3.141592 どこまで食べたことある?
ちびまるフォイ
文系たちの思い
「身体測定どうだった?」
「身長のびてたわ。175cmだった」
友達がそういった次の瞬間。
地面にぼとりと「175」という数字が落ちた。
「どうしたんだよ? なんか落ちてるのか?」
「え? お前見えないの?」
「見えないってなにが」
175を手にとっても重さはほとんど感じない。
顔に近づけると、いい匂いがしてきた。
思わず口に運んでしまった。
「うまっ! 数字めっちゃうまい!!」
これまで食べたどんな料理とも似つかない味わい。
きっと、世界で初めて焼き肉を食べた人も似たような気持ちになったのだろう。
「はぁ……美味しかったぁ。……ってあれ?」
数字を食べるのに無我夢中だった。
食べ終わって顔を上げたときには友達はいなくなっていた。
エア食事にあきれて去ってしまったのか。
翌日、衆人環視の身体測定から謎の失踪としてテレビに取り上げられた。
あの後、友達の姿を見つけた人はいないという。
「俺が……数字を食べちゃったせいか……?」
思い当たるのは友人の身長の数字を食べてしまったこと。
身長の数字を失ったことで消えてしまったのではないか。
もう数字を食べるのはやめようと反省する反面、
あんなに美味しいものをもう一度食べたいとも思ってしまう。
「ダメだダメだ……食べちゃダメなんだ……」
念仏のように唱えながら歩いていると「120」の数字が落ちていた。
周りに人はいないので誰かがこの数字を口に出して実体化したのだろう。
ごくり、と生つばを飲む音が聞こえた。
空腹が自制心をこじ開けて数字へと手を伸ばす。
「ああああ!! こんなの耐えられるわけがない!!」
口の中へ120を入れた瞬間に感動した。
一度かじったが最後、もう止められない。
「ふぅ……食べきっちゃった……」
ふと顔を上げたとき、自動販売機の値段が消えていた。
横を通りかかった子どもたちもそれに気づく。
「見ろよ! この自販機、無料だぜ!」
「押そう押そう!!」
子どもたちは自販機のボタンを上から順番に連打していく。
価格を失ったジュースが取り出し口に貯まっていった。
子供たちが両手いっぱいにジュースを抱えて行ってしまった後に、
猛烈な後悔が押し寄せてきた。
「こんなことを続けていたら、俺のせいでもっと多くの人が困ってしまう!」
頭では「これが最後」だとわかっていても、
数字を見つけるとどうしても手が伸びてしまう。
下手に我慢したところで必ず限界は来てしまい、
そうなると手当りしだいに数字に手を付けかねない。
歴史的な建造物のサイズの数字を失くしたり、
明日の日付を消してしまったりしかねない。
「俺はどうすればいいんだ!
このまま数字を食べられないと頭がおかしくなる!」
いくら食べても終わらない数字が欲しい。
無限大という数字は1文字だけなので食べ切れてしまう。
どこかにいい数字は……。
「そ、そうだ! 円周率! 円周率ならずっと食べられるぞ!」
円周率の数字で飢えをしのぐことにした。
感動したのはその美味しさだった。
「円周率ってこんなに美味しいのか!!
毎回違う味でまったく飽きが来ない!」
円周率の数字はランダムに並んでいるため、
ひと口食べるごとにまったく異なる味わいが広がる。
「11111」などの同じ数字は食べ進めるほどに飽きが来てしまう。
円周率にはそれがない。予想できないランダムな数字が並ぶ。
「これならいくらでも食べられる!」
これまでにあった数字への渇望は円周率によって解決された。
終わりの見えない円周率で満たされていた。
そんな日々がずっと続くと思っていた。
円周率の果てが見え始めたときに数字を食べる手が止まった。
「嘘だろ……永遠に続くんじゃないのか!?」
何兆桁にもおよぶ円周率は無限だと思っていた。
ただ、人間により算出した以上の数字は実体化していなかった。
「お願いです! 円周率をもっともっと計算してください!」
「君ね、うちがいくらスーパーコンピューターを扱ってるたって
そうそう簡単に計算できるものじゃないんだよ」
「こっちは数字に飢えて死にそうなんですよ!!」
円周率を食べていたことで数字の食生活が根付いてしまった。
もはやこの生活を切り離すことなどできない。
世界のあらゆる数学者に声をかけても
今の円周率以上の桁数を算出するには至らなかった。
「もうダメだ……」
チビチビと円周率の残った数字を食べ進めるしかなかった。
全部食べきってしまえば、数字の存在そのものが消えるため少し残した。
微妙に数字を残したところで、円周率の大部分の数字は欠損する。
数学者に声をかけたこともあり犯人はすぐに特定された。
「お前だな! 円周率の大事な桁を食ったのは!!」
「ひいい! ごめんなさい!!」
「絶対許さないぞ!」
怒り狂った数学者連合軍が自宅を囲った。
まるで畑のスイカを食べた泥棒のような心境になった。
このまま吊るし上げられて街中を引き回されると覚悟したとき、
数学者たちに真っ向から立ち向かう若者たちが現れた。
「そんなことさせるか!!」
「あ、あなた達は……?」
まるで接点のない年代の人達のまさかのフォローに面食らった。
「私達はあなたの味方です! 一緒に数学者と戦います!」
「味方? どうして? 俺は円周率の多くの桁を食べてしまったのに……」
「だからこそです!」
若者たちは目をキラキラさせて答えた。
「あなたが円周率を"3"だけにしたおかげで、
どれだけ計算が楽になったか! あなたに感謝しているんです!!」
若者たち全員が頷いた。
そして、おもむろに紙を取り出した。
紙には多くの数字の羅列が書いてあった。
「次は √2 の数字を食べてください!
こんな桁の数、覚えたくもないんです!」
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