第577話 会話音声途絶える中で
もはや世界が、現れた巨大な力の脅威にどれだけ怯えるか……という状況ではない。
世界最強の妹であるエスピ、そして弟のスレイヤまで参戦したからである。
もう負ける要素がない展開になってしまったからだ。
「うっは~、もうなんすかも~♪ 初登場時の~、エスピ……さん? ちゃん? とスレイヤくんって、思わせぶりでスゲーうざい~とかって感じでイラっとしたりしたけど~、もう今は『いいぞ、もっとヤレ』って思っちゃうっすね~」
「「「「「それな!!」」」」」
カクレテールの浜辺で空を見上げながら、カルイがケラケラと笑ってそう口にした。
そう、エスピとスレイヤの真実を知らなかったときと今では二人に対する想いが世界中で一変していた。
十数年も会うことのできなかった兄に存分に甘え、その上でいいところを見せて褒められたがっている。
ナリは大人で、アースよりも年上なのに人目もはばからず甘えるその姿に、もはや多くの者たちが微笑ましく感じていた。
「アマエももう嫉妬してない感じだしね~」
「ん! 二人はイイ!」
「おっ、アマエのお墨付きか~」
「ん。それで……アマエもつよくなって、いつかあそこにはいるの」
鑑賞会ではアースの妹になって撫でられたり抱っこされたりしているエスピなどに嫉妬して「ぷんだ」となっていたアマエも、今では二人を認めているほどであった。
それどころか、いつかは自分もあの三人の中に……という決意をするほどである。
「うんうん、いいね~。私も~あんちゃんたちのあの最強雰囲気に、こ~、あそこに入りて~って思うし、見てて燃えてくるんだけど~! ただ……だからこそ……」
「うん……だからこそ……かな!」
皆が食い入るように空を見つめ、ワクワク……という状況ではあるのだが、それでも不満があった。
カルイとツクシが中心となって、その不満をぶち上げる。
「なんで声が聞こえてこないんだよぉ~! あんちゃんたちが何話してんのか全然聞こえないじゃ~~~ん! パリピのばーかーーーー! これじゃあ、台無しじゃーん!」
「ほんとかな! 私たちはソレも含めて聞きたいのに……大きくなったエスピちゃんとスレイヤくんが、アースくんとどういう話をしてるのかな~っとか……ほら、なんかエスピちゃんとスレイヤくんが口論してる! たぶんあれ、お兄ちゃんは自分のだー、みたいな喧嘩でしょ!? 聞きたいよぉ~!」
「「「「それな#」」」」
そう、それはパリピの忖度により、先ほどからアース、エスピ、スレイヤの声だけが途絶えてしまったのである。
そのため、三人が集い、何かを話したり、どうやって戦ったりしているのかは分かっても、三人が何を話しているのか分からなかったのである。
「確かに気になりますね……何かのトラブルや不具合でしょうか?」
「だがサディスよ。我が思うに、そういうトラブルだったとしても、あのパリピならば自分で解説したりの対応したりするのではないのか? その奴自身も黙ったまま……」
「……それは確かにそうですね……となると……ひょっとしてこれは不具合ではなく……ワザと?」
フィアンセイとの会話の中で、サディスもハッとした。
これが何かの不具合ではなく、パリピが意図的にアースたちの会話を遮断しているのであれば?
(聞かせられない『単語』や『名前』が三人の中で出ているということに……しかし、坊ちゃま関連で聞かせられない言葉……それは……やはり……)
サディスは何となくだがピンときて、それが本当であるならばパリピのこの対応も納得できた。
そんな中で……
「あはは、でもさ……何の会話をしているか分からなくても……カルイの言う通り、何だかじゃれ合っている会話が想像できるよね……そして、それを宥めているアース……ふふふ……アースもすっかりお兄ちゃんになってるよね。二人より年下なのにね。まあ、でも、アースは何だかんだで昔から、僕たちをああやって引っ張る感じだったから……ふふ、何だか~ねえ?」
フーが微笑ましそうにアースを眺めながらそう口にした。
自分たちの幼いころはリーダーシップを発揮していたアースは、どこか「お兄ちゃん気質」が昔からあったかもしれないと。
「そ、そうか? 我はずっと対等と…………だが……ふむ、もしアースがお兄ちゃんで我が妹だったら……我も懐いていたかもしれんな」
「俺はそんなことにはなっていないと思うが……」
「あははは、でもさ~、スレイヤさんがああなっているわけだし、リヴァルも意外とアースがお兄ちゃんだったら懐いてたかもよ~?」
フーの言葉を聞いて、フィアンセイもリヴァルも少し考える。
自分たちがアースの妹や弟だったらどうなっているのかと。
「…………………」
そんな中で、無言のサディス。
実はサディスはもうとっくにその境地に達して、ヴイアールで「坊ちゃまお兄ちゃん」と色々と遊んでいたのだが……それは一生誰にも口外しないと心に決めていた。
「ぐわははははははは、おぬしら~、見ておくべきポイントはそんなとこではないぞ~?」
「「「「師匠ッ!?」」」」
と、そこでノンキにアースお兄ちゃんと弟妹の絡みに悶えている一同に、バサラは呆れ笑いながらツッコミ入れた。
そう、見るべきはそこではない。
「確かに状況的に負ける匂いはせん……しかし、勝つにはあの鉄の塊を破壊せねばならぬ……さて、スレイヤという小僧とエスピの連携で多少の損傷はできたようだが、果たしてどうするか……トドメはやはりあの小僧なのだろう?」
「むぅ……確かに坊ちゃまが『特別』扱いだとは思いますので……そうかもしれません……」
「さて……『あ奴』は『お気に入り』をどうやって導くか……」
アース、エスピ、スレイヤ、揃った家族が果たしてどうやって巨大な怪物を倒すのか?
すると、その時だった。
「ん? ……何じゃ?」
バサラが何かに気づいた。
そして、少し遅れて皆が声を上げる。
「おお、あんちゃんが手を上に……ってことはアレは!」
「うん、アレ!」
「アレって言ったら、もうアレしかないかな?」
「「「「アレしかない!!」」」」
アースが構えて繰り出すものが何か。
やはり最後はあの技で決めるのだと皆がワクワクした表情を浮かべる。
だが、すぐに……
「は?」
「え?」
「あら?」
「「「「は?」」」」
皆が呆けた顔をして固まったのだった。
だが、そんな一同の中で、バサラだけは……
「いや……いやいやいや……ほう……これはなかなかエグイ技を発動しようとしているようじゃぞ?」
「ふふふふ……自重せんな……『あの御方』も」
ハクキが口角を釣り上げた笑みを浮かべながら、どこか武者震いのような様子で空を見上げていた。
「エスピのやつ、あんな技を使えたのか!? 大地ごと揺らしたり、ひっぺ返したり……」
「あのスレイヤって子も……造鉄だけじゃなく磁力も……昨日の鑑賞会ではあそこまでは……つまり、それだけ成長したということ?」
エスピとスレイヤがゴドラに対して見せた驚異的な力に驚愕するヒイロとマアム。
だが、ハクキはそう思っていない。
「いいや、確かに実現させた二人の才はやはり天賦のモノ。だが、それは成長して身につけたものではなく、『今』習得したのだろう……」
「「え!? い、今!?」」
「会話が聞こえなくなったために気づかなかったが、おそらくあの三人のやり取りの間でな……」
「「アレ、じゃれ合ってたんじゃないの!?」」
そうハクキの予想は正しかった。
二人がこの十数年で身に着けた技ではなく、今、『ある人物』のアドバイスでたどり着いた技なのだと。
そして、そんなことをできるのは一人しかいないということも。
「やれやれ、アース・ラガンだけではなく、あの二人をもあの御方は身内と認めたか……なんと贅沢な……しかも片方は、まさに因縁のあるエスピだというのに……いや……あの御方だからこそ、そんな器が狭くないということかもしれんが……いずれにせよ……羨ましいものだ」
そして、羨ましさも。
「つまり、アース・ラガンを敵に回すということは、同時にアレもついて来るわけか……だが、ノジャのように入り込んでしまえば、間接的にあの御方の指揮の下で戦うことも…………悩ましいな。せめてあと十年早ければ、吾輩も色々とまだ身勝手でいられたのだがな……」
アースと通じてトレイナと関われるエスピやスレイヤや、かつての同胞だったノジャのことを思い、ハクキは自嘲気味に笑った。
そしてここから先、世界が見たいのは…………
「まあ、いずれにせよここは決着を見届けさせてもらおう。エスピとスレイヤに続き……貴様は何を魅せる? アース・ラガン!」
そう、アース・ラガンはどうするのか? だ。
「……ん? 待てよ……口の動きを見れば……なになに? ト……レイ……ナ……サ……ン……『トレイナさん』……ぶほっ!? あやつら、そんな呼び方を!? 何という……」
「え? なんて? 何て言ったんだ?」
「ちょっと、ボソボソ言ってないで教えなさいよぉ!」
そして、アースは世界に見せる。
「ん……?」
「え?」
「……何……アレ……」
アースが手を天に翳している。
そのフォームから繰り出される技は一つしかない。
大魔螺旋である。
しかし、様子が違う。
「な、何だありゃ……大魔螺旋……じゃねえよな?」
「ええ……いつもなら、大竜巻みたいな渦が出るはずが……小さい……ちっさいわ!?」
そう、アースの代名詞でもある必殺技の大魔螺旋ではなく、とても小さな手のひらサイズの渦が出ているだけなのである。
だが……
「ッ……これは……」
ハクキが眉を顰める。
そして同時に、ヒイロとマアムも表情が一変した。
「おい、マアム……確かにアレ……小せぇけど……」
「……ええ……何? とても……濃い……この場にいないのに、見ているだけで分かるほど……少し荒いけど……濃密だわ……凝縮されているわ!」
ヒイロとマアムは頭はそれほどよくないが、その代わりに直感で見抜いた。
アースの小型の大魔螺旋。おそらくこれを見ている世界の者たちの大半が……
――おい、大魔螺旋じゃねえぞ? 小さいぞ!
――妹と弟の活躍にビビってミスったんじゃないのか?
という声が飛び交ったりしているぐらいだ。
しかし、見る者が見れば評価が一変する。
「ッ……マジか? できねえ……」
ヒイロはアースが作り出す手のひらサイズの小型螺旋を見てゾッとした顔をした。
「ヒイロ?」
「俺は……たいていの魔法や技なら見ただけで何となくマネできる……技術もまあ気合とかで……でも……わかんねー……ただ小さく凝縮した螺旋なのに……アレは俺にはできねえ」
そう、ヒイロは戦慄したのだ。
これまで多くの戦いで数えきれないほどの強敵の技を目にしてきたヒイロ。
しかし、ヒイロ自身の規格外の才能と魔力を使えば、やろうと思えば自分もできるというものがかなり多かった。
そのヒイロが「自分にはできない」と断言したのである。
理屈ではなく、本能でそうヒイロは感じ取ったのだ。
そしてそれは……
「そうだろうな……アレは……見ているだけでは分からぬほどの緻密で高度なコントロールと理解が必要になる……」
ハクキも同じであり、食い入るように空を見上げていた。
「膨大な魔力を圧縮する……それはすなわち外から圧力をかけるということ……しかし、そのコントロールを僅かでも乱せば、爆縮して潰したり、凝縮されたものが一気に噴き出して四散する……あの小さな螺旋の内と外の圧力を調整……アレほどの魔力コントロール……紋章眼を持っているヤミディレにもできんぞ!?」
そう、ハクキたちのレベルの領域にいる者たちには、アースがどれだけのことをしようとしているのかが分かるのである。
「そして何よりも……アレで本当に戦うことができるのであれば……大魔螺旋の最大の弱点……技が大きく小回りが利かない故、完全に隙を作った相手でない場合や、全力のぶつかり合いを受け付けぬ空気を読まぬ相手には回避されやすいという弱点が……もしあの形態を維持したまま、フットワークやジャブなどと織り交ぜられて使われたら……」
それを、アース自身がどれだけ分かっているかはハクキには分からない。
だが、ハクキは、アースをそう導いている者にはちゃんとそういう意図もあるのだということを見抜いた。
「ふ、ふふふふ……あの御方は……本当に吾輩を倒させようとしているのか?」
と、頬に冷たい汗を流しながらハクキは苦笑した。
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