第10話 終幕


 ある者は意気沮喪に膝を付き、ある者は虚空を眺め、ある者は双瞼を閉じた。


 玉座の間で貴族が起こした「冤罪」は淡々と事務的に処理されて行った。

 当該貴族の爵位降格、次世代への爵位譲渡と行動の全てが国に管理される隠居に処された。

 魔物の襲撃後、クリストファー達が奔走していたように救護や炊き出しを行っていた少数の貴族は陞爵となった。


 そして国王は組織の再編を行った後、クリストファーに王位を譲り自身は退任。

 以後クリストファーの後見人として臣下に下ると宣言した。


「余の判官贔屓により進言の機会を無くし、一方的な意見の暴挙がまかり通っていた。

クリストファーの働きにより「冤罪」の沙汰が明るみとなった以上、咎め無しには出来ぬ。此度の裁定、各自重く受け止めよ。

本来なら「冤罪」に苦しんだ国民の前にて重罪を負うべきだが「聖女」マリアの慈悲に感謝する」


 貴族達の視線を受けてクリストファーとマリアは揃って国王へと頭を下げた。

 「咎人の村」の人々は貴族を恨んでいる。彼らが平民となり、手の届くところに来てしまったら自分達は彼らと同じ汚れた人間に落ちる事をしないと言い切れない。自分達は自由を奪われたのだから彼らにも権力と自由を管理される罰を望んだ。


 顔を上げた二人は今度は自分達の因縁に決着を付けると振り返りライラ達と対峙する。


 ライラ達はマリアを「偽聖女」と断罪し不名誉な「罪」を被らせた。

 そして自身は「聖女」だと名乗り利益を享受したライラは、卒業パーティーで自ら「聖女」を騙る行為は「罪」だと言及したのだから自分の言葉に責任を持たねばならない。


「ライラ、君は貴族籍の除籍。⋯⋯西の修道院に入り、生涯、不浄の山と黒き「聖女」アメジストに祈りを捧げよ」

「何ですって!? わたくしが魔女に祈るですって! クリストファー様、わたくしは「聖女」の認定を受けておりますわ! 偽りなぞしておりません!」

「クリストファー、元婚約者だと言うのに酷い仕打ちでは無いか! ライラ、私の国へ行こう。カイザー王国で私の妻になれば貴女は王子妃として過ごせるのだから」

「ジル様⋯⋯この国の貴族ではなくなったわたくしでも良いのですか? ⋯⋯ジル様どうかわたくしを攫ってくださいませ」


 白々しい茶番をまた始めた二人にクリストファーは先を続けるタイミングを測り苦笑する。

 いつもの事だ。クリストファーがライラと話そうとすると必ず邪魔が入った。最後までライラと話し合えなかったのは残念だが運命といえば運命。婚約者以前に友人にすらなれなかったライラとクリストファーには縁が無かったのだろう。


 二人に呆れ、最後までライラを止められないクリストファーの不器用さに笑いを抑えながらフィールが国王に近付き手にした物を見せ許可を請うと、頷いた国王に一礼してクリストファーに一通の書簡を渡した。

 内容を黙読したクリストファーは憐みを込めた溜息を吐いた。


「ライラ、君の父親と君を「聖女」認定した教会が自供した。シュナイダー公爵はライラを「聖女」にする為に教会へ圧力をかけ賄賂を渡した。教会もシュナイダー公爵家からの賄賂を受け取り、君を「聖女」認定したのだな」

「──っ! まさかお父様が!」

「⋯⋯君が癒しの力を持っているのは事実だが「聖女」になれる資質までは持っていなかったにも関わらず、君は「聖女」にしてくれと、シュナイダー公爵に頼んだ」

「嘘です! わたくしはそんな事──」

「嘘だと言うのなら父親と教会は虚偽を行ったと言う事だ。どちらにしても「罪」が彼らに増えるだけだ」


 ライラのギリっと握られた両手が白くなって行く。

 クリストファーを強く睨みながらライラは歪んだ笑顔で対抗するが、これが最後の悪足掻きだとクリストファーは表情を変えずにライラを見据えた。


「平民風情が「聖女」だなんてありえませんわ。何より、貴族の中でも上位、公爵家の娘である美しいわたくしが「聖女」ではないなんて許されるものではありませんでしょう?」

「それが本心か」

「クリストファー様もゲルガー様達も本当はわたくしを愛しておられるのに素直におなりにならないのが悪いのです」

「私から見れば「冤罪」を行った君は「悪」だ。君の「正義」とは相容れない」


 強がりでも開き直りでもない。貴族の矜持だとか務めだとかを傘に他人を見下すそれがライラの本来の気性。


「わたくしは修道院なんぞには参りません。ジルベルト様とカイザー王国へ参ります。国外追放なら喜んでお受けしますわ」

「君に選択肢と決定権はないよ。そんなうまい話は、ないんだな、これが」


 ハイデンが茶化した口調でライラを制し、「続きがある」と不貞腐れたアーチハルトとジルベルトを親指で指しながらクリストファーを促した。


「ジルベルト、アーチハルト。二人はシャルケ王国を危機に陥れた。街は崩壊し、多くの国民の命が奪われた。その原因を作った二人の罪は何よりも重い」


 ジルベルトとアーチハルトが黒き「聖女」の宝を奪わなかったら。二人が「聖女」の認識を誤らなければ。今となってはタラレバ話だ。

 しかし、仮にも王族である二人はシャルケ王国の歴史と黒き「聖女」にまつわる知識はもって然るべきもの。

 黒き「聖女」の伝説を知らなかったでは済まされない。


「アーチハルト。お前は王族籍を除籍。それでも王族の血筋である事は違いない。

お前を担ぎ上げる者がこの先出ないとも限らない。よって、北の離宮にて幽閉とする。全ての自由を許さず王族を名乗る事も許されない」

「はあ? 僕も国外追放してくれない? ライラと一緒にカイザー王国へ行くよ。アンタが言う通り僕はシャルケ王族の血筋だからねカイザーでジルベルトから公爵位辺りを貰えば良いんだし」


 アーチハルトの開き直りは想定内だ。王族ならば自分がやらかした事に自責の念を持たなければならないのにここまで分かり合えないのなら元々何を言っても通じない相手だったと諦めるしかないだろう。

 ライラもアーチハルトも未だに自分の立場が理解出来ていないのは少しだけ憐れに思う。


「ジルベルト。君はカイザー王国へ強制送還と生涯、カイザー王国を出る事も、万一出国出来たとしてもシャルケ王国への入国を禁ずる」

「貴様に私を裁く権利は無い。私はカイザー王国第二王子。私を裁けば父上が黙っておられないぞ。同盟が解除され我が国はシャルケ王国に攻め入るだろう」

「⋯⋯カイザー国王には君がシャルケ王国へもたらした不利益を報告した」


 フィールと同じように国王へもう一通の書簡を渡したハイデンは眉間を寄せた国王だけに口角を上げて見せた。頷く国王にハイデンは一礼し、一人の男を促した。

 カイザー王国の使者を名乗る男が国王の傍から恭しく礼をする様にジルベルトは勝ち誇る。

 カイザーの使者ならジルベルトの味方だ。クリストファーが何を言おうと自分はシャルケの人間ではない。カイザー王国の第二王子。シャルケで裁ける身分ではないのだと。


「ジルベルト王子、我が王よりお言葉でございます「シャルケ王国での裁きを受けよ」とのことでございます」

「⋯⋯は? ⋯⋯貴様っ! 俺を愚弄しているのか!? 俺はカイザー王国の王族だ!」

「ジルベルト様が同盟国であるシャルケ王国へ行った不始末を我が王は重く受け止めておられます」

「なにが不始末だ! 偶々見つけた宝石が偶々魔女の物で偶々シャルケが襲われただけだろう!」


 ジルベルトの一人称が乱れた。街の惨状を見て尚、頓珍漢な奴だとクリストファーの渋い表情にゲルガーは押し笑いしていた。ライラと言いジルベルトと言い「頭がどうかしている」。


「シャルケでの裁きがどうであれ、ジルベルト様のカイザー王国第二王子の地位は既に廃止と決定しております」

「はっ! 信じられるものか! そうか、お前はクリストファーが用意した偽物だな? シャルケとカイザーの行き来は半月かかるのだからな」


 悪足掻きをこれ以上聞く必要も無いとゲルガーが進み出ると一枚の魔法陣が描かれた紙を広げ、懐中時計を掲げた。

 元は銀色だったのだろうが燻銀に変化した懐中時計には斜めに傷が走っている。

 魔法陣の上にそれを置き、ゲルガーがパンっと手を鳴らすと「聖女」のゲートが発動し、懐中時計は跡形もなく消えた。


 何をしているのか訝し気な視線を受けたゲルガーとカイザー王国の使者が一礼の姿勢で待つと魔法陣から光が溢れ二つの人影が現れた。

 その手には斜めに傷の付いた燻銀の懐中時計が下がっている。


「父、う、え⋯⋯何故、どうやって⋯⋯」


 シャルケ国王と握手を交わしたカイザー国王は冷えた視線をジルベルトに向けると呆れと失望の色を濃くした。


「お前はこの期に及んで自分がしでかした事を理解できぬのか。シャルケ王国の「聖女」は我が国と同じ平民の出。お前の偏見を正す意味で留学をさせたのだ。この国で好き勝手させる為ではない」

「我が国と⋯⋯いや、カイザーに「聖女」はいなかった! 俺はこの国で「聖女」ライラに会いました! そして「真実の愛」を見つけたのです! 「聖女」の居ないカイザー王国の「聖女」に相応しい女性です!」


 ジルベルトが自国に「聖女」が居ないと思っていたのは誤りだ。カイザー王国の「聖女」も平民であり、修道女だった。

 カイザー国王の後ろに修道女が居るのが目に入っていないのかジルベルトはライラをカイザー国王の「聖女」にと本気で思っているのだろう。

 また、ジルベルトがそこまでライラに入れ込んでいるのだから「真実の愛」なのだろう。だが、国にいた時から何も変わらないむしろ悪化した息子にカイザー国王は慈悲を与える事はしなかった。


「真実の愛? お前がやらかした事で幾つの命が奪われたのか知らぬと申すのか! 命を何とも思わぬ関係の何が真実の愛だ。王族としてもお前は同盟ですら破棄されかねない事をしでかした。お前のカイザー王家の王族籍を抹消する。今後、王族を名乗る事も元を名乗る事も一切許さぬ」

「父上!」

「クリストファー王子、ジルベルトはこのままカイザー王国へ連れ帰りましょう。二度と国から出しますまい」

「お待ち下さい! わたくしはどうなるのです! わたくしはジルベルト様の妻になっても王子妃になれないのですか?!」

「無論。真実の愛だと言うのならジルベルトに添い遂げれば良いだろう。だが、王族としては迎え入れぬ。カイザー王国の平民としてだ。また、これでも此奴はカイザー王家の血筋要らぬ不穏分子を作らぬよう子を成す事は許さぬ」


「王子妃になれないのなら意味が無いわっ!」


 漸く置かれた立場が不利なものだと気付き膝を付いたジルベルトとアーチハルトとは逆にライラは憎しみと苛立ちを爆発させ、貴族達の自分勝手な言い分を黙って聞いていただけのマリアに矛先を向け激昂のまま思いの丈を投げつけた。


「マリア! 貴女が居なければっ! 貴女が全部悪いのです! 「聖女」をわたくしから奪い、クリストファー様達を誑かした貴女を折角断罪してやったのに! クリストファーはわたくしを愛さなくてはならないのよ! わたくしはジルベルトに愛されてアーチハルトも皆、わたくしを愛さなくてはならないの! わたくしは愛されて当然なのよ。それなのに! 何でまだ居るの!?まだわたくしの邪魔をするの!?」


 最後の方はもう、絶叫だった。普段貴族は取り乱すなと求める割には自分を棚に上げる変わらなさにマリアはライラを睨み返すでもなく愛らしく小首を傾げニコリと微笑み返した。


「ライラ様の「物語」ではそうなるべきだったのですね」

「当たり前でしょっ! わたくしは公爵令嬢よ!」


 「うーん」と腕を組んで考えたマリアが「あっ! そうだ」とライラの前でドレスの裾を持ち上げ突然カーテシーを披露した。


「覚えていらっしゃいますか? このドレス、ライラ様にワインをかけられたドレスなんですよ。

私のおばあちゃんが一生懸命縫ってくれたドレスです。三年ぶりに着ましたが入って良かったと笑ったところです⋯⋯何故ワインをかけたのですか?」


 新しいドレスを取っ替え引っ替えに出来るライラと違いマリアは大切にその一着を着回していた。

 それを知っていながらライラは「これで新しいドレスが買い替えられますわね」と笑った。


「そのまんまよ。ドレスがダメになれば新しいものが買えるでしょう」

「ならば普通に何故ドレスを買い替えないのかトゲのある言葉や嫌がらせなんてせずに私に聞けば良かったのに」

「それは私が上位貴族の令嬢だからよ!」


 「うーん」と再び考え込んだマリアは「やっぱり私にはライラ様が分からない」とケラケラ笑い出し、愛らしい笑顔のままライラに最終通告を告げた。


「ライラ様は身分の高い貴族だからどんな言い方をしても良いと思われていらっしゃる。その言葉が相手に深い傷を付けると知らなすぎるのです。

私はどんなことを言われてもそれが貴族様だからと我慢できました。

けれど、このドレスをダメにしようとした事は許せません。人が大切にしている物を奪うのは貴族以前に人として最低です」

「だから何! ?私からクリストファーを奪ったじゃない! 私を断罪出来てさぞ嬉しいでしょう!? 平民が王子妃になれるのだから!」

「もう⋯⋯本当に自己の事ばかり。他人の話も他人の事も興味ないんですね。

私は王子妃や王妃になりたいなんて言った事、ありませんよ。

それに私は夫がいます。子供もいます。幸せになってます。ライラ様のおかげです」


 何を言われても何をされてもひたすら真っ直ぐだったマリアが「ライラのおかげ」だと初めて嫌味を返した。漸く、やっと、ライラはマリアに許されないと悟り、ジルベルトとアーチハルト同様、力なく呆然と膝を付く。


 「聖女」を断罪し、ライラが「聖女」だと崇められ、婚約破棄をしてもクリストファーはライラを愛し、カイザー王国の王子ジルベルトに溺愛され、アーチハルトにもゲルガー達にも愛される⋯⋯はずの「物語」。

 ライラの描いていた「物語」が跡形もなく崩れ落ち、そのまま幕を閉じた。



 騒めきと動揺の中、他者を「知ろうとしなかった」者達が項垂れながら一人、また一人と連れ出されて行く。


 他者からの悪意を受ける事に慣れている訳ではないが、悪意を向けるより向けられる方が性に合っていると内心で苦笑しつつクリストファーとマリアは務めて無表情を作り、最後に連行されてゆく三人を扉が閉まるまで見送った。


「⋯⋯分かり合えない事もあるのだな」

「そうでも無いですよ? 分かり合えない事を分かり合えました」


 純真、純粋、明るく前向きなマリア。

 その横顔を見てクリストファーはマリアの本心を読めた事が無いと思う。

 「マリア」と話しかけようとしてその名前は声にならなかった。


 寂しげに浮かべた笑顔のその口元が「ザマアミロ」と動いたのだった。

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