃこんなことしてもしょうがないねー。ひよりにうらやましがらせようと思ったのにー」
そして、さっさと俺の腕から下りる。
「なんだったんだよ」
「いやー。ひよりに嫉妬心を起こさせようと思ってねー。昨日のやつを忘れさせるには、一番強い情動を誘発する、こういうのが一番いいかなーって思ってさー」
「ひよりはもう立ち直ってるよ。って言うか、なんだよ一番強い情動って。ひよりが嫉妬なんて……。まぁ、よくわからんけど……つまりは、こんちゃんもひよりを立ち直らせようとしたわけだな」
「あはは。そんなこと面と向かって言われると恥ずかしいけどねー。ひよりが変だと、アタシも面白くないからねー」
「……ありがと」
「アタシのほうがずっとひよりとの付き合い長いんだからねー。でも、いろいろ役目とられちゃってるねー。あはは」
俺とこんちゃんは日和山へ向かう。
海側の階段を上っていくと、ベンチでひよりとマッコちゃんが笑いあっていた。どうやら、わだかまりも無いようだな。
「あ。こんちゃん、おはよう」
「おはようございますっスー」
「おー。ひよりー、おはよー。マッコー。おはよー。なんだー。今頃はふたりで組んずほぐれつして、マッコのばいんを奪い合ってるかと思ったのにー。あはは」
「そんなことしないよっ」
「そんなの、どうやって奪い合うんスかっ」
「あはは。今回みたいにさー。そういう鬼具が出てくるかもしれないよー? 『その邪魔そうなばいんを取って、こちらの平たいのに付け替えてやろう』とかいう鬼がいたりしてさー」
「こぶとり爺さんかよ」
「別に邪魔じゃないっスよ! これはコブっスか!」
「ごくり。そ、そういうのもアリかな……」
「ひより先輩っ。なに乗り気なんスかっ」
「研究の余地はあるかな……って」
「奪う気まんまんっスか!」
あー。あんなこと言ってるけど、ひよりに悲壮感はないから、もう大丈夫だな。なんだかんだ言って、みんな思い合ってるみたいだからな。
「でもさー。あの、大きくなぁれの能力はメグルくんが取り込んでたりしないのかなー。取り込んでれば、いつでもメグルくんに大きくしてもらえたりして……」
「それはたぶん……無理だよ。わたしもちょっと……ほんのちょっとだけだよ、考えたけど、あれは大黒鬼さんの能力じゃなくて、鬼具の力だから。メグルさんが取り込めるとしたら、鬼さんの能力だけだからね」
「んー。残念だねー。もし使えれば、いつでもひよりをばいんばいんにして、メグルくんもいろいろ楽しめたのにねー」
「何を楽しむのっ。わたしはもう、そんなばいんばいんなんて……。いらない……とは……言わないけど……。メグルさんはそういうのしっくりこないだろうし……」
「ほー。何がしっくり来るんだろうねー。あはは」
「そ、それはどうでもいいよっ。それより、昨日の鬼さんふたりの能力の話をしないとだよっ」
「ひよりは今日のうちに報告書書かないとだしな。大黒鬼は、爆破だっけ。爆破でいいのかな……。鬼具の力が無ければ、ごく小さい爆発しか起こせなかったみたいだよな。それに、恵比寿鬼の方は能力がはっきりしなかったよなぁ」
「鬼形態になると能力が進化する、みたいなことを言ってたねー」
「鬼形態になると進化するというより、地上酔いの間は退化してるっていうことですけどね」
「恵比寿鬼は、ひより先輩がみなとぴあへ転送されたあとに自分の能力の話、ちょっとしてたっスよ」
「あっ。そうなんだ。なんて言ってた?」
「えーと。確か、カンカクキョウユウとか……」
カンカクキョウユウ……? 感覚かな。そういや、最後に「カンカクからノウリョクに」とか言ってたっけか……。
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