第629話 もう怖くない

「かつて、俺は俺が弱いということを思い知らされた。親父と同じやり方では親父は超えられないと突き付けられた。だから俺に合ったやり方で自分を伸ばせる道に導いてもらっていたのに、最近の戦いの所為で少し自分を勘違いしちまってた」


 海に落ちたタツミヤを見下ろして、拳を握りながら自嘲気味に笑うアース。

 アースはこの数日の戦いを思い出していた。


「自分が成長するにつれて、結構いろんな強敵と戦っても、素の力だけで勝てたりすることも増えてきたし、技術を駆使すれば思い通りに勝てる状況だった。だからこそ、お前みたいな型破りに色んなものをぶっ壊されてイライラして……初心を忘れちまってたな」


 強くなったからこその、自惚れや驕りがあった。

 思い通りに勝てないからイライラしてしまうというのがその典型だった。

 


「俺は弱い。お前らみたいなやり方で、お前らのような奴らには勝てない。思い通りに勝てねぇからこそ、必死にあらゆる手段を考えて、身に着けた技術を駆使する。俺はお前と単純な殴り合いに勝つための努力をしてきたわけじゃねーんだよ。それを思い出したら、お前のことをもっと広く見ることができた」


「なんや? 急にベラベラと……何が言いたいんや?」


「お前はツエーよ。流石は六覇やバサラとかと戦ってた伝説なんだってな。でも、怖くねえ!」



 相手の強さを十分に理解しているうえでの実感。


「もう……負ける気がしねぇ!」

「はん、ワイが欲しいのは言葉じゃなくて拳やぁ! カウンターでドカンと叩き込まれたが、それでもワイはまだ死んどらん!」


 次の瞬間、再び吠えるタツミヤは勢いよく海から飛び出す。

 そして、激しい怒りの形相から、その肉体に異変が起きる。


「せやけど、どうしても殴り合いに応じてくれへんのならぁ、もうやり方を変えさせてもらうわぁ!」


 手足と頭部の角や尻尾。それ以外は人間とそれほど違いが無かったタツミヤの全身が、竜の鱗に包まれていく。


「兄上!」

「ウキーッ! タッちゃん、ガチ中のガチに……」

「竜人モード」


 鋭い牙が伸び、顔も竜のものへと変化していく。

 それはまさに人よりも明らかに竜に近い姿。


「あれは、竜人化!」

「んぁ、ゾクゾクして怖いのん! おとーちゃんと同じような……」

「あいつ、さっきまでのが本気じゃなかったんだ! お兄ちゃん、気をつけて!」

「これは先ほどとは違う……ただの荒々しさから……暴力性というよりも、獰猛……お兄さん!」


 ただ姿形が変わっているだけではない。

 身に纏う雰囲気も変化している。


「殴り合いやない……殺し合いやぁ……」

「ころころ注文変えるなよ。ほんと、勝手な奴だぜ」


 男と男の熱い殴り合いを求めたタツミヤを拒否したアース。

 ならばやり方を変えると吠えるタツミヤの目には、先ほどのような何かを楽しもうとしていた男の目ではなく、相手を食い殺すかのような形相。


『戦い方をシンプル化されたことで手玉に取られたならば……もっとシンプルに正面から壊す……まぁ、貴様らしいな……」

 

 竜人化

 その咆哮は圧倒的――――



「怒羅亜ア――――オブっ?!」


「「「「「ッッッ!!??」」」」」



 圧倒的……と思われた咆哮を吐こうとした瞬間、アースの左拳がタツミヤの『首』に深々と突き刺さった。


『隙だらけ……とことん勝敗に徹するではないか、童よ」


 竜人化で本領発揮の咆哮をしようとしたタツミヤに、空気を読まずに叩き込む不意打ちのような一撃。


「がは、ごぉ、が……オドレ……」

「全身鱗に包まれて、もっと硬くなったみてーだけど……冷静に見りゃ、やり方はいくらでもある」

「ッ! コ……コ……コロシタルッッッ!!!!!」


 タツミヤが薙ぎ払うように腕を大きく振る。

 その勢いだけで激しい空気の刃が飛ぶ。

 だが、タツミヤが腕を振り上げた瞬間には既に攻撃も軌道も分かっていたアースはとっくにその場から離脱。

 

「ドララララララララララ!! 逃サンワァァァ!!!!」


 しかし、タツミヤも反応。

 竜化したことで更に身体の力を向上させ、離脱したアースに一足飛びで追いつく。


「速いッ……タツミヤも本気だ」

「お兄ちゃん、ブレイクスルーを! フットワークを使って!」

「いや、待て、それではまた先ほどのように理不尽な当て勘とやらで……」


 相手を引き裂き、刻むための爪が繰り出される。

 だが、それが目前まで迫りながらも、アースは乱れない。


(思い出せ……動体視力……周辺視野……空間認識能力……強靭な肉体を持った相手に対する戦い方……強敵を、ブレイクスルーや大魔螺旋の力押しじゃなくても倒すことは過去にもやった……)


 身に着けた力だけではなく、教わったこと、そして経験したことを思い出すだけで、アースにはこの状況でもどうにかできる引き出しがある。


(なあ? ……トウロウ)


 かつて、マンティスのトウロウと戦った時のことだった。トレイナに与えられた課題として、大魔螺旋もブレイクスルーも使ってはいけないと言われた。

 今やるのはそのときの応用。


「キザム! クラウ! グシャグシャヤァアアアアァァ!!!!」


 爪が目前まで迫る。その爪の「腹」をアースはショートフックで打って、軌道を逸らす。


「ウガラアアアァァ!!」


 だが、ソレで止まらない。 

 アースのショートフックで爪と腕の軌道が変わっても、タツミヤの直線の動きまでは逸れない。

 竜人化したことで余計に鋭く禍々しくなった顎と牙を大きく開けて、アースを喰らい――――



「ハグワヶガァァア!!??」


「「「「「ッッッ!!!??」」」」



 次の瞬間、アースのもう片方の手がフック気味にタツミヤの大きく開けた『口』に打ち込まれ、タツミヤは激痛に呻き声を上げ、そして足元には折れた牙が落ちた。


「な、なぜ! 兄上の強靭な牙を、こ、拳で打って……牙を折った!?」

「これもさっきみてーな、フックのカウンター……だけど、竜人化したタッちゃんの牙を折るなんて……」

「それにあの悲鳴のような声……タツ様ほどの御方が声を上げるほど……」


 刹那の攻防。

 周囲には、喰い殺そうと飛び込んできたタツミヤをフックでアースが迎撃しただけのように見える。

 だが、それだけではない……



「い、今の、アース・ラガン……く、口というより……牙というより……歯茎だ……大口を開けたタツミヤの歯茎を拳で叩いて、根元から牙を砕いた……」


「「うぇ!? は、歯茎!?」」


「んぁぁあ!? 歯茎って、歯茎って! おにーちゃんの拳でそんなところブン殴られたら死んじゃうのん!」



 歯茎に拳を叩き込むという、あまりにもゾッとする攻撃にエスピもスレイヤも顔を青くし、同じドラゴンであるヒルアは想像しただけで悶絶して震えあがった。


(竜化して、ただでさえ口がデカくなったのに、そこに大口開けてくれてよ……しかも、シンプルに真っすぐ突っ込んでくるだけだから……そんなもん、カウンターするにはおいしすぎるぜ!)


 かつてのトウロウとの戦いでは、ブレイクスルーも大魔螺旋も禁止されていたために、素の力で殴るしかなかった。

 最初はただの力任せのスマッシュや、思いっきり力を込めた拳のラッシュで押し切ろうとしたが、人間と耐久力の違うトウロウには通用しなかった。

 だが、最終的には拳の力でアースは勝てた。

 どうやって勝てたのか?

 

(竜人化……耐久力も身体能力も大幅向上……だからどうした! 狙うべき場所が手に取るように分かる!)


 考えて戦ったからだ。

 拳でただ殴るのではなく、相手の動きや相手の身体を見て、拳を叩き込む場所も厳選したのだ。


「グ、ガ、ガ、ガアアアアアア!」


 のた打ち回っていたタツミヤも、余計に怒りを前面に出し、牙の折れた血だらけの口で咆哮しながらまたアースに飛び掛かる。

 アースが再び迎撃の態勢。



――大魔ボラート


「飽キタワ! 三度もくらうかいィィ!」



 理性が吹っ飛ぶような怒りを見せていながらも、タツミヤもまた何度も同じ手は食わないと、一度飛び掛かりながらも直前で急ストップ。

 そして、真横から飛んでくるアースのオーバーハンド気味の右フックに顔を向け―――


「ガチンコカウン――――」


 それは、タツミヤが作り出した罠。

 真っすぐ勢いよく飛び掛かっても、真横から来る攻撃に弾き飛ばされてしまう。

 なら、その真横からの攻撃を迎撃してやろうという算段。

 アースの右のオーバーハンドフックに頭突きをぶつけようと――



『愚か者め……裏の読み合いで童に勝てるものか……』



 そのとき、タツミヤが迎撃しようとしたアースの右フックがピタリと寸止めで止まる。

 ハッとしてタツミヤも一瞬動きが止まる。

 そのときのタツミヤは、アースに対して、半身になって『首筋』を無防備に晒した状態である。

 そして、アースはのタツミヤの首筋目掛けて……



――大魔レフトコークスクリューブロー


「おぼぎゃあっ!? え、お、がはっ!?」



 左のスクリューのストレートを叩き込んで捻じ込んだ。

 真横から首に目掛けてのストレートパンチにタツミヤは再び呻き声。

 だが……


「ッッ、しゃらく―――」


 殴られ、声を上げるも、しかし体勢崩して転がることだけは耐え、そのままヤケになったかのように腕を振り回してアースを薙ぎ払おうとする。

 しかし……


「大魔コークスクリュー!」

「ッ!?」


 転がらないように「耐える」その一瞬で、トレイナもヤミディレも認める驚異的なハンドスピードで、アースは右腕のフックを寸止めから引き戻して、再び繰り出す。

 寸分たがわず、左を打ち込んだタツミヤの首筋に。


「あ、ぐぅ、やろ―――」

「大魔ジャブ」


 それでも耐える。タツミヤは耐え、もう一度アースに襲い掛かろうとした瞬間、今度は右を打ち込んだと同時に引き戻していた左を繰り出し、先ほどと同じようにタツミヤの『重心移動』の瞬間を打ち込んで、タツミヤを成す術なぐ殴って転がした。


「ッ……にゃ、にゃろぉ、も、もう、訳分らん、こいつどないなって―――ッ!」


 転がりながらも体を無理やり引き起こして顔を上げて、恨み言のようなことを口にしようとしたとき、目を疑った。

 それはこれまで、受け身に回っていたはずのアースが、自分に追撃するかのように迫っていたからだ。

 さらに……


「ここで決める! 決められる、勝機に叩き込む!」

「ッ!?」

「大魔螺旋――――」


 眼前に迫りながら、アースは右手を掲げる。

 そして、大魔螺旋の空気を放つ。

 

「ッッ、今更かい! せやけど、待ってたでぇええええ!」


 最初のぶつかり合い以来から出していなかった大魔螺旋。

 アースの戦略に手のひらで転がされていたタツミヤにとっては、そういった真っすぐのシンプルなパワーのぶつかり合いの方が良かった。


「打ち破る! 竜化した今のワイなら、片腕で十分! 怒羅ァァァァァァァ!」


 眼前に迫るアースに、タツミヤも強引に態勢を立て直し、足を思いっきり踏み出してアースの攻撃に体ごと投げ出すように……


「―――なんちゃって」

「あ……」


 そのとき、アースは右手を掲げたまま、急ストップ。

 アースの大魔螺旋に自分の渾身の攻撃をぶつけようとしていたタツミヤは完全に面を食らうも、流石のタツミヤでも勢いをつけすぎたために、もうストップはできない。


『ついに、大魔螺旋すらフェイントに使うようになったか……それでよい。細かいステップワークなどはフェイントの一種でしかない……フェイントの本質は、相手の目を惑わすのではなく、心理を惑わすこと』


 あれほどアースのミスディレクションシャッフルなどのフェイントには目もくれなかったタツミヤが、ついにフェイントに引っかかってしまった。

 その場面にトレイナは腕組しながらニヤニヤと頷き……


「もう飽きたパンチを何度もくらうな―――」

「こ、このガキ――――」


 タツミヤが「もうくらわない」と言っていたパンチを再び―――



「大魔ボラート!」



 先ほど殴った箇所、再び寸分狂わぬ首筋に、三度目の拳を叩き込んだ―――



(アカン……もう訳分らんくて……なんかもー、どうにもならんわ……なんか、何やってももうこうなるイメージしかできひん……勝てる気が湧かんわもう……)



 そして、タツミヤの心も折れて、もう萎えてしまった。





――あとがき――

あ、ここで終わらんよ? 次話で決着がつきます。


結末を先に知りたい方は下記にて~


『第630話 事情が違う』

https://kakuyomu.jp/users/dk19860827/news/16818093084935651707

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