第7話 攻


 フィールとハイデンが木箱を開け、取り出したのはクリストファーがこの三年で調べた貴族裁判の記録と調書の束だった。



 貴族の屋敷で起きた「盗難」事件。


 とある屋敷で当時使用人の職に就いていた女性は奥方の宝石を盗んだとされた。

 違う屋敷では当時使用人の職に就いていた男性が屋敷の運営費を横領したとされた。

 また違う屋敷で当時使用人の職に就いていた男性は家財を勝手に売ったとされた。


 宝石はその家の息子が女遊びの末に足りなくなった資金調達に宝石を売っていた。

 運営費は元々苦しい家計の家が見栄を張る為に横領されたと罪を擦りつけた。

 家財を売ったとされる罪もその家が借金の差し押さえで取られたものを勝手に売られたと見栄を張っていた。


「当時屋敷で働いていた彼らは何の落ち度もなく善良に勤めていた。ただ、「気に入らない」「都合が良い」との理由で罪を作られた」



 恋慕の末の「暴漢」事件。


 ある令嬢が暴漢事件にあった。

 ある令息は女性にストーカーされたと訴えた。

 ある令嬢は騎士に襲われた。


 令嬢は街で目ぼしい男達の前で悲鳴を上げ、ロマンス小説の様に襲われた所を駆けつけた婚約者に助けてもらってみたかったと事件をでっち上げた。

 令息はとある平民女性に告白したが振られた。平民に振られた事が許せず女性をストーカーに仕立てあげた。


 騎士はアレンだ。

 靡かないアレンに焦れた令嬢はアレンを外出の護衛に就かせ、馬車の中で乱暴されたと嘘を吐いた。傷ものにされたとなれば両親がアレンに結婚を強制すると思っていたが激怒した両親はアレンを訴えてしまった。


「貴族の身勝手な言動で罪を作られた」


 どれもこれもしっかりと調査していれば「冤罪」だとすぐに分かるものばかり。

 クリストファーは幾つもの「冤罪」の概要と調査結果を訴える。


 ドレスが気に入らなかった。料理に嫌いな物が入っていた。イライラしていた。

 くだらない理由が動機の「冤罪」により「咎人の村」に送られた人々は人生を奪われた。


「王子! 今更そんな事を掘り返して何の意味がありますか!」

「そうですとも! 平民が裁かれただけの話です!」

「陛下! こんな茶番は即刻やめさせるべきです。王子は錯乱されておられる」


 身に覚えのある者は青ざめたり逆ギレしたり。

 騒ぐ貴族達を一瞥してクリストファーは姿勢を正し、真っ直ぐに街の人々⋯⋯国民を見据えた。


「これらは、我々王族がその地位にありながらも国民と向かい合わなかった怠慢が貴族を増長させ、起きた「冤罪」である」


 強く高らかに響くクリストファーの声に誰も言葉を発せなかった。

 口を開いてしまえば王族を、貴族を罵倒しかねないとじっと耐えていた。


「やはり貴様は馬鹿だっ!」


 叫びが響き視線がアーチハルトに集中する。

 第二王子のアーチハルトは兄、クリストファーが自滅したと笑みを浮かべていた。


「たった今、貴様はこの国を成り立たせている王族と貴族を愚弄した! 貴族と平民、どちらが国に必要か理解出来ないボンクラに王族を名乗る資格は無い!」

「アーチハルト、お前は本当に王族と貴族だけで国が成り立つと考えているのか?」

「貴族は物事の方向を示す義務がある。平民が王族と貴族の為に働くのは当然だ。むしろ光栄に思うべきだ」

「⋯⋯お前の考えは私とは相容れないな」


「アーチハルト、お前の考えは良く分かった。

クリストファー、お前が我々王族と貴族の罪をこの場で明らかにした今、王族としての地位を失うと、分かっているのか?」


 分かり合えない兄弟に国王が低く問いかけた。

 怒りでも悲しみでもない国王の視線にクリストファーは強く頷き、アーチハルトはほくそ笑んだ。


──貴族達が都合の良い判決を下した? それがどうしたって言うんだ。


 国王は精査しなかったとクリストファーは国王の怠慢を告発し、追従する貴族をも告発している。

 王子である自分の立場を省みない馬鹿な行いだ。


──馬鹿の自滅で廃嫡は確実だよ。情けで王族籍に居られただけなんだから。


「マリアが断罪された三年前から私は「冤罪」を調べ続け、真実を知り、公開すると決めた時から覚悟はできております」

「まだ目をお覚ましになられていないのですか! マリアさんはクリストファー様方を誑かし「聖女」を騙ったのですよ!」


 マリアの「聖女」の力を目の当たりにして尚「偽物」だと言うライラに「目を覚ますのはお前だ」と周りの視線はより一層冷え込み蔑んだものになって行く。


「私は誑かされてなどいない。君が歪曲して見ていただけだ。

マリアは「聖女」の力を見出され学園へ入れられた。君がそれを知らないはずがないだろう?

確かに貴族には貴族のルールはあるが、馴染もうと愛想良くする事はそれ程悪い事なのか?

学園でマリアの行動は逸脱していたか?

⋯⋯それに君は私と婚約関係にあった頃からジルベルトとアーチハルトと懇意にしていた」

「そ、それは! クリストファー様がマリアさんばかりを庇い、わたくしを蔑ろになさったからですわっ! わたくしは寂しかったのです!」

「それが歪曲していると言うんだ」


 クリストファーはマリアを庇いはしたが、公爵令嬢のライラに「貴族」が物を言えないのを良い事に「善意」と思い込んでマリアとマリアの友人の子爵位、男爵位の貴族を貶める発言をした時にだけだった。


 おまけに何度もライラと話し合おうとしても必ずジルベルトとアーチハルトがライラに付き、話にならなかった。

 寂しいと言うのならクリストファーの方が婚約者が他の男に守られると言う寂しい思いをした。


 無邪気故の無意識の悪意は質が悪い。

 無自覚故の無意識の悪意も質が悪い。


「ここにいるマリアは「聖女」と偽り上位貴族と位置付けられた私と友人達を誑かしたと断罪され咎人の村へ送られたが、それらは全て「冤罪」である。

マリアは「聖女」だ。私が見た咎人の村は「世界樹」が見守り、空気が澄み渡り、小川は清らかな流れを湛え、畑は芽吹いていた⋯⋯そして」


 クリストファーがシロを撫でるとその白い尾を振り、開けた場所にトコトコと移動する。

 シロが「ウォオオオン」と咆哮を上げると、みるみるその身体が膨らみ、白く輝く長毛を揺らした大きな狼の姿を現した。


「シロはマリアの「聖獣」だ」


 真っ黒な瞳で人々を見下ろす真っ白な狼は神々しく、畏怖を感じさせ誰もがその姿に見惚れた。


「⋯⋯マリアさんは本物の「聖女」⋯⋯わたくしは⋯⋯」


 公爵令嬢の自分は愛されて当然、「聖女」の自分は崇められて当然なのに。

 ライラは膝を付き呆然と零した。


「はっ。それがどうした。今更であろう。たとえマリアが「聖女」だとしてもライラも「聖女」だ。「聖女」を貶めたクリストファーこそ罪人だ」

「そ、そうだ! ついさっき父上が王族の地位を失うと言ったからな! お前はもう王子ではない!」


 こっちの二人の「頭は大丈夫か?」と冷え込みと蔑みの視線から憐憫の視線がジルベルトとアーチハルトに向けられた。


「ゲルガー、フィール、ハイデン。国を変えると語り合えた日々はかけがえのないものだ。

ありがとう」


 小さく笑うクリストファーが友人に頭を下げた。


 前もって「王族籍を外されるだろう」と予想したクリストファーから話されていたが、このままではいくら「冤罪」を晴らせても悔しさが残る。


 勝ち誇ったジルベルトとアーチハルトとは対照的に三人は顔を伏せた。


 表情を曇らせたのは国民だ。

 貴族が平民を見下しているのは知っているが貴族だけが国を成している勘違いへの怒りと、自分達の生命を軽く扱った「冤罪」への怒りと、「冤罪」を晴らし、魔物の襲撃を受けた街を救おうと自分達と向き合ったクリストファーが排除されようとしている事への怒りが湧き上がる。


「騎士ども早くその罪人を捕らえよ!」


 騎士団は動かない。

 ギュと拳を握り国王を見据える姿にアーチハルトは苛立ち、国王に詰め寄った。


「父上! ここにいる不埒な輩を一掃いたしましょう!」


 沈黙していた国王に視線が移動する。


 ここで国王が自分達を罰するのであれば「受けて立つ」と屈強な男達が肩を張らせ騎士団と共に並び立った。


「勘違いするなアーチハルト。地位を失うのはクリストファーではない⋯⋯余とお前達だ」

「はっ? 何を⋯⋯」


「お前の言う通り王族と貴族は指針を決める義務がある。同時に責任が伴うのだ。責任を負わずして義務を恣意的に解釈し、権利だけを主張して来た我々に国民はついて来てはくれぬ」

「父上! 我々が居なくなればシャルケ王国が成り立ちません!」


 憐みを込めた視線をアーチハルトに向けた国王は「嫉妬は成長を止めるものだな」と零した。

 アーチハルトはクリストファーに劣等感を持ち、事あることに対抗していたが互いに思い合った兄弟だった。

 アーチハルトは学園に入るとクリストファーの婚約者だったライラに傾倒し、歪んでしまった。


「お前は国には王族と貴族が居れば成り立つと考えているが、国は民あってこそ成り立つ。

王の資質、王族の覚悟、王族の責任。それが分からぬお前はシャルケを背負える器ではない」

「そん、な⋯⋯」


 ライラの次に膝を付いたのはアーチハルト。

 呆然と座り込んでしまった。


──この国の王族は情けない。ライラを連れてさっさと国へ帰るか。


 シャルケ王国の茶番に付き合いきれないとジルベルトは溜息を吐く。

 ジルベルトの国、カイザー王国に「聖女」が出現したと言う話は聞いていない。ライラはこの国の「聖女」でなくても「聖女」の力を持っている。

 容姿も好みだ。

 ならば「聖女」としてカイザー王国へ連れて行けば「聖女」の加護が付いたとカイザー王国第二王子ジルベルトに箔が付くと言うものだ。


「ライラ、貴女はこんな所に居てはいけない。私とカイザー王国へまいりましょう」

「ジルベルト様⋯⋯わたくしうれしい──」


「ちょおっと待ったあ!」


 どさくさに紛れながらジルベルトが逃げようとするのを察してハイデンが声を声を上げた。


「ジルベルト、終わりにさせないよ?

お前もこの国で「やらかし」てるんだ。無関係じゃ無いんだよ」

「君達が「ままごと」していた一週間、僕達だって忙しかったんだ」

「クリストファーだけに背負わせられないからな」


 先ほどまで俯いていた三人が顔を上げる。ハイデンは演技がかった素振りで二人の前に立ちはだかり、その隣に不敵な笑みを浮かべたフィールとゲルガーが並ぶ。


 三人は揃って一歩踏み出し、笑みの中の剣を抜いた。

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