第593話 スーパー

 唐突に聞こえてきた声からのプロポーズ。

 誰かを認識する前に拒否するクロン。

 その声の主がアース以外であるということだけで論外だからだ。

 ただ、断った後で、その声に聞き覚えがあった。

 さらに……


「今の……」

「……まさか……」


 ブロとヤミディレもハッとする。

 二人にとってもそれは完全なる他人とは言えない人物だったからだ。

 すると……


「な、なんだぁ? 海が……」

「渦!?」


 そしてその時、海に異変が起こったことにドクシングルたちも気づいた。

 ゲンブたちの出現で荒れていた海。

 その海に突如巨大な渦が出現したのである。

 そして……



「もう心配しなくていいクロン……かつての俺は油断をしたことでお前の前で醜態を晒した……そんな俺にお前が不安を感じる理由は納得する……でも、今の俺にはもう何の問題もない」


「ッ!?」



 巨大な渦の中から巨大な水柱を打ち上げ、海の中から出てきた一人の男。

 


「俺は強くなり過ぎた。今度こそ俺はお前を離さない」


「ですので、ごめんなさい! 好きな人がいますからダメです!」


 

 出現し、そして秒でクロンに「また」フラれた男。

 だが、その姿は確かに見違えたものだった。



「というか、あなた……ヨーセイ……ですか?」



 クロンが現れた男に問う。そう、男は確かに以前と違った。

 元々は黒髪だったが、色々あって頭髪なども抜け落ちて見るに堪えない姿に変貌していたが、今は金色の髪を逆立たせ、そしてその肉体もスリムではあるが、腕回りなどは筋肉質になっていた。


「うわぁ……マジでヨーセイかよ……あいつ、鑑賞会でだいぶ悲惨なことになってたが……なんつーか……本当に俺が居たころよりも変わって……」


 同じくカクレテール出身だったブロもヨーセイのことはちゃんと知っていたこともあり、鑑賞会での悲劇からの変貌ぶりに驚いていた。

 そして……


「ヨーセイか……その変貌もそうだが……お前はそこで何をやっている?」


 ヨーセイの人生を狂わせた張本人でもあるヤミディレ。

 クロンとの日々で色々と情に目覚めたからか、以前ヨーセイを切り捨てた時のようなゴミを見る目で見たりはしない。

 色々と思うところはあるのかもしれないが、今はクロンを手にしようとするヨーセイに対して、「いつでも動き出せる」ように警戒して身構えていた。


「うおおおお、また男かぁぁ~~! ……ん~、なーんか不自然な感じがするけど」

「あいつ、鑑賞会でそりゃーもうズタボロにやられてた、ヨーセイとかっていう……何で海から?」

「まさか、この亀たちの仲間……?」


 ドクシングルたちも身構える。

 この場に現れたヨーセイは何しに来たのか。

 すると……



「ヨーセイ? 違う……俺はヨーセイではない」


「「「「え??」」」」



 変貌した姿とは言え、まぎれもなくヨーセイであることはヤミディレ達にはよく分かっているのに、ヨーセイ自身は否定した。


「バカな。お前はヨーセイだろ? 違うのか?」

「違うな……」


 すると、ヨーセイは己を親指で指差し……



「俺は、スーパーヨーセイだ」


「「「「……は?」」」」



 その答えに一同キョトンとするも、ヨーセイは自信に満ちた様子でそう宣言したのだった。

 しかし、それは何の裏付けもないわけではなく……



「説明するのも面倒だから、その目で確かめればいい! クロン……そして、大神官……いいや、その節穴で俺を結局理解できなかった、ヤミディレ! ちょっと調子が悪くて大会では不本意な結果を見せたが、今は違う! ゲンブたちに選ばれ、そして新たに獲た俺の力――――!」



 次の瞬間、大気が震えた。

 その震えはヨーセイを軸にして発生するもの。

 そしてヨーセイの全身から溢れる禍々しい魔力。

 さらに……



「そうだそうだ、全員んンンン死けえええええええええええええええええええええええいい!!!!」


「「「「ッ!?」」」」



 そして、発せられる巨大な奇声とともに、ヨーセイが急降下。

 

「安心しろ、クロン。殺すのはお前以外だ! お前は俺の妻となって―――――」

「おっと、よくわかんねーけど……婚活中のわっちでもそそられねえカスは―――」


 と、そこに、ドクシングルがハンマーを持っておおきく振りかぶり、ヨーセイを迎撃しカウンター。

 それはもう容赦なく――――



――グシャッ!



 ヨーセイの肉片が飛び散ったのだ。


「あ……あ!?」

「ちょ、おい、ドクシングル!」

「ちょ、お、おま、おおいいい、何を、やりすぎだおぞ、おま!?」


 ヨーセイが敵として、さらに復讐者、妄執者として立ちはだかった……が、問答無用で殺そうと思うほどブロたちにとって浅い付き合いではない。

 それを、何も知らないドクシングルは「気に食わない」という理由でヨーセイを瞬殺してしまった。

 そのことにブロたちが顔を青ざめ……


「あれ? わっち何かやっちゃいました?」


 と、細かい事情をよく分かっていないドクシングルはちょっと焦り顔。

 だが……



「嗚呼……そうか……お前たちはまだ生命としてはその程度の領域なんだな……たかが頭が潰れたぐらいで死んだと思えるような……」


「「「「ッッ!!??」」」



 次の瞬間、何事もなかったかのようなヨーセイの言葉。

 そして、その場にいた全員が目を疑った。

 粉砕されて砕けたヨーセイの身体が、一瞬のうちに復元し始めたのである。


「な、は、生えた?! 頭が!? なん――――ッ!?」

「失せろ。女であろうと戦場に立ち、俺たち愛し合う運命の男と女の前に立ちはだ――かぺっ!?」

「うるせええ、もっぺんくだけろぉぉ!」


 死んだと思われたヨーセイが、一瞬で再生。

 驚きながらも、ドクシングルはもう一度ヨーセイの頭をハンマーで潰す。

 しかし、潰れたヨーセイの頭はまたすぐに元に戻り……


「…………覇ッ!」

「おうちっ!?」


 ヨーセイの掌打でドクシングルのハンマーに打ち返し、その勢いでドクシングルは飛ばされて甲羅の上に着地した。


「ちょ、どうなってやがんだ、ヨーセイ!? お前、どうしちまった!」

「頭が潰れて、死なれてなくてホッとしましたけども……これは……」


 一体、ヨーセイの身に何があったのか?

 ブロやクロンたちが混乱する中、ヤミディレは鋭い目で足元を見降ろし……



「貴様らか……ゲンブ……」


「……………」


「以前よりも遥かに上回る身体能力に加え……瞬間再生能力……たしか、アレは『再生回数』が決められていた気がするが……ヨーセイは知っているのか?」



 ヨーセイに起こっていることにゲンブたちが絡んでいることを瞬時に理解した。

 問われたゲンブもそれを否定はしなかった。



「……ヤミディレ……お前はアース・ラガンの出現まで、アレを伸ばそうとしていたカメ……ならば、アレの『血脈』はちゃんと知っていたカメ?」


「ぬっ……」


「ヨーセイ・ドラグ……恐らく何世代も前のことなのだろうが……人間の血によって薄れてしまっているのだろうが……『竜宮』の血脈……竜騎の一族の末裔……人工的とはいえ暁光眼を所持しているクロンとならば、確かに相性は悪くない……お前はそう思っていたカメ。そして、その身は我らにとってもなかなかに貴重。器として重宝する必要があるカメ」



 ヤミディレもまたゲンブの言葉を否定しなかった。



「……本来、あやつの素質は……実際のところ本当にそれなりのものだった。だが、狭い世界で簡単に同性代のトップになれたがゆえに、それ以上己を高めようとするモチベーションもなかった……だから私が無理やり……ふっ、今更ながら私も確かに反吐が出る」


「壊した責任を感じているカメ?」


「ああ……伸びずとも普通に幸せになろうと思えばできたあやつの人生を壊したのは私だ……という自覚はしている」



 今のヨーセイはゲンブたちの手によって改造を施されている。

 そのことをヤミディレは何も言う資格もないことは十分に分かっている。

 そして、今のヨーセイを責めることもできないのだ。

 さらに、今のように平和で、そしてクロンの恋だとかカリー屋だとか、そんなかつてのヤミディレの野望とはかけ離れたくだらない日常に対して、温かく満たされた想いを理解してしまったヤミディレだからこそ……


「私は私で償わねば……ならんな。でなければ、クロン様に私は……」


 ヨーセイの人生を狂わせてしまった責任を感じているのだった。


「オラぁぁ、魔極真クロスカウンターキックッ!」

「蟷螂乱舞」

「もっぺんぶっ潰れろぉぉ!!」


 顔面を蹴り潰され、刻まれ、叩かれて、それでも攻撃をまったく回避することもなく、その欠損した体は一瞬で修復されていくヨーセイ。



「今、何かやったか?」


「「「ッッ!!???」」」


「失せろ、ザコども。俺は強くなり過ぎた……メガ・ファイヤーバースト!!」



 そしてその優れた魔力も元に戻っており、常人の力を遥かに超える炎でブロたちを飲み込んでいった。


「うお、おおお?! って、あっちい! そういや、あいつ魔法もだいぶヤベぇ感じだったっけ、島の学校では……」

「っ、死なない……」

「んのやろぉ、メンドクセー体しやがって! だが、わっちを舐めんじゃねえ……なんなら、わっちも力を解放すんぞ?」


 致命傷にはならなかったものの、どうしたものかと頭を抱えるブロとトウロウ、そしてイライラした様子のドクシングル。

 そしてクロンは……



「ブロ! ッ……やってくれますね、あなた!」


「アナタ? クロン、ようやく俺の妻としての自覚が芽生えたか。嬉しいよ」


「私はアースの妻になるのです! あなたではありません! 何度言ったら分かってくれるのですか!」


「お前をたぶらかせたあの男は俺が殺す……今の俺ならできる」


「むうう、だーかーらー、違うのです!」



 仲間が傷つけられ、そしてまるで会話の通じないヨーセイに対して、頬を膨らませてゲンブの甲羅の上で地団駄するクロン。

 ある意味で、普段ニコニコしてばかりのクロンがここまで怒るのも珍しく、それだけクロンはヨーセイを拒否しているのである。

 しかし、それでも伝わらないヨーセイに、クロンはついに……



「そんなあなたにはもうこれを使っちゃいます! お母さんと編み出した、私の新技!」



 その両目の暁光眼を光らせ。



「暁光眼発動! 『魔瞳幻術・ノーシーボエヌティーアール』!」

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