第454話 ●●●ってなに?

『さあ、俺を捕えてみろよ! 『大魔・アース・ミスディレクション・シャッフル』だ!』

『ちょ、ちょっと……タイムだ! はい、メガバリア!!』


 両手、両肩、両肘、両足、両膝、頭や視線、全身のあらゆる箇所でフェイント攪乱。

 実力が高いものほど翻弄されるアースのフェイントには、ヤミディレすらも舌を巻き、慌てて絶対防御のシールドを張り巡らせて、落ち着く間を求めてしまうほどに。

 それは、見ている者たちからすれば……


――あの六覇のヤミディレを手玉に取って翻弄している! アース・ラガンすごい!


 と、単純に盛り上がるような光景である。


「いんや~、あんちゃんスゲーっ! 皆、見て見て! あんちゃんのあのフットワーク、私との鬼ごっこで開発したんすよ~!」


 カクレテールでは、カルイが自分のことのように嬉しそうにハシャいでいた。

 ヤミディレVSアース。

 その戦いと結果だけはこのカクレテールの住民たちは知っているのだが、それでもどういう内容だったかまでは知らなかった。


「ふっ、自分との決勝戦では披露されなかった技か……しかも師範に通用するほどの……」

「あんなのを隠してたなんて、アースくんも人が悪いかな」

「おにーちゃん、はやい!」


 マチョウ、ツクシ、アマエだけではない。

 ヤミディレもアースもカクレテールの全住民にとって二人とも思い入れのある存在。その二人の戦いの内容を見れることに、落ち着けという方が無理だった。



「……ぬぅ……リヴァル……お前はアースのあの動きを捉えられるか?」


「……無理だ、フィアンセイ。アレは完全に……見えている世界が違い過ぎる。対策を立ててどうにかすることはできるかもしれないが、実力で捉えよと言われたら、今の俺では不可能だ」


「それだけアースは、僕たちの何倍も何十倍も、ず~っと走ってたってことだよね……僕らでは手も足も出なかった六覇のパリピと肩を並べるヤミディレ相手に……」


「確かに、私でも捕らえられる気がしませんね……」



 アースの動きに脱帽する、フィアンセイ、リヴァル、フー、そしてサディス。

 


 そして、これがある意味で「分かる者」と「まだ分からない者」たちの境界線とも言えた。



 単純に「アースすごい」としか思えないものと、「いや、これはおかしい」と感じる者たちを分けるものであった。







『こうして挑発に乗らずに一度落ち着いてしまえば……貴様の狙いも見えてくる。そうすれば、これまでの戦いの流れにも筋が通る……私としても久々の実戦で、更には生意気な小僧に激怒していたため……あやうく策略にハマる所だった……今、こうして解除したら、どうなる?』


 アースのペースで進んでいた……それはあくまでヤミディレをおちょくるような戦い方をして取り乱させ、さらに予想外の動きを繰り返すことで、ヤミディレの冷静さを奪ったうえでの話。

 しかし、ヤミディレは落ち着き、そして冷静さを取り戻したらどうなる?


「……ヤミディレが冷静になったのじゃ」

「となると……ここからが本当に純粋な勝負になるのぅ」

「……ちなみに、ポカポカと婿殿もパンチを当てていたが……ほぼダメージはないのじゃ」

「ヤミディレは魔力温存のために紋章眼やブレイクスルーとやらを解くが……それでも……」


 神妙な顔で空を見上げるノジャとミカド。

 ここからが問題と二人は分かっていた。

 

「……では御老公……お兄さんは……」

「うむ、確かにこの時点でも目を見張るほどの動きや技術を持っておる。しかし……それでもまだヤミディレには及ばぬ」


 そう、この時点でのアースの実力は、まだヤミディレにまで達していないということを。

 それを策を弄してヤミディレの魔力切れを狙っていたようだが、それも看破された。

 アースは果たしてここからどう戦うのか?

 しかし、その予想と期待を裏切るかのように、冷静になって体術を行うヤミディレは……


『貴様のフットワークは所詮、支えのしっかりした大地でなくては使用できない。砂場や泥、水場、こういったところでは、足が取られてフットワークが使えまい』

『しまっ、……足が……』


 冷静にアースの得意技を封じる。魔法で足場を変えたのだ。


『ちっ、大魔フリッカー!』

『おやおや? 強いパンチは地面を強く踏み込んで打つ……足場を悪くしたことで……遅いぞ?』


 さらに、足場の状態を変えることで、大地を踏み込んで拳を打ち出すアースには威力もスピードも落としてしまうという二重苦・三重苦。


『ぶごほっ!?』

『魔極真ニーキック……』 


 その上で、純粋な体術もまたこの時点でのアース以上のヤミディレは、悶絶するほど強烈な体術をアースに叩き込み……


『少し破壊する』

『ぐ、あがああああああああああああああああ!!??』

『これでもう邪魔なジャブは打てまい』


 見ている者たちの予想を裏切る展開であった。


「ひっ、アース様が!?」

「あ、あぁ、ハニー!」


 先ほどまでヤミディレを手玉に取って翻弄していたアースだったが、今度は打って変わってヤミディレに痛めつけられる。


「うぅ、ヤミディレのやつぅ! お兄ちゃんをぉ!」

「っ、子供たちは見ちゃダメだね」


 肘を砕かれ、関節技でアースの肩を外す。

 一瞬で立場が変わり、免疫のない者には目を覆うような凄惨なシーンであった。

 だが、「分かる者たち」からすれば、これは当然のことであった。


「当たり前なのじゃ。あの程度でヤミディレに立ち向かえばああなるのじゃ」

「むしろこれでも、アースくんを殺さぬように手心を加えておる……」


 そう、これが六覇であり、これが本来の力差なのである。

 まともに正面から戦えば、手も足も出ないのである。

 さらに、ヤミディレはそこからアースを這いつくばらせたうえで、


『まぁ、本来はここで両足をへし折って、全身を痙攣させてやってもよいが……もう、面倒なのでこのまま……絞め落としてやろうか?』


 裸締め。チョークスリーパーだ。


「っておい、完全にキマっておるのじゃ!」

「ふぉ? こうなると絶対に逃れられぬ……」

「ん? あれ、婿殿……これ、負けるのじゃ?」

「確かにこれ以上は……」


 アースを大人しくさせるために、締め落とす。そして、この態勢になれば、逃れることは不可能なのである。

 だからこそ、「分かる者たち」でさらに「結果を知らない者たち」は「ひょっとして、このまま負けてしまうのか?」、「最初のおかしな戦い方は何だったのか?」、「策は流石にもうないのか?」と反応する。


『ヤミディレ!』


 しかし、その時だった。

 今にも締め落とされるかと思われたアースが……



『あんた……てーそーたいから……●●●がハミ出てるぞ!!』


『……ほわ?』


「「「「「「ぶぼぉッッ!!??」」」」」」


「なぬ? いや、嘘なのじゃ! 目を凝らしていたが、ヤミディレのムダ毛処理は完璧なのじゃ!」



 そのアースの叫び、ヤミディレのポカンとした声には、「分かる者」も「分からない者」も一緒になって噴出した。

 ノジャ以外は。先ほどまでシリアスな顔をしていたのに、この瞬間だけはまた目の色が変わった。


「え? ねえ、ラルせんせー、マ●●がはみ出てるってなに?」

「……え……え?」

「私も分からない~、せんせー、●ン●ってなに~?」

「ひゃ、あ、えっと、あの……その……」

「せんせー、僕にもおしえて! ●●ゲってなにー!」


 そして、ただの純真無垢なエルフの子供たち。

 アースが痛めつけられているシーンなどは怯えて目を逸らしていたというのに、何故かこの瞬間の●●●という言葉に対して興味津々になり、ラルウァイフに質問。

 そして、答えられるわけがないラルは固まって汗をダラダラ流す。



「……おにーちゃん?」


「お兄さん……」


「ハ、ハニー……」


「……アース様……」



 そして、流石にこれにはエスピ、スレイヤ、シノブ、アミクスも、「しら~」っとした目でアースを……


「やめろぉぉおお、そんな目で俺を見るなぁあ! このときは必死で……」

「ひっ、必死ってお兄ちゃん、何に必死に!? 何を必死に見たの!?」

「いや、だから、こうでもしないと、ヤミディレのあの技から逃げられなかったんだよぉ!」


 そう、アースのコレはあくまでヤミディレの技から逃れるためだけのブラフである。

 そして、それに騙されたヤミディレは……



『ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?』


「「「「「ッッ!!??」」」」」



 そして、真の意味で世界が衝撃を受けたのはむしろここからであった。


「え、な、なんなのじゃ? い、今のはヤミディレなのじゃ?」

「う、うそ……ねえ、お兄ちゃん、今のってヤミディレ? え? 幻聴? 幻覚?」

「なんとも……あのヤミディレとは思えぬ可愛らしい声じゃない?」

「ワシ、こんなヤミディレ初めて……」


 ノジャ、エスピ、コジロー、ミカドたちですら聞き間違いと見間違いを疑うほど。

 暗黒の闇を纏い、威厳に満ちた伝説の住人であるヤミディレが、ウブな少女のような声を出し、真っ赤な顔をして慌てて自分のスカートを捲って、貞操帯を確認。


 白銀の貞操帯を。


 しかも……



『●●●がハミ出てるぞ!!』


『ほわ? ……ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?』



 何故かこの瞬間のこのシーンだけ、別角度のアングルからもう一回……右



『●●●がハミ出てるぞ!!』


『ほわ? ……ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?』



 更にもう一回……今度は左



『●●●がハミ出てるぞ!!』


『ほわ? ……ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?』



 更にお尻からもう一回……



『●●●がハミ出てるぞ!!』


『ほわ? ……ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?』



 更にスカートをヤミディレが捲った瞬間の「貞操帯のみ」のアップのシーンでもう一回……



『●●●がハミ出てるぞ!!』


『ほわ? ……ひゃっ!? きゃっ。え? なななな、んななああ、え?』



 最後にもう一度、ヤミディレの顔アップでもう一回。



「パリピィいいいい、なんで繰り返すんだこの野郎ぅうううう!!」



 アースもまた耐え切れずに叫ぶ。

 それは、そのシーンのみ色んな角度から6回も同じシーンが何故か流れるという無駄な編集だったのだ。


 

 世界中に



――か……かわ……い……



 この瞬間、まるで世界は一つになったかのように、世界の大半の者たちがそう思った。







「あ、あの大神官様が……あんな、純情乙女がパンチラしちゃった時みたいな声と表情を……」

「か、か……かわいいって言ったら失礼かもだけど……あんな一面……何年も一緒にいて知らなかったかな……」

「ねぇ、おねーちゃん、マ●ゲってなに? 大神官様どうしちゃったの?」


 カクレテールの教会でこれまで誰よりも一緒にヤミディレと一緒に暮らしていたシスター三姉妹も口元が思わず緩んでしまうほどのもの。


「い、いや、でも、何だろうこの気持……」

「ああ、俺ら、師範に随分とこれまでしごかれて、尊敬はしてたけど……ほら、師範は美人だけど性格キツイから……」

「今まで大神官様に女性として惚れたのは……ブロぐらいだったからなぁ」

「……で、でも、い、今の大神官様……」

「か……かわいい」

「しかも、顔を赤くして貞操帯を確認しちゃうウッカリさんなところも……」

「ヤバイ……このギャップは……」


 それは、これまでヤミディレの門下として鍛え上げられた屈強な男たちでも顔を赤らめ、何か目覚めてしまいそうになるほどの衝撃。


「あ、アースのやつ……な、なんと……か、仮にも乙女に向かって! ……そういえば我も最近は……後で風呂場で……」

「逃れるためとはいえ……ブラフだろうと俺にはできん……」

「アースったら……何でもやるんだね……そ、それだけ必死なんだろうけど」

「坊ちゃま……」


 






「……これもある意味で、ヤミディレの性格を把握していなければできないエスケープの仕方だ……」


「いや、ハクキ……あんた何をそんな無理やりなことを……」


「で、でも、アース……嘘とはいえ、ヤミディレにあんなこと言ったやつ……歴史上でもあいつだけじゃねえか? 俺でもできねえよ……こわくて」



 かつてのヤミディレの仲間であったハクキ、宿敵だったマアムとヒイロは唖然とし……






 そして……張本人は――――




「「「「「……………………………」」」」」



 とある建設現場では沈黙が続いていた。

 貞操帯は下着とは違うが、それでも普段隠されているもので、それを装着している美人を見るというのは、スケベな男たちなら本来大盛り上がりしてもおかしくなかった。


「な、なあ、ブロ……」

「しっ、静かに親方……だめだ……ぷくっ……ぷっくく……い、いまわらったらころされる」


 本来であれば、ブロも好きな女性のそんな貞操帯チラリと、可愛らしい一面を見たらガッツポーズして、建設現場の男たちと笑顔でハイタッチしていたであろう。



「………………」



 張本人がこの場に居なければ。


「え、えっと、お、おかーさん?」


 あのクロンですら、声をかけるのを躊躇ってしまうほど、禍々しい瘴気を全身から溢れ出すヤミディレに怖さを感じていた。



「……なぜ……この場面だけ……6回も……色んな角度から流す必要があった? サディスという娘の下着場面は暗転して見えなくしたというのに……下着はダメで、貞操帯は流して大丈夫と……?」



 今のヤミディレは天空世界での一件もあり、魔眼も魔力も封じられている。



「ナゼ? いや……答えは一つ……奴の単なる意味のない嫌がらせ……」



 しかしそれでも、その場にいるすべての者たちを凍り付かせるほどの怒気が滲み出ていた。



「……パリピ……臓腑を生きたまま抉り出して……必ずコロシテヤル」



 そして、ボソリとブツブツそう呟いた次の瞬間……



「ゴロ゛ジデヤ゛ル゛! 殺してやるぞぉおお、あのビチクソめがぁぁああああ!!!!」


「お、おかーさん、落ち着くのです! ●●●はお毛毛のことですよね? それなら大丈夫です! この間一緒にお風呂に入って……それにほら、アースも嘘で、それに貞操帯なら下着と違っ―――」


「ごろず! ゴロズウウウ! 殺してやるぅううう!」



 もし、ヤミディレにかつての力があれば、この建設現場は消滅していたであろうほどの怒り。

 さらにそんなヤミディレを更に煽る様に、パリピのナレーションが……



――そう、少年のその叫びは作戦


「ぬ!? パリピの語り……」


――暗黒の戦乙女のデリケートなラインからは何もハミ出ていません……しかし、出ていようと出ていなかろうと、実はその身は未だに純潔の乙女には―――


「パリピいいいいいいいいい!!??」




 クロンの声すら届かぬほど、ヤミディレは世界の果てまで怒号を飛ばした。

 そして、世界は知る。

 その女は歴史に名を残す、現時点では世界でも最高額のお尋ね者。

 しかし……



――純潔の乙女……か、かわいい……



 世界の者たちが、特にヤミディレを「犯罪者」ということでしか知らない者たちにとっては、ヤミディレに対する「印象」が変わった瞬間だった。

 






――あとがき――

お世話になります。

下記カクヨムコンに参加しております。


『段階飛ばしの異世界転移ヤンキーと利害一致のセフレたち~乙女と1Hごとにお互いLv1アップして異世界を最下層から駆け上がる』

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まだ始まったばかりとはいえ読まれな過ぎて、是非に皆さん何卒遊びにいらしてください。モチベーション上がります。


つーわけで、この流れの中でポチポチッとお願いします。

よろしくお願いします!



ってか……やーい、騙されたなぁ!!!! 今日、更新無いと思ったやろー! 

ワシもやろうと思えば書けるんだよ!


でも、明日からまた平日に戻るから連続は途切れますけど、勘弁してつかーさい。


また、 

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