聖女様が変態です、純愛ルートはどこですか?(メイド談)

緋色の雨@悪逆皇女12月28日発売

聖女様が変態です、純愛ルートはどこですか?(メイド談)

 ――聖女。

 それは赤子の頃に聖痕を受け、それから聖女たれと厳しく躾けられた。慈愛の女神に愛されし、清らかなる乙女に与えられた唯一無二の称号である。

 十六になった彼女は、まさしくその称号に相応しい能力を身に付けた。


 そんな聖女――リリスが足を運んだのは、魔物の襲撃で負傷した者達が集められた治療病棟だ。彼女は運ばれてくる負傷者を次々に癒やしていく。


 彼女がひとたび神に祈ればあらゆる傷は癒え、欠損した部位すらも甦る。また、どのような病であろうとも打ち払い、魔王の呪いすらも打ち破る。

 その姿はまさしく聖女。

 魔物による被害が絶えぬこの世界において、彼女はまさしく女神の申し子である。

 奇跡を目の当たりにした者達が感涙の涙を流す。


 そうして一通りの負傷者を癒やしたとき、新たな負傷者が運び込まれてきた。全身に酷い火傷を負っていて、生きているのが不思議なくらい。

 ボロボロになって身体に張り付いた洋服だけが、彼女が女性だと告げている。


「聖女様! どうか、どうか私の娘をお救いくださいっ!」


 少女を連れてきた平民の女性、おそらくは少女の母親だろう。

 その女性がリリスに縋り付いてくる。


 聖女の白き衣が女性の血で穢れ、お付きの者達が眉をひそめる。けれど聖女はその者達を視線で黙らせ、母親を安心させるように微笑みかけた。


「良くここまで頑張りましたね。わたくしがいるからにはもう心配ありません」

「……救って、いただけるのですか?」

「無論です。無垢なる娘を救うことこそ、わたくしが女神より与えられた使命ですから」

「あ、ありがとう……ありがとうございます、聖女様!」

「礼など不要です。さっそく癒やしをおこないましょう」


 リリスが女神に祈る。

 その瞬間、慈愛に満ちた光の粒子が火傷を負った娘に降り注ぐ。

 彼女の焼けただれた皮膚がかさぶたとなって剥がれ落ち、その下から愛らしい顔が覗かせた。少女の苦しげな呼吸が穏やかになり、彼女が救われたことを誰もが認識した。


「あ、あぁ……ありがとう、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません。私に出来ることがあればなんなりとおっしゃってください」

「わたくしは愛らしい子羊を救っただけです。それより、貴方も少し負傷していますね。軽傷の方は、治癒魔術師達が癒やしてくれます。あちらで治療を受けてください」

「ですが、娘が……」

「念のために予後を確認する必要もありますし、娘さんはわたくしが見ていましょう。それに、娘さんが目覚めたとき、貴方が疲れ切っていたら悲しみますよ?」

「……あぁ、そうですね。ありがとうございます」

「いいえ、気にする必要はありません。マリア、彼女の案内を」

「……かしこまりました」


 側仕えなメイド――マリアが母親を連れて部屋を退出する。

 そうして、部屋に残されたのはベッドで眠る少女と聖女リリスの二人だけ。リリスは周囲を見回してそれを確認した後、にへらっと相好を崩した。


「傷が癒えたとはいえボロボロなままだから、まずは身体を清めてあげないといけませんね」


 治療用に置かれていた桶のお湯にタオルを浸け、絞った濡れタオルを作る。

 そのタオルで穏やかに眠る少女の顔を丁寧に拭い、火傷を癒やしたことで剥がれ落ちた垢をこすり取っていく。ボロボロの垢が剥がれ落ち、その下から綺麗な顔が露わになっていく。


「私より三つ四つ年下かな? やっぱり可愛い女の子だね、ふふっ」


 リリスは相好を崩し、それから顔以外の部位も確認するために服を脱がしに掛かる。身体に張り付いていた服は、けれど火傷が癒えたことでするすると脱がすことが出来た。

 ボロボロのワンピースを脱がしたリリスは、次いで少女の全身を濡れタオルで拭い始めた。


「はぁ……さすが若い女の子。新しい肌はすべすべだなぁ」


 手足やお腹を綺麗に拭い、その身体を舐めまわすように観察する。息遣いが荒くなっているのは決して、やましい気持ちがあるからではない。


「手足やお腹とかに火傷の痕は残ってなさそう。……なんて、私の治癒魔術を使ったから当然なんだけど。でも、念のため、念のために触診は重要よね。特に――胸とか!」


 鼻息を荒くする聖女にやましい気持ちは――ない。

 彼女にあるのはただ純粋な欲望である。

 聖女は少女のボロボロの下着を剥ぎ取った。そうしてやはり濡れたタオルで剥がれ落ちた火傷の痕を拭い取っていく。

 そして――


「はぁはぁ……いよいよ触診だね。膨らみかけの胸に異常がないか、この手で直接揉んで確認してあげ――痛ったああああああぁぁぁあああっ!?」


 マリアに耳を引っ張られたリリスが悲鳴を上げる。リリスが少女に気を取られていた間に、リリスが背後から迫っていたのだ。


「ちょっと、痛い、マリア、痛い、耳がもげちゃう~」

「あら、人の話を聞かない耳なんてもげても私は困りませんよ?」

「困る、私が困るからぁ~」


 リリスが悲鳴を上げるが、マリアは聞く耳を持たない。むしろ彼女が持っているのは、リリスの聞く気がない耳だけである。

 その耳に向かって、マリアは強い口調で訴えかける。


「言いましたよね? リリスお嬢様が女の子しか愛せない性癖なのは百歩譲っても、患者さんに手を出すのはダメだって、言いましたよね?」

「ち、違うよ。これはただの触診、触診だからっ!」

「へぇ……触診ですか? もう綺麗さっぱり治っているようですが、どこに触診する必要があるというのですか?」

「え、それは……その……ほら、この子の胸がちゃんと育つかどうか、揉んで確認を――痛い痛い、ごめんなさいもうしません許してっ!」


 みっともなく泣き叫ぶ聖女。だがマリアが深々と溜め息を吐き、その身体をお姫様抱っこで抱き上げた途端、聖女は力尽きたかのようにぐったりとなった。


「まったく。聖女といえど、これだけの癒やしを使って平気なはずないでしょ。ほら、後は他の者にまかせて、貴方は城に戻って休憩です」

「まだ、目的を果たしてない、果たしてないのにぃ……」


 うわごとのように繰り返す。

 聖女はそのまま馬車に運び込まれて、城へと連れ帰られた。


 なお、その際の聖女の顔は青白く、いまにも気を失いそうに衰弱して見えた。それでもまだ目的を果たしていない。すべての人を助け終わっていないと繰り返す聖女。

 その姿に多くの者達が感動の涙を流したという。



 ――で、そんな周囲の評価とは裏腹に、今日も今日とて女の子にちょっかいをかけ損ねた聖女は、城にある自分専用の浴場で、お湯に身を沈めながらふてくされていた。


「はぁ……マリアのイジワル」

「まだ言ってるんですか、いいかげん諦めてください」

「だって、自分の時間とか気力とか、後ちょっぴり命を削って人助けしてるんだよ? その報酬として、美少女に胸を揉ませてもらうくらい可愛いモノでしょ?」

「可愛くないですし普通に犯罪です。自分が聖女だって自覚を持ってくださいこの変態」

「むぅ……」


 今日はいつもよりも機嫌が悪い。そんなリリスを前に、マリアは小さな溜め息をつく。


「まぁ……ね。幼少期に聖痕を受けて聖女と認定されて以来、ずっと禁欲的な生活を強いられるお嬢様の不満も分かりますよ」

「でしょ! 聖女は清らかじゃないとその真価を発揮できないって理由で、男性との接触を絶たれて、ろくに会話すら出来ないんだよ? 同性に興味を持つのは自然の流れじゃない!」

「自然な流れかどうかは知りませんが、ユリ自体は否定しません。ただ、患者の娘に手を出すのはダメです、ぜぇったいにダメです!」

「むぅ……」


 再び唇を尖らせるリリスは、さり気なく、全力でさりげなさを装って――


「だ、だったら、代わりにマリアが胸を触らせてくれたら我慢してあげるわ」


 その言葉を口にした。

 マリアこそ、聖女リリスの本命である。


 そう。リリスがユリに目覚めたのは事実。そして患者の女の子に興味を抱いているのも事実。だが、彼女がユリに目覚めた切っ掛けは――マリア。

 唯一、聖女であるリリスに対して親しげに振る舞うメイドである。


 だが、リリスにとってマリアは唯一無二の存在。彼女に嫌われてしまえば、リリスは本当に一人になってしまう。ゆえに、彼女を愛している――などとは絶対に言えない。


 ユリに関しては、その気持ちがなにかも分からぬうちにバレてしまったので今更だが、マリアに性欲を抱いているという事実だけはどうしても言えない。

 ゆえに代替行為が、患者の女の子に手を出すこと、である。


 憧れの女性に近付くことすらもままならぬ男が夜の街へ出向く。

 それと似たような心理である、たぶん。


 という訳で、リリスはやはりマリアに手を出したい。

 けれど、マリアに気持ちを打ち明けてフラれる事態だけは避けたい。

 そんな葛藤の末にたどり着いたリリスの結論はがこれ。


 私が性欲を抱くのは患者の女の子だけだけど、それがダメならマリアでも我慢してあげるわよと軽い感じで迫ってみて、引かれたら冗談で済ます作戦、である。

 満を持して決行されたその作戦は――


「え、嫌ですけど?」


 マリアの素の一言で失敗した。


「あ、あはは、冗談、もちろん冗談よ。いやね、マリアにそんなこと言うはずないじゃない」

「……そうですか、安心しました。それじゃ、私はお着替えを取ってきますね」


 無表情で退出していく。

 そんなマリアをやはり笑顔で見送ったリリスは、一呼吸おいてぷるぷると震え始めた。


(あ、ああああぁっ、危なかった! でも大丈夫、ちゃんと冗談として流せたはずよ。でもでも、即答で『え、嫌ですけど?』ってなによ、ちょっとは迷いなさいよ!)


 リリスの浸かる湯船に無数の波紋が生み出される。

 それはマリアに嫌われるという恐怖――だけではない。ずっと一緒に過ごしてきた唯一無二の存在。主従というだけではなく、幼馴染みのように育ってきた相手。

 そんな相手に、あっさり拒絶された怒りが多分に込められている。


(誕生日だってお祝いしてあげてるし、ティータイムだって一緒させてあげてるでしょ!)


 それはむしろ、リリスが好きでやっていることである。というか、自分一人では味気ないと、なにかと絡んでいるのが正しい。

 ここに、その事実を突っ込む者はいないのだが……


(最近は夜だって一緒に寝てくれないし! もうもうもうっ! いつか絶対『抱いてください、お嬢様』って泣かせてやるんだから!)


 ユリで、ちょっぴり変態の聖女の野望は続く。




 ――一方、リリスの着替えを取りに行くと言って部屋を退出したマリアは、部屋の外に出るなりうずくまっていた。顔を両手で覆って身悶えている。


(あぁぁあぁぁっ、バカバカ私のバカ! せっかくのチャンスなのに、どうして断っちゃってるんですかっ! そこはお返しに触らせてくれたら良いですよって言いなさいよ私!)


 こちらはこちらで、色々とこじらせていた。


(でもでも、仕方ないじゃないですか。私は本気なんです。なのに行きずりの女の子の代わりってなんですかっ。そこは私の胸を触りたいって言いなさいよ!)


 かなぁり、こじらせていた。

 マリア十七歳。幼少期より聖女と認定されたリリスに仕え、主と同様に禁欲的な生活を強いられている、性に多感なお年頃のメイドである。

 そんな彼女が身近な――しかも一つ年下の美少女に恋するのは必然だった。たぶん。


(私だったら、いつでもウェルカムなのに、いつもいつもいっつも患者にばっかり手を出そうとして、しかも『マリアにそんなこと言うはずない』ってなんですか! 喧嘩売ってるんですか? 誘い受けですか? 襲いますよ!?)


 マリアは脳内でリリスのことをあれこれ弄んでいく。だけど、不意に我に返って「そんなこと、出来るはずないじゃないですか……」と俯いた。


 もしもリリスに手を出して拒絶されたら、即刻彼女お付きのメイドという地位を失うだろう。リリスと離ればなれになるくらいなら、この気持ちに蓋をした方がマシだ。


(なんて、蓋できたら苦労しません! もうもうもう、私の気持ちを弄んで、いいかげんにしてください! いつか絶対『マリア、抱いて』って言わせてやるんですからね!)


 不毛な恋の駆け引きは始まったばかりである。

 

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