6 ベアトリスの願い

 白い肌が汗でわずかにぬめり、妖しい光沢を放っている。

 清楚な印象の容姿とは裏腹の、背筋がゾクゾクするような色香を感じた。


「お願い──だと?」


 俺は警戒心を高めた。

 彼女はさっき神器を使って、レナたちや王立騎士団から俺の注意を逸らしてくれた。


 だからといって、全面的に信用するには早すぎる。


「身構えないでください、ミゼル様。あたしのお願いは、最初に言ったとおりのこと──伯爵の下へ来てほしいということです」


 ベアトリスが微笑んだ。


 俺は気を緩めない。

 それだけのことを、わざわざ思わせぶりに言うのはなぜか。


 他に何かがあるのか。


「あたしの神器は、伯爵から授かりました。この指輪は『破壊の神ジャハトマ』の神器ですが──あたしにとっての神はジャハトマではなく、伯爵です」


 ベアトリスが言った。


「孤児で、行くあてもなかったあたしを……あの方は拾ってくださいました。教育を施し、衣食住を、メイドという職務を与えてくださいました。そして、あたしに女としての喜びまで与えてくださいました。空っぽだったあたしを、満たしてくれたんです」

「だから恩義ある伯爵のために任務を果たしたい、ということか?」

「あの方は、あたしにすべてを与えてくれました──ゆえに、あたしもすべてを捧げます。あの方の望みに沿うよう、すべてを」


 ベアトリスはどこか自分の言葉に陶酔しているような調子で、


「今までにも、数えきれないほどの任務をこなしてきました。体を使って誘惑し、伯爵の政敵を陥れたことも。犯罪組織の片棒を担ぎ、資金を調達したことも。そして、暗殺任務まで──」


 告げる彼女の表情は、うっとりと紅潮していた。

 誇らしげですらあった。


 伯爵に身も心も捧げている、というのは本当なんだろう。


 殺されてもいい、といったのは誇張でもなんでもなく本心なんだろう。


「伯爵はなぜ俺に会いたがる?」

「あら、ガストン様からお聞きになっていませんか? あなた様の真意を聞くためと、できれば味方に引き入れたい──その二点です」


 一礼するベアトリス。


「来たるべき戦いに備えて、万全を期したいのでしょう」

「戦い?」


 俺は眉をひそめた。


 王国内の政争か何かだろうか。


「ふふ」


 俺の内心を見透かしたように、ベアトリスが笑った。


「あの方が見ているのは、王国内の権力とか、富や栄誉とか、そんなちっぽけなものではありません。人と、人を超えた者──『神器使い』との決戦に備えて。そして、さらに先に待つ神々との争いに備えて」


 こいつ、何の話をしているんだ……?


 突然、妙にスケールの大きな話をされて、俺は戸惑ってしまう。

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