第六話 身辺警護 その四

 翌日ホテルで目を覚ました私はアイリーンの無事を確認する。昨夜の不審なドローンについては既に報告済みだ。アイリーンの部屋には認識阻害魔法をかけてあるので、普通の人間にはドアの存在が認識出来ず、ただの壁に見える筈だ。


「アイリーン、おはよう。モーニングコールよ」

「ふぁぁ⋯⋯ミサキ、おはようございます」

「あらあら、お寝坊さんね。身支度が整ったら一階で一緒に食事を取りましょう」

「分かったわ」


 アイリーンが内線を切るとすぐに私は護衛に必要な準備を始めた。アイリーンの父親は昨夜日本大使館へ亡命を図ったはず。当局は娘のアイリーンの居場所を血眼で探し出し、ようやくこのホテルへとたどり着いたのだろう。ホテルにいる限り、護衛チームもいる関係で敵も表立っては行動出来ないと思うが、父親の身柄をわが国に要求するためにも必ず彼女を拘束しようとするだろう。さて⋯⋯どうしたものか。


 今から別の隠れ家に移動するのは警護の都合上難しい。また空挺団の基地に駆け込むのも外交問題に発展する懸念がある。あくまで秘密裏にこの問題を解決する必要があるのだ。


 思案した結果、私は一つの素晴らしいアイデアを思いついた。一般市民を巻き込むのは絶対に避けなければいけないことだが、今回は柴犬一匹だけだからおそらく問題はないだろう。


 も・も・ちゃん、今日こそ一緒に遊んでもらうわよ♪


◆◆◆


 その日の夕方、敢えて私はアイリーンとホテルから外出した。警護チームにも事情は伝えてある。


 そして新田家の住むマンションへと向かう。この時間に新田陸と幼馴染の大和田陽菜が日課のももの散歩に出かけるのはあらかじめ調査済みだ。


 昨夜と同じく上空には不審なドローン。だが大事の前の小事、今は無視しよう。


 マンション前で新田陸と恋人の大和田陽菜が合流し、いよいよ散歩へ出発! というところで偶然を装って近づく。


「高野さん、こんにちは。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」


 新田陸が私に挨拶する。


「本当ね、取材から一年二か月ぶり⋯⋯かしら。今回はちょっと知り合いのお嬢さんの観光案内を頼まれてね。昨日国際空港に到着して緑の丘に直行してきたの」


 本当は先日のユリノキつつじ祭り以来、二か月ぶりの再会なのだが、向こうは変身した私だと認識していなかったので少し言葉を濁す。


「なるほど。ここは空港からも近いですし、ネズミーランドにも電車で行けば直ぐですもんね」

「えぇ、その通りよ」


 その時、アイリーンが二人に挨拶した。


「はじめまして。私の名前はアイリーンよ。皆さんよろしくね」

「あたしは陽菜、こちらこそよろしくね」

「俺は陸。こっちは飼い犬の⋯⋯」


「まぁ! もふもふした可愛いワンちゃんね♡」

 新田陸がももを紹介する前に我慢出来なかったのか、アイリーンがももの身体を触りまくる。


「この子は黒柴犬のももちゃんって言うのよ」

 私はアイリーンにももを紹介する。


「ももちゃんかぁ⋯⋯」

「そう言えばアイリーンさんって、日本語お上手ですよね」

 大和田陽菜が彼女の流暢りゅうちょうな日本語を褒める。


「えぇ。私、小さい頃から日本のアニメと漫画が大好きで、日本語を猛勉強したの! あと魔法少女のコスプレも得意なのよ」

 アイリーンがえっへんと胸を張るが、年相応でない胸(おっぱい)が目の前でブルンと揺れ、新田陸が慌てて視線をらした。


 やはり効果抜群だな。私は苦笑いした。


「陸のエッチ! アイリーンさんのコスプレ姿を想像してたでしょ」

 大和田陽菜が彼の横腹をギュッとつねる。


「痛、イタタタ⋯⋯おっぱいなんて全然想像してないから!」

 彼は泣き顔で彼女に言い訳している。


「何ですって!⋯⋯えぇ、どうせあたしは胸が小さいわよ!」

 大和田陽菜が自虐的に答える。


 やれやれ⋯⋯夫婦喧嘩を仲裁するか。


「ほらほら、二人とも喧嘩しないで。ところでお二人さん、この後少し時間あるかな?」


「はい、これからももの散歩に行くところですが⋯⋯」

「ならちょうどいいわ。アイリーンも今日一日暇で暇で退屈していたところなの。是非緑の丘の観光スポットを地元のあなた達に案内してもらえないかしら」


「分かりました。とは言っても田舎だからアイリーンさんにはあまり面白くないかもしれませんよ」


「そんな訳ないでしょ。だって目の前に凄く面白い犬がいるじゃない⋯⋯」

 私は小声でボソッとつぶやく。


「んっ。高野さん、何か言いました?」

「ううん、全然。気のせいじゃないかな〜♪」


 結局この後全員で散歩することになった。

 さぁ、It's show time よ!

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