路地裏の英雄
TAMODAN
第1話 路地裏のアレク
「誰だ、あんた。俺になんの用だ?」
ニーナが男に、最初にかけられた言葉とは、すごく素っ気ないものであった。
ニーナが
それでも母の相棒であったシィルスティング、霧魔獣ネブリナは、どこか母の面影を感じさせる女性の姿であり、母を失った悲しみからも、ニーナの心を癒してくれた。
誰もが憧れる職業である、
幼くして母を亡くし、一端のロードとして必要不可欠である、ロードリングを継承することのできたニーナは、ある意味で、幸運だったと言えるだろう。
「ごめんなさい。起こすつもりはなかったんです。でも……貴方、ロードですよね? なんだってこんな路地裏で、浮浪者のような格好をして暮らしているんです?」
ニーナが向ける視線の先、男の左腕には、ニーナがつけているものと同じ、白銀のリングが装着されていた。それは薄く、そして力強く発光していて、中身が空っぽのリングではないことを示していた。
間違いなく、ニーナと同じ英雄戦士なのだ。
「……それを聞いてどうしたいんだ?」ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
ボーボーに伸びた髭に、薄汚れた茶色いフード付きのマント。その下に着込んだ服も、もう長いこと洗濯もしていないようで、ひどく臭った。一見すると老人のようにも見える男の風貌だったが、声だけは、力強く若さを感じさせた。
あるいは大きな失敗をして落ちぶれたロードが、再起の夢を捨てきれず、シィルスティングを売り払うこともできずにいるのだろうか。
男の態度も、明らかに不機嫌だ。これ以上、気分を害させる必要もない。
「いいえ、ちょっと気になっただけなんです。別に追求したいわけじゃありません」
「そうか。ならこれ以上、話すこともないだろう。……俺には近づかない方がいい」
路地裏に置かれた木箱の上で、ゴロリと寝返りを打った男が、背中を向けて薄汚れた毛布をバサリと頭から被った。それ以上何も発することなく、まるで死んでいるかのように動かなくなってしまう。
──おかしな人。いくら落ちぶれても、シィルスティングさえ持っているのなら、普通の人以上に稼ぐこともできるでしょうに──
それがニーナの価値観だった。実際のところはいくら英雄戦士といえど、底辺には生活するのもやっとの者も、数多くいるのだが。
数週間前までは、メルキリア公国の片田舎で暮らしていたニーナが、ここベルメティアの街に居を移したことは、商業都市アクロティアにあるロード養成学校に、通っていた頃に知り合った友達から、一通の手紙が届いたことがきっかけだった。
手紙の内容とは、友達が所属しているギルドに欠員が出たために、その枠にニーナを推薦したいというものだった。
それなりに仲の良い友達ではあったが、それでも親友と呼ぶには程遠い間柄である。おそらくはギルド内で発生しているであろう派閥で、自分よりも下の立場のロードが欲しかったのであろう。そのために、メルキリアの片田舎で小規模ギルドに所属していたニーナに、取り巻きの一人になってもらおうと目星をつけたのだと思う。
ニーナもそれは分かっていて、そのままスルーしようと思っていた案件だった。
だがニーナの所属するギルドのギルマスらの見解は、ニーナとはまた違ったものだった。
「せっかくのお誘いなのに、勿体ないわよ。人生で一度くらいは、都会のギルドの風情を味わっておくのも、大きな経験になると思うわよ?」
福ギルマスのカーラ・ブリームは、ニーナの故郷であるネヴォアの町に設置された、ロード協会の集会所で、コーヒーのカップを両手で包み込むように持ちながら、テーブルの向こうでニコリと微笑みかけた。
齢三十も越えた中年の女性で、ギルドマスターのアデン・ブリームとは夫婦関係にある。
ネヴォアガードと名付けられたギルドは、この町に存在する唯一のロードギルドであり、アデンとカーラの二人が中心となって活動されていた。二人とも、かつてはニーナの両親と交友が深く、母が亡くなってすぐにロードを引退した父とも、今でもたまに酒を酌み交わす姿を目撃することも多かった。
仲睦まじいアデンとカーラは、ニーナの憧れであった。自分もいつかは、愛しい人と二人、こうして仲良くギルドを経営したいものだと、思わずにはいられなかった。
「そういう空き枠ってのは、ぼんやりしていたら、あっという間に埋まってしまうものだ。もしかしたらすでに手遅れなのかも知れないが……仮にソロでも、しばらくはやっていけるだけの貯えはあるんだろう? だったら一度は、都会に出てその空気を味わっておくべきだ」
カーラの背後から姿を見せたアデンが、白髪の混ざり始めた口元の髭をニッコリと歪ませた。スッとカーラの飲んでいたコーヒーカップを手に取ると、自然な流れで口元に運ぶ。
飲みかけのコーヒーを奪われたことにも、カーラは何ら気にしたそぶりも見せずに、ニーナにまっすぐ、温かい視線を向けた。
「頑張っていれば、所属するギルドだって見つかるわ。まずはパートナーとなるロードを見つけることね。それでも、どうしてもダメだったら、いつでも帰ってきなさい」
「ありがとうございます」
そうしてニーナは、友達の誘ったこのベルメティアの街に、引っ越すことを決めたのだ。
いざベルメティアの街に訪れてみれば、アデンの言っていたとおりに、すでに友達の所属しているギルドの定員は、埋まってしまっていた。本当にギリギリのところで、間に合わなかったらしい。
友達は申し訳なさそうに謝っていたが、それはどこか上辺だけの謝罪に、思えないこともなかった。
それでも住む場所も紹介してくれて、いい仕事があれば誘ってくれることも約束してくれた。そうして雇われロードとして、ギルド内での印象を良くしていけば、いずれはチャンスも訪れるというのだ。
都会で生活することは、初めてのことではない。父の勧めで通っていたロード養成学校は、大陸でも随一の商業都市であるアクロティアにあったし、ほとんど自由の許されない寮生活ではあったものの、たまに友達と連れ添って街に遊びに出かけることもあったものだ。
ベルメティアはアクロティアほどに、発展した都市ではなかったが、ニーナの故郷に比べれば、大きく都会だった。
それでも地理的な問題で、大手のロードギルドは展開されていない街であるようだった。この街を拠点に活動するロードも、最高でA級ロードが二人いるだけで、ほとんどが下級のF、G級と、ニーナと同じ中級ロードであるD級とE級のロードが占めていた。
少し路地裏に入ると、浮浪者の姿も目立つようになる。大人だけでなく、子供の姿も多かった。
ニーナの住んでいた町では、身寄りのない子供が出ると、すぐに誰かしらが面倒を見て育てていたものだ。こういう大きな街では、そういうわけにもいかないのだろう。キリがないのだろうと、ニーナは小さくため息を吐いた。
そんな折に出会ったのが、あの浮浪者ロードだった。
彼を見かけたのは、それが初めてではない。
この街にきた当日。友達と待ち合わせた集会所近くの時計台で、賑わう豊かな街の情緒に気圧されながら、のんびりと街中の風景を眺めていた。
忙しなく行き交う人々に、隊商の荷馬車の姿。買い物途中の主婦に、談笑しながら歩くロード達。
デート途中らしい若い男女が、手を繋ぎながら通り過ぎるのを見たときには、ニーナはすごく羨ましそうな視線で、長いこと若いカップルの後ろ姿を見つめていた。
自分もいつかは、素敵な人と出会うんだ。この街にいれば、そんなチャンスだってすぐに訪れるだろう。心の中に、淡く甘酸っぱい想いが浮かぶ。
若いカップルの姿が、人混みの向こうに消えてしまったのを見て、ニーナは小さくため息を吐きながら……そのときにふと、広場の脇に佇む男の姿が目に止まった。
薄汚れたフード付きのマントを身に纏い、丈夫そうな素材の服もズボンも、裾がボロボロに破けてしまっている。髪も髭も手入れされておらずにボーボーで、どこからどう見ても浮浪者の出で立ちでしかなかった。
それでもニーナが、その男から目を離せなくなってしまったのは、男の腕に、自分と同じロードリングが嵌められているのを、見つけてしまったからだ。
ロードであるならばたとえ下級であっても、まず最初に身形を意識するものだ。浮浪者ロードなど、この世に存在するはずがない。所有するシィルスティングの一枚も……いや、腕に嵌めたロードリング一つでも売却してしまえば、一生を食うに困らない生活ができるはずなのだから。
道の端に佇む男は、どうやらそばにある焼き鳥の屋台を、見つめているようだった。
焼き鳥が食べたいのだろうか。何気なくそばに近寄ってゆくと、男のマントの中から、グゥーと腹の虫が鳴くのが聞こえた。
立ち止まり、人混みに紛れながら、男の様子を伺う。
どうやら、相当に空腹のようだ。片手で鳴る腹を押さえながら、空いた手でポケットの中をゴソゴソと漁る。
いくつかの小銭を取り出した男は、じっと掌の小銭を見つめたあとに、もう一度屋台の方に視線を向けた。
辺りに漂う、肉の焼ける旨そうな匂い。
やがて屋台の店主が男の姿に気づき、嫌そうな顔で眉間にシワを寄せた。
それを見た男が、ゆっくりと屋台に近づいてゆく。
「アンタ、何をしてるんだ? 盗みをやるつもりじゃないだろうな?」
「いや……すまない。これだけしかないんだが……一本、売ってもらえないか?」
差し出された小銭を受け取り、店主がさらに眉間のシワを深くさせた。やがて店主は、ふうっと息を吐くと、
「仕方がない。売ってやるから、すぐにどっかに行ってくれ。そんなところにいられたんじゃ、客が怖がって近づかないじゃないか」
「ありがとう。すぐに立ち去る」
言った男の声は、見た目よりもずっと、若く聞こえた。
焼き鳥を一本受け取った男が、静かな足取りで屋台を離れて行った。何気なくニーナは、男のあとをついてゆく。
と、男が通りすがった路地裏の影から、どうやら浮浪者らしい孤児の女の子が、ジッと男の持つ焼き鳥を、物欲しそうな視線で見つめていた。
それに気づいた男が、はたと立ち止まる。
自分の持った焼き鳥と、女の子とを、交互に見比べた。
やがて男は、女の子のそばでスッと屈み込むと、
「欲しいのか?」と、手にした焼き鳥を、女の子に差し出した。
コクリと頷いた女の子が、引ったくるように焼き串を掴むと、そのまま逃げるようにして、その場を駆け去っていった。
残された男の腹が、再びグゥーと音を立てる。それでも男は、駆け去ってゆく少女の後ろ姿を見つめて微笑み、ただ黙って立ち止まっていた。
そんな経緯があり、自分の住むことになった貸家の近くの路地裏で、木箱の上で寝込んだ男の姿を見つけたときに、思わず気になって近づいたのだった。
その結果、邪険に追い払われてしまったニーナだったが、それから後も、何故だか不思議と、気がついたら男のことを考えてしまっている自分に気がついた。
恋をしたのとは、また随分と、違う。何を好き好んで、あんな浮浪者を気にしなければならないのだろう。
答は簡単だ。彼が、自分と同じ、
そして今日もまたニーナは、その男と偶然、出会うこととなった。
世界中のロードを取り仕切るロード協会の集会所に、一日に一度は顔を出すことは、ロードとしての日課である。
朝食を終えて一息ついたニーナは、この街にきてからもいつもそうしているように、徒歩で十分ほどの場所にある、ロード集会所へと向かった。
集会所では、階級ごとの仕事の斡旋はもちろんのこと、ギルドの登録や、ロードにとっての身分証明であるロードリングの照合などができたり、ロード達の街ごとのコミュニティの中心となっている、大事な場所だ。
集会所内に入ることができるのは、中級以上の屋内ロードだけであり、屋外ロードである下級ロードは、集会所の外に設置された掲示板に、貼り出されたクエストのビラを見て、報酬の低い割りの合わない仕事を、引き受けるしかなかった。
いや、あるいは集会所のそばで、根気よく待機していれば、上位キルドの人数合わせや雑用係として、雇われることもある。それを期待して今日も集会所の周りには、数え切れないほどの下級ロードの姿が、そこかしこにあった。
「なぁ、あの乞食ロード、また掲示板を見にきてるぜ?」
「マジかよ。何考えてるんだろうな。せめて身形だけでもまともにすれば、俺達だって挨拶くらいはできるのになぁ」
集会所の近くで、そうヒソヒソと話す下級ロードらの姿があった。通りがかったニーナが集会所前の掲示板に目をやると、掲示板の前でぼんやりとした顔で、貼り出された依頼書のビラをチェックする、あの男の姿があった。
──ようやく仕事を探しにきたんだ。よっぽどお腹が空いたのね── 思い、ふふっと笑みが漏れる。
やがて男は、めぼしい仕事が見つからなかったのか、ふうとため息を吐いて、歩き出した。
──あ。諦めちゃうんだ──
一人で受けれるような仕事がなかったのだろうか。そもそも掲示板でも、集会所の中で魔導器と呼ばれる機器を使用した仕事探しでも、割りの良い仕事は、発注されて秒でチェックがつけられてしまうものだ。儲けの多い仕事ほど、常に数人体制でチェックしている上位ギルドによって、あっという間に受注されてしまうものなのだから。
仕方ない。焼き鳥くらいなら、奢ってあげようかしら……と、男の見窄らしい後ろ姿を眺めながら、ニーナがそう思っていたら、
不意に男が足を止め、集会所の入り口の方に視線を向けると、そのまま静かな足取りで、集会所の中へと入っていってしまった。
まさか、と思った。集会所の入り口には、センサーが取り付けられてあり、常にロードリングの照合が行われている。下級ロードが勝手に中に入ってしまうと、警報が鳴る仕組みになっているのだ。
それが、鳴らなかったということは……彼は自分と同じ、中級ロードだということになる。
なぜ、浮浪者のような生活を? とニーナは、不思議でならなかった。自分は田舎ギルドに所属していたために、そこまで威張れるほどの稼ぎはなかったけれど、少なくとも数年は、食うに困らないだけの貯えはできている。この街ほどに都会であれば、田舎とは違って身入りの良いクエストも多いはずだし、なぜ路地裏生活をしなければならないほど彼は、お金に困っているのだろう。
首を傾げながら、男のあとをついて集会所へと入る。
中はいつものように、中級ロードで溢れていて、受付嬢と魔導器の並ぶカウンターにも、数人の順番待ちの列ができていた。
カウンターの反対側には、カフェや酒場があり、室内の半分ほどにわたってテーブルが並べられていたが、そちらの方も、空きがないほどに中級ロード達で埋められていた。ニーナの田舎の集会所では、中々お目にかかれない賑やかな風景だ。
男は、カウンターで魔導器のパネルを操作して、映し出されたクエストの山から割高な仕事を探す中級ロードらに、チラリと物憂げな視線を送った。
それはニーナも、全く同じ思いであった。魔導器の使用時間は、一人十分に限られていて、短い時間で手早く操作しなければならなかったし、一度順番が終われば、また長い時間を待たされなければならないのだ。
それならば、上位ギルドが請け負った仕事に、助っ人として雇われる方が、まだ確実だった。事実ここにいるほとんどのロードが、それを期待して、集会所に詰めていた。
またもや男は、ふうっとため息を吐いた。
そして次の瞬間、再びニーナは、自分の目を疑うこととなった。
男はゆっくりと歩き出すと、そのまま、中級ルームを通り越し、上級ロードしか入ることの許されない、上級ルームの入口を潜っていったのだ。
上級ルームがどのような造りになっているのかは、ニーナは知らない。今まで一度も、その部屋に入ったことはないからだ。だが噂では、中級ルーム以上に空いているし、魔導器の数も多く、個別のテーブルに一つずつ設置されているという。
仕事も、探し放題というわけだ。
それより何より、男が上級ルームの入口を潜った際に、警報の一つも鳴らなかったことに、ニーナは衝撃を受けていた。
上級ロード様が、浮浪者のような見窄らしい格好をしていて、下級ロードにも乞食ロードと呼ばれ蔑まれている……ということになるからだ。
あってはならないことだった。少なくともニーナの価値観では、絶対に有り得ないことだった。
「おはよう、ニーナ! 今日も順番待ち?」
不意に、横手からそう話しかけられる。
振り向くと、養成学校で一緒だった友達のジュリーが、ニコニコと貼り付けた笑顔で、ヒラヒラと手を振っていた。
「ごめんねギルドに入れてあげられなくて。ほんとあと二日…いや三日早ければ、枠も空いてたんだけど」と、今さらのように手を合わせて、申し訳なさそうに片目を瞑ってみせる。
ニーナにしてみれば、そういうこともあると、予め覚悟していたことだ。
「構わないわ。当分はソロでやってくつもりだから、何かいい仕事があったら誘ってね?」愛想良くしてみせる。
と、さっき上級ルームに入ったばかりのあの男が、早くも部屋を出てくるのが目に入った。
中級ロード達の視線が、一斉に男に向けられる。だが部屋から出てきたのが、見窄らしい格好をしたあの男だと気づいた途端に、誰もが視線を戻し、それぞれの会話や仕事を続行させた。
通りすがりに、少しだけ男と視線が合う。やはりその目つきは、見た目よりもずっと、若々しい色を灯しているように思えた。
集会所を出てゆく後ろ姿を、ぼんやりと眺める。……結局誰も、上級ルームから出てきた男に、声をかけることもなかった。
「変な人よねぇ〜。あの人、この街に来てから、一度だってクエストを受注したことがないのよ? あんなナリだけど、それでも最初は皆んな、上級クエストに誘われないか期待したものだけど……今じゃもう、誰も見向きもしなくなったわ」
「そうなの? どういう人なのかしら、あの人。悪い人ではないみたいだけど……」
孤児に焼き鳥を与えて微笑んでいた姿を浮かべながら、何気なくつぶやく。途端に、ジュリーにケラケラと笑われた。
「本気で言ってるの? いつも無愛想で、話しかけても生返事しか返ってこない、乞食ロードよ? うちのギルマスも、何度か話しかけたことがあったらしいんだけど、素性すらも話してもらえなかったって。
噂では、どこかの街のギルドで大失敗して、この街に流れてきた野良ロードだって話よ。あの人については、悪い噂しか聞かないんだから」
「そうなんだ。……名前は?」
何気なく問いかけてからニーナは、それが一番自分が、知りたかったことなんだと気がついた。
「名前は確か……アレク。
アレク・ファインだったはず。ギルマスの友達が酒を奢ってあげたら、名前だけは話してくれたんだって。それ以上の情報は……
ああ、確か…誰か人を探しているっていう話も、聞いたことがあるわね」
「人探し? 生き別れた兄弟とか?」
ジュリーはなぜニーナがこれほど、何の役にも立たないアレクという乞食ロードを気にするのか、不思議に思ったみたいだったが、ニーナをこの街に呼び寄せた手前があってか、聞かれたことには全て素直に答えてくれた。
「確か、女の人だったと思うわ。名前は……ファルナ、だったかしら。詳しい話は知らないけれど、その名前に聞き覚えはないかって、聞かれた女の人が、何人かいるみたい。
気持ち悪い話よね。全部、女の人しか聞かれていないってところも」言って、気味が悪そうに眉間にしわを寄せた。
「ふーん。……別れた恋人なのかな?」なんとなく、蚊帳の外に置かれたような複雑な気持ちを感じながら、ニーナがつぶやく。
「逃げられたんじゃない? ありそうな話よね、あんなんだもん。
ニーナも気をつけなよ? 気を許したら、襲われちゃうかもよ?」
言われてアハハと苦笑を浮かべながらもニーナは、あのとき、孤児に焼き鳥を渡して微笑むアレクの姿が、どうしても忘れられずにいた。
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