第6話 ブーメラン


「罪人マリアよ。我々はたった三人。それを平民が寄ってたかって囲むとは卑怯では無いか。

それにだ、我々は貴族、お前らは平民。平民風情が貴族に物を言うとは身の程を弁えろ」


 ジルベルトがライラを庇いながら威圧する。


「弱い者虐めは良くないですよねー。あれ?私は学園の卒業パーティーで貴族様に囲まれましたよ?

それに、シャルケ王国の人口の八割は平民ですし、ジルベルト様のお国も似たようなものでは?税金を納付しているのはその平民ですし?身の程を知らせるのは身分だけですねー」


 まずはジャブ。


「ジルベルト、罪人にはもっと直接に言わなきゃダメだよ。

貴族は国を守る為に平民の上に立っている。貴族が国を成り立たせているのだ。それすら平民は分からないのか。ああ、お前は平民ではなく、罪人だったな」


「シャルケ王国は貴族様がいれば安心安全絶対無敵ですね!あはは、凄ーい、流石です。平民が納税しなくても貴族がいれば国が成り立ちますねーそうかそうかー」


 小馬鹿にしたようなマリアにアーチハルトが苛立ち、腰の剣に手を添えるがゲルガーも腰の剣に手を添えて牽制を掛けた。


「いい加減にしなさいマリアさん。

ジル様もアーチも冷静に。貴族は人前で感情を露わにするものではありません」


「ライラ様さっき叫んでいましたよー。スッゴイ響いてました」


 日頃、貴族の矜持、貴族の姿勢、貴族のルールを声高に唱える「THE・貴族」のライラが息を飲む。


 マリアが何を考えているのか。


 ライラ達三人を除いたこの場にいる全員が理解していた。

 とっくに怒っているが、マリアは三人を怒らせようとしている。


 ジルベルトが咎めれば飄々とかわすマリア。

 アーチハルトが怒れば笑うマリア。

 ライラが指摘すれば指摘し返すマリア。


 三人とマリアの言い合いが延々と続く中、街の人々に薬湯茶が配られ、演劇の舞台を観ている様相を呈して来た。


「姉ちゃん兄ちゃん、頑張れ押されてるぞ」

「はっはっはっ! 浮気はいけねえよな」

「貴族様は大変だなあ」


 時折り笑いが起こり、野次が飛ぶ。


「昔からそうです。マリアさんはご自分のおやりになっている事が見えていないのです」

「そっくりお返ししますー」


「仮に、街が魔物に襲われたとして、炊き出しはただの偽善です。わたくしは傷付いた方々と一人一人向き合って来たのです。貴女はまた「聖女」を騙っているだけに過ぎません!」


 ライラ達に対する敵意が和らいだ雰囲気になりつつあった中、ライラから発せられた言葉に再び街の人々の視線が冷えた。

 アレンが「引き出した」と呟く隣でクリストファーは頷いた。


「クリストファー様達を誑かし、真実を見ようとせず、自分のしている偽善を押し付け、街の人々を惑わせています。

何より人々の希望である「聖女」を騙るとは嘆かわしい」


「アンタ、何を言ってるか分かっているか? それ──全部アンタの事。だろ」


 笑いながら観ていた区長が真面目な顔で横槍を入れると「何を言われているのか」本当に分からないと言う表情でライラの動きが止まった。


 マリアと三人のやり取りの中でクリストファーに冷たくされた(と、思い込んでいる)ライラはジルベルトとアーチハルトに癒されたとライラ自身が語っていた。

 確か当時はクリストファーとライラは婚約関係にあったのだ。

 それなのにマリアが「婚約者がいる者に近付いた」とされていたがライラも婚約者のいる立場でジルベルトとアーチハルトに粉を掛けていたと取れなくもない。


「真実って言うけどよ、この街の状況を見ても未だに「仮」に魔物に襲われたってのは真実が見えてねえなあ」

「アンタは一人一人と向き合ったって言うが俺は向き合ってもらってねえぞ? それに、炊き出しが偽善だって言うけどよ、避難所作ってもらえて少なくとも俺は助けられた」

「マリアが「聖女」じゃないと言うけど儂らからしたらアンタが偽物だ」

 

「そんな、マリアさんに「皆」騙され⋯⋯」

「ライラ。君の言う「皆」とは誰だ?」


 クリストファーは問いかける。


「その「皆」の中に国民は入っていたか?」


 ライラは絶句した。


 「皆」はジルベルト、アーチハルト、王族、貴族⋯⋯ライラを取り巻く人達。「聖女」としてライラが接して来たのは誰だったのか。


「マジで無自覚なのか⋯⋯」

「成長は人それぞれだ」


 散々、国、国民、税金と行っている割に言っている事とやっている事が解離していると自覚していないライラに呆れたゲルガーが呟き、クリストファーは無表情で答えた。


 厄介なのはこれからだ。ライラが言葉を紡げなくなると必ず「ライラ」を肯定する奴らが現れる。

 ライラを持ち上げ崇める輩は何度も現れる。


「ライラっ! 惑わされるな。貴女は私の「聖女」だ。「皆」ライラは「聖女」だと分かっている! 世界樹も聖獣も貴女には付いているだろう?」

「そうだよライラっ。「聖女」は平民なんかに生まれない! ライラは「皆」の「聖女」だよ!」


 ほら来た。と、クリストファーが溜息を吐くのと同時に「ニャアン」と鳴き声が転がった。


「⋯⋯スノー。あなた街まで来ているの?」

「ライラの聖獣だ。この真っ白な毛並み、高貴な美しさは聖獣そのものだ」

「お前ら分かったか! ライラは「聖女」だ。散々侮辱したお前らは裁判をせずとも有罪! 全員有罪だ!」


「可愛い猫ちゃんですねー。あなたスノーちゃんて言うの?」

「ただの猫じゃない。聖獣だと言っている」

「普通の猫ちゃんですよ」


 ゴロゴロとマリアの足元で甘えるスノーにライラは青ざめた。

 普通の猫。そんなはずは無い。でも、もし普通の猫ならばライラは「聖女」では無いのか。


「そんなっ、わたくしは「聖女」ではない、のですか⋯⋯」

「ライラ! 貴女は「聖女」だ」

「うん。ライラ様も「聖女」ですよ」


 ライラ達が「自分達の世界へ入り込もうとする」雰囲気を壊しまくるマリアにジルベルトとアーチハルトは舌打ちする。


「正確には「聖女」の力はあるのですが「聖女」になれないんですよ」

「どう言う事ですの⋯⋯」


「ライラ様「聖女」の力を使った後「お礼」貰ってませんか? 貰うにしても使った「聖女」の力以下の価値なら良いんですけど。

もしくは使う相手を選り好みしてませんか?

「聖女」の力で清めた水を独占していませんか?

世界樹を閉じ込めていませんか?

「聖女」は自分の為に「聖女」の力を使った時点で「聖女」では無くなるんです」


 クリストファーが王都に着いた時マリアから聞かされた事だった。


 マリアの言う通りライラが「皆」に使う「聖女」の力は表面を癒す程度にも関わらず「皆」はライラに宝石やドレスの貢物をしていた。ライラはそれを「お礼」だと受け取っている。

 そして平等に「聖女」の力を使っているつもりの「皆」は限られた貴族のみ。

 ライラの「聖女」の泉は王族、上級貴族しか出入りできない王宮にある。

 ライラ達が世界樹と信じている木は「植えられた」ただの木だ。世界樹は「聖女」と「聖獣」が自ら植えて初めてその姿を現す。


 再び「聖女」のゲシュタルト崩壊がするとクリストファーが苦笑を零すのが気に入らなかったのかアーチハルトが「うるさい!」と叫び剣を抜いた。


 アーチハルトの手元を見た街の人から悲鳴が上がり、すぐさまシロがクリストファーの前へ躍り出る。


 シロは真っ白な毛を逆立て牙を剥き、「グルルル⋯⋯」と腹に響く低音が発せられた。


⋯⋯クリストファーまもる⋯⋯

「大丈夫だ、シロ。アーチハルト剣をしまえ」

「なんだよコイツ! クズの癖に僕に指図するな! お前もっ! お前らも! 平民風情が!」


「アーチハルト。お前は第二王子だ。そして私は王位継承権第一位クリストファー・シャルケ。

身分を語るのなら口を慎め」


「そうだ。アーチハルト。控えよ」


 人々の視線が声の方向へ集中した。

 この場にいる事が信じられない。そう言った視線の先には怪我で寝たきりだったとは言え、少しでも弱々しさを感じさせまいと威厳を張った国王がライオス騎士団長と共に現れた。


 区長達が控え、それに倣って街の人々が国王へ敬意を表する。


「ライオスから全て聞いた。クリストファーよくぞ「聖女」マリアを連れてきてくれた。

マリア、そちが受けた仕打ちにも関わらず救いを与えてくれた事、感謝する」


 ゴボッと咳き込んだ国王が苦しそうに顔を顰めるとマリアが「あっ! 分かった」と進み出た。


「国王陛下、不敬をお許しください。お怪我の箇所に触れさせていただきたいのです」


 「許そう」と国王はライオスが用意した椅子に座る。

 右肩から左脇に受けた傷はライラの「聖女」の力で表面は傷がない様に見えるが内側の傷は癒えていない。

 「失礼します」とマリアが国王の胸に触れる。

 マリアの両手から金色の光が溢れ、国王の身体を白金色の光が包み込んだ。


 光が引いてマリアは国王に「深呼吸してみてください」と深い深呼吸をさせる。


「⋯⋯痛みも息苦しさも無くなった」

「良かったです。あと、薬湯茶飲んでください」


 薬湯茶にギョッとしたライオスが苦笑いするのを不思議には思ったが素直に口にした国王はライオスの苦笑の意味を知り一気に飲み干して豪快に笑った。


「まずいっ! もう一杯貰えるか?」


 つられて街の人々からも「あれはやっぱりまずいよな」と笑い声が上がり、マリアの「聖女」の力は本物だと決定付けた。


「街の者達には余の不甲斐なさで不安と苦境に耐えさせた。謝って済むことでは無いが余の誠意を国民に表そう」

「父上! 国王とあろう者が下々に頭を下げるなどあってはなりません!」

「黙れアーチハルト! 過ちを犯したら自覚せねばならん。

今まで王族、貴族は過ちを認めず己の不甲斐なさを押し通してばかりいた結果が此度の禍根だ」


 貴族達は国王へ「都合の良い」報告だけを行った。その根拠の裏どりをしなかった国王。

 身分に胡座をかいた怠惰の連鎖。


 国王の迫力に誰もが言葉を発せなかった。


「はいはいちょっと、通してくださいね」


 自分達に頭を下げ非を認める国王に驚き戸惑う街の人達を掻き分けてやって来たのは何処に行っていたのかフィールとハイデンだ。

 後ろに続くのは国王が街へと降りた事を聞きつけ、慌ててやってきたと見える貴族達。


 フィールが大きな木箱をドスンと置きパンパンと埃を払うとニカリと笑った。

 シロが木箱を守ように側に座り込む。


「陛下、この様な場所に来てはなりません」

「王宮へお戻りを」


 騒ぐ貴族に国王は「黙れ」と一言だけ発し、睨みを効かせるのをライラ達は不安げに眺めるだけだった。


 国民の前に国王、貴族、王国の「聖女」、三年前に婚約破棄され冷遇されている王子と罪人とされた「聖女」。

 舞台の登場人物がここに揃い踏みとなった。

 クリストファーがやりたい事、やり遂げたい事はこのタイミングで行動に移すしかない。


「父上⋯⋯いいえ、陛下、街の復興の前に我々の罪を国民に懺悔する機会をお与え下さい」

「⋯⋯許可しよう」


 クリストファーの強い意志を感じ、何かを覚悟した国王は頷いた。

 頷きを返しクリストファーは振り返る。


 ゲルガーが頷き、フィールが不敵に笑い、ハイデンが胸を叩く。

 マリアは「次はクリストファーだ」と言うかのように薬湯茶を飲みながらアレンと街の地図を広げている。


「さあ、始めよう」


 自信と覚悟を取り戻したクリストファーはとても澄んだ瞳をしていた。

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