第571話 全て世界中に
天まで昇るほどの土煙の中でトレイナは腕組みしながらゴドラを見上げる。
『踏みつけだけでこの威力……たしかに脅威だな……装甲も堅そうだ』
巨大怪物の足踏み。それだけであらゆるものが吹き飛ばされる。
直撃しないようにその場から離れようとしたアースたちだが、その衝撃波だけで体ごと飛ばされた。
「つっ……」
『童、気を付けろ。奴は………ん? ……ふぁっ、わ、わらべえぇ!』
あまりの威力に体ごと何度も回転しながら飛ばされたアース。視界も何度も回った。
しかし、ダメージはそれほどない。体の痛みもないし起き上がれそうだ。
と、アースが目を開けて立ち上がろうとしたときだった。
――ふにふにぼいん♥
――もみんもみん♥
「へ?」
「あ、ん、んっ」
「んくっん」
アースはようやく気付いた。目を空けたら暗く、そして自分の頬、さらには両手に物凄い柔らかい感触があることを。
柔らかく、何だかこのまま意識を手放して眠ってしまいそうな良い香りもする。
温かい。
そして、耳に、掌に「どくんどくん」と音が聞こえる。
それは人の鼓動。
「ッ!? こ、これは、まさか!」
アースの思考が一気に覚醒し「ソレら」が何かに気づくのは僅か数秒のこと。
「あぅ~……アース様ぁ~……ん」
「こ、これは事故なんだ……っ、ぼ、坊や、気にしなくても、い、いいさ」
首を少し上げて目を開くアース。
そこには、自分の顔が埋まっていたのはアミクスの谷間、そして右手はアミクスの右胸、そして左手はガアルの左胸を掴んでいた。
周囲を見れば、表通りが無残なほど瓦礫の山と化している。
「しま、ちょ、すまん! わ、わざとじゃない!」
「ん、あ、そのぉ、わた、私は全然大丈夫ですよ、アース様、わ、私は……アース様の……そっち担当で……」
「ふふふ、ワザとじゃないと分かってるし、坊やなら構わんさ。次はもう少し優しくでお願いしたいが……」
事故とはいえ謝罪するアースに対して「満更」でもない感じで照れた顔を見せるアミクスとガアル。
慌てて周囲を見渡すと、どうやら瓦礫に囲まれて「誰かに見られてはいない」と分かり、アースはホッとしながら二人に改めて謝り……
「ハニー!」
「婿殿ぉ! ぬぬぬぬ、これはラッキースケベの波動を感じるのじゃ!」
そして丁度そのとき、瓦礫の向こう側からノジャとシノブも駆け寄ってくるのが分かった。
「おお、ここだ! よかった、シノブ、無事だったか!」
「ええ、ハニーも、アミクスも王子も無事で……」
「おい、婿殿、わらわは!?」
「いや、お前は無事に決まってるだろ」
アースたちの姿を見て安堵の表情を浮かべるシノブ。
だが、その表情はすぐに悲しみに染まり……
「だけど……これは……」
「シノブ……」
唇を噛みしめながら、シノブは瓦礫の上に立ち、周囲を見渡す。
そこには……
「ぬぬぬ、匂うのじゃ! くんくん……ッ! アミクス、王子、二人とも股が濡―――」
「黙ってろ、ノジャ」
「ほぎゃあ!?」
アースも空気を読まないノジャの頭を掴んで黙らせながら、シノブの心中を察する。
「王都が……街が……」
伝統的な建物がずらりと綺麗に並んでいた王都の風景が一変していた。
ゴドラの歩んだ道は多くの建物が薙ぎ倒され、潰され、そして力強く踏みつけた場所には巨大な大穴と周囲に亀裂が走って、その周辺の建物は全て跡形もなく吹き飛んでいた。
生まれ育った故郷の無残な姿を目の当たりにし、しかもそれを実行したのが自分の友である。
シノブは胸を抑えて崩れ落ちた。
「なんてことを……マクラ……なんてことを……もう……こんなのもう……」
もう、これは取り返しのつかないことをしてしまった。
これまでのように「ウマシカ国王が表立って民たちに圧政を強いてきた」というものとは比べ物にならないことを、マクラ自身がやってしまった。
もう、誤魔化せない。
だが、それなのに……
『すごい! あは、あははは!』
響き渡るその声はシノブを更に絶望させた。
『すごい、これが……これが力! すごいよ! 忍者戦士として戦闘の才能が無かった私が、こんな破壊力! すごい! すごいよ!』
悲観するシノブとは対照的にゴドラの中からマクラの興奮と狂気に満ちた笑い声が響き渡った。
突如手にした異形な力に感情が抑えきれないのだ。
自分がしてしまったことの重大さも認識できず……
『もう一回!』
再びゴドラが動き出す。その巨大な身体を捩り、鋼鉄の尾に反動をつけて振り回す。
頭部から繋がる突起状の背びれ、尾びれを揺らしながら……
「ちょ、まずい!」
『流石にアレは巻き込まれたら冗談では済まぬ! 距離を取れ、童!』
それが何をしようとしているかはすぐに分かった。
――モンスターテイルアタック!
もし、あんなものに巻き込まれたら?
ゾッとしたアースとトレイナが叫ぶ。
「とりあえず、もっと離れるぞ! そしてどうやってアレを止めるか一旦―――」
「っ、ダメだわ! これ以上アレが暴れたら……街がもっと……」
「ちょ、おい、シノブッ!?」
街に人はいない。建物しかない。
しかし、この王都は大戦の頃からも存在し続け、何年も続いてきた歴史ある地でもある。
その歴史がこの不当な存在によって容赦なく壊されていく。
国を抜けたとはいえ、生まれ育った自分の故郷がこれ以上かつての友の手で壊されていくことをシノブは耐えられない。
「っ、シノブ! あ~、もう! くっそぉお! 大魔螺旋ッ!」
「え、ハニーっ!?」
『ぬっ、童ッ!?』
そんなシノブを止められないアースは、シノブを守るように、シノブの前に出て大魔螺旋を掲げる。
いつもならその巨大な螺旋に誰もが圧倒されるが、今のゴドラの前には石ころに等しいほどの差がある。
しかしそれでもアースは飛び出した。
『まともに『普通の大魔螺旋』をぶつけるな! 質量がちがいすぎる!』
「んなこと言ったって、やるしかねーだろうが!」
トレイナが止めるも、理屈ではなくアースは動いてしまった。
「どるああああああああ!!」
ただ硬いだけではなく、重い。
「婿殿との共同作業、まさに交尾と同じなのじゃあ! 動かざること山の―――!」
ノジャもアースに続いて九つの尾を重ね合わせて絶対防御の技を。
しかし……
「ぐ、やっべぇ! けど!」
「ぬう、うざったい図体なのじゃぁ!」
重量任せに勢いを込めて叩きつけられれば、いかにアースやノジャでも重さ負けして弾かれてしまう。
『あ~……邪魔して……またまたまたまた、アース・ラガンくんがァ!』
しかし、二人が多少なりともゴドラに大して巨大な力をぶつけたことが功を奏し、街を薙ぎ払うはずだったゴドラの尻尾攻撃は軌道を上に逸らして街への破壊を食い止めた。
「ハニー、ノジャ!」
「やった、さすがアース様!」
「恐るべしだね……だけど……」
何とか防いだ。
しかし、こんなことを何度も繰り返されたらどうなる?
とてもではないがすべて防ぎきれるものではない。
「そうだ、ノジャ、お前、あのデッカイ狐の姿になれ!」
「ぬ……」
「巨大には巨大で対抗だ。お前もでっかくなって――――」
「…………嫌なのじゃ」
「……へ?」
かつてアースが対峙した巨大化け狐の姿のノジャであれば、ゴドラ相手に体格的に多少なりともぶつかれるはず。
そう思って提案したアースだったが、意外にもノジャが嫌がった。
「な、何でだよ!」
「……だって……かわいくないのじゃ」
「……は?」
「だって、あの姿を見せると、みんな……みんな……先日の鑑賞会でのわらわのアレを思い出して……嫌なのじゃぁ!」
「…………」
尻にアースの大魔螺旋を叩き込まれた「その後」の痴態(一部編集)が、今では全世界の者たちに知れ渡っている。
「おま、こんな時に何言ってんだよ! つーか、もう民はみんな非難させてるから大丈夫だよぉ!」
「そんなことないのじゃ! 避難してたって、そもそも巨大化すれば遠目から見たって分かっちゃうのじゃ!」
今ここでもう一度あの姿を見せてしまえば、どうなるのか……ジャポーネの民たちに何と言われるか……ノジャはソレが嫌だった。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない事態が次々と……
『もう邪魔邪魔ァ! そうだ、コレも起動させちゃおう! えっと……『エーアイドローン兵器』! あと、えっと、どれ? ターミニーチャンは使い物にならな……え? ナニコレ、パーツ取り込み合体機能? あはははは、もういいや、限界押すよ!』
ゴドラの中から聞こえてくるマクラの言葉が何を意味しているのか、アースたちには分からない。
だが、マクラがゴドラの中で何かをした瞬間、ゴドラの尾の『背びれと尾ひれ』部分がいくつもの数に分裂し、己の意志を持っているかのように空を飛んだのである。
「ちょ、なんかまた出た!?」
「ただ分裂しただけでは……ないのじゃ」
「っ、なんだか……アレも……」
ソレがただ分裂しただけではないことは一目瞭然。
ならばこの後どうなるのか?
さらに……
「合体機能オン」
「合体機能オン」
散らばっているターミニーチャンたち。
最初は五百はいた数も既に数はだいぶ減らしているが、残っているターミニーチャンたちの身体に、破壊されたターミニーチャンたちのパーツがまとわりついていく。
「ちょっ、なんかこっちもめんどくさそうな……」
「ぬぅ~~」
「マクラ……」
「わ、わわわ、どど、どうなるの?」
「ふむ、由々しき事態だな」
どう見てもパワーアップにしか見えない。
ゴドラに加えて空も、そしてターミニーチャンが地上を。
これは想像以上にヤバい状況ではないかと、アースもノジャも少し引きつりだした。
だが、その時だった!
「うわああ~~~ん、もう限界いいいいいい!」
「「「「「あ……」」」」」
「お兄ちゃんのカッコいいところ見たいけどぉ~、お兄ちゃんを危ない目に合わせる敵は全員許さないぃいいいいい!」
空からまるで「世界全体に響き渡る」かのような声が聞こえ……
「あ……そういや、出てこねえと思ったら……」
「ぬ? ああ、そういえば婿殿とシノブと一緒に行ってたのじゃ。何やってたのじゃ?」
「すっかり……」
「あ、あああ! そうだよ、まだこっちには……」
「お、おお、坊やの妹の――――」
天の向こうから救世主のように……
「全部ぶっとばーす! ふわふわ
世界最強の妹が現れた。
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