第442話 工夫が足りない

 帝国の民は徐々に「飽き」が出始めていた。

 アースの物語というか、トレーニング内容が「現時点」ではあまりにも変わり映えのない地味なものがひたすら続くだけだったからだ。


「な~、ちょっと一旦家に帰るか?」

「ん~、なんか面白くねえしな」

「ほんと。仮にも勇者の息子なんだから、もっとすごいトレーニングしているのかと思えばねえ~」


 アースのトレーニングシーンが世界に公開される。

 そして、その内容は特に奇抜な儀式的なものや悪魔的な契約などをしているわけでもない、見た目は「普通」のトレーニング。

 そのため、それを流しても問題なければ、その意味の本質を理解する者は現時点ではいなかった。

 何故なら、アースのトレーニングは先ほどまで見ていた「筋トレ」、「スパーリング」、そして「ランニング」をしているだけだからである。



「あっ、俺は分かったぜ、勇者の息子に足りないものは才能だけじゃない。想像力……すなわち、鍛錬に対する工夫がないんだよ」



 そしてそのとき、帝都の一角にて「もし帝都民たちが騒ぎを起こしたりしたら取り押さえる」ために待機していた帝国騎士の部隊たちもアースの姿を眺めながら、呆れたように溜息吐いた。



「ああ。『自分はこうなりたい』っていう明確な目標と、それに対して何を伸ばしていくか、そういう考えから訓練内容を導き出せばいいってのによ、やってることは地味なことを延々と」


「ほんと。むしろ、今まで姫様やリヴァル君より劣っていた理由が分かったね。これじゃあ強くなれないさ。御前試合のように卑怯なインチキするしかないんだからよ」


「私の見立てでは、あの小僧は純粋な魔法剣における剣腕だけでなく、魔法技術が圧倒的に不足している。もっと強力な魔法の契約をしなければならないだろう」


「そうだな。もしあのガキが帝国騎士になってたら、もっとマシで効率の良い鍛錬方法を叩きこんでやってたってのによ」


「おまけに、『あんなこと』までしている場合か~?」



 街の一般の民たちだけでなく、帝国騎士たちですら勇者の息子であるアースのトレーニング内容含めて酷評するものであった。

 『あれではダメだ』と選ばれし帝国騎士たちだからこそ言える言葉である。

 そしてアースの地味なトレーニングの日々の中で、今のところ唯一変わったと見られるのは、カクレテールで知り合った同世代の男子たちへの指導が増えたぐらいである。


『オラアア!!』

『雑だぁ! ストレス解消に殴らせてんじゃねえ、相手を想定しろ!』


 力任せにサンドバックに拳を叩きつける、カクレテールの住民で、どこか荒そうな男の子のオラツキ。

 サンドバックを叩きながら声を荒げる。

 それに続くように、爽やかそうな男の子モトリアージュ、少し暗そうな男の子モブナ、そして肥満のブデオも共に汗をかく。



『おい、モトリアージュ! モブナ! ブデオ! 三人同時にスパーリングだ、かかって来い! モブナは俺の左を懸命に避けろ! モトリアージュは中距離から俺にビット級の魔法を放て。ブデオは隙を見てブチかませ!』


『『『おう!!』』』


『どうした、モブナ! たかが左手一本のスピードを落としたフリッカーだ! こんなもんかわせねえと、話にならねえ!』


『くっ、あうつ、う、ぐっ!?』


『モトリアージュ、次、雷! ダメだ、おせえ! てめえは器用に色々な属性を使えるんだ! 中途半端に強力な魔法を覚えるぐらいなら、基礎魔法の発動を瞬時に連続でできる技術を身に付けろ! 次、風!』


『つっ、ビットウインド!』


『どっすこーい、なんだな! わぷっ!?』


『ダメだ! 瞬発力が足りねえ! そんなもん、誰も当たってくれねえし、当っても大して痛くねえ! 一瞬の踏み込みと自分の全体重をかけるぶちかましを身に付けろ!』



 指導者の立場で一緒にトレーニング。

 格闘や魔法を実戦に近い形で指導し、それに四人の男の子たちも真面目に応えていく。



『はあ、はあ……おっし。こんなもんだ。後は全員、筋トレだ。どいつもこいつも基礎的な筋肉がなっちゃいねえ。教えた通り、二人一組で、片方がベンチプレスなんかしている間は、もう片方が補助をしてやれ』


『『『『おうっ!!』』』』


 

 男の子たちが真剣な理由。

 それは、彼らの同級生にして『カクレテール最強候補』と思われる『ヨーセイ』という男を超えるため。

 今より強い自分になるためである。

 自分のトレーニングの時間を割いてでも、モトリアージュたちの願いを受け入れて熱の入った指導をするアース。

 本来何も知らない者たちから見れば、それは『アースは情に熱い奴』と思われたかもしれない。

 しかし既に偏った見方しかしない帝国民からすれば……


「なんか、『自分より弱い奴』にエラそうにしちゃってさ……」

「ああ、自分が選ばれた天才たちに勝てないもんだから、自分より弱い奴見つけて指導者気取ってプライド保とうってか?」

「この様子だとさ、カクレテールの大会ってので、あのすげえ筋肉のマチョウって奴や、ヨーセイってのにも勝てないんじゃないのか?」

「おいおい、カクレテールなんて鎖国された井の中の蛙の連中に勝てない勇者の息子って……」


 そんな見方しかできなくなる。

 さらにそれだけではない。

 なんと、アースとこれまで同じ学び舎にいたアカデミーの生徒たちも……



「なあなあ、アースくん……もしこれでその大会でも負けたら……ヤバイんじゃないか?」


「そうよ! 勇者の息子でありながら、仮にも私たちと同じ帝国アカデミーの生徒が、鎖国している国の無名の人たちに負けたら……」


「ああ。帝国アカデミーの沽券にかかわるぞ!」


「え……そんなことになったら……私、卒業した後の進路はもう決まってるのに、同期ってだけで笑われちゃうんじゃ……」



 そう、彼ら彼女らは今の時点では「何も分からない」のだ。



 だが、それは無理もないことであった。


 

 この時期のアースが何を目的にし、何の意味があってこういうトレーニングをしていたのか……

 


 その意味を知っている者は、実はカクレテールにもいないのである。



「う~ん。過去の自分を振り返るって恥ずかしいな……」


「うおおおおお、はずかし~ぜ! 数か月前とはいえ、俺はスパーでもあんなへっぴり腰だったのか、恥ずかしいぜ、オラぁ!」


「うわあああ、メンタルやられるんで~」


「ぼ、ぼくはこんなに太ってたんだな……」



 モトリアージュたちは今よりもさらに未熟だった特訓初期の頃の自分たちの姿を見て、恥ずかしさに悶えていた。

 もっとも「恥ずかしい」と思えるほど、今の彼らも力が向上しているからでもある。



「いんや~、懐かしいっすね~。でも、いんでないすか? 初々しくて。あんちゃんと一緒に頑張ってるモトリアージュ先輩たち、かっこよかったっすよ~」


「うん、みんな『自分を変えたい』って、頑張り屋さんだったかな? 今では四人とも立派になったし……シスターの恋人までいるしね♪」


「ん。おにいちゃんといっしょにがんばってた」


「「「「うっ……」」」」


「「「「……♥」」」」



 そんなモトリアージュたちをからかうカルイとツクシと、素直に褒めるアマエ。そして顔を赤くするモトリアージュたちに、『四人のシスター』たちであった。

 そして、一方で……



「アースと一緒に鍛錬……か……」



 フィアンセイは充実した表情をしているモトリアージュを「羨ましい」と思うと同時に、悔いた。



「留学していたリヴァルとフーとは違い、ずっと帝国にいた我にはそんな時間たくさんあったはずなのに……アースとは模擬戦や授業で組むことはあっても……一緒にそういうことをしなかったな……」


「姫様……」


「まあ、我と一緒に鍛錬していたら何か変わったというわけでもないだろうがな……実際、アースはあれだけ強くなったわけだしな……しかし、その内容がこれほど地道な鍛錬を延々と……とは」


「……そうですね。たしかに、僕たちもこのカクレテールに来て、『明確な目標』、『イメージ』、『数値やタイム』などを意識しての筋力トレーニングとか持久力トレーニングの大切さを今まで以上に知りましたし、たぶんこの記録には出てこないでしょうけど、就寝時はヴイアールトレーニングもしていたんでしょうし……」



 もっと自分もあの時……と今になって悔やみきれない思いがこみ上げるフィアンセイに、フーも苦笑しながら頷いた。

 だが、一方で……



「しかし……それでも納得できない」


「リヴァル?」


「地道な基礎鍛錬の重要性は分かる。が、いかに夜にヴイアールでトレーニングもしていたとはいえ……これだけで、あのパリピすらも打ち倒すまでに至るとは思えない……やはり重要なのは、アースがヴイアールで何の鍛錬をしていたかが……」



 アースのやっていることの「大切さ」を理解しても、「これだけではないはず」とリヴァルは感じていた。

 もしこれだけなのだとしたら、自分も同じことをすればパリピに勝てるのか? そう問われたとき、リヴァルは頷けなかった。

 そして、それは御前試合の時からそうであった。



「御前試合でもアースは俺に対し、走り込みなどをやっていたと言っているが……それでも俺はそれだけではと……何より、『ブレイクスルー』とやらもこれだけで習得できるとは思えん」



 これだけではないはず……。とリヴァルはそう口にした。

 そのリヴァルの疑問にはフィアンセイもフーも「確かに……」と頷くものであった。

 しかし、それはアースのトレーニングの「真の目的」に辿り着いていないからである。



「確かにそうだな。『バサラ師匠』もアースが使っていた技は『ブレイクスルー』というものだと仰っていたが、習得方法までは分からないと……たしかに、それがこれのトレーニングだけで身に付くとは思えんな」


「そうですよね……っていうか、今にして思ったんですけど……なんで、アースはランニングの前にそのブレイクスルーで魔力をからにしてから走ってるんだろう……」



 そう、まだ誰も分からない。

 なぜなら、アースのこのトレーニングの日々は、単純な身体能力の向上以外に重要な目的があったからだ。



「たしかに、この頃のアースのトレーニングの意図は自分にも分からない……」


「マチョウさん」



 そんなフィアンセイたちの傍らに立ち、当時を振り返りながらマチョウが囁いた。

 そして……



「ただ、これはまだまだ序の口だ」


「序の口? どういうことです、マチョウさん」


「アースのこの頃……いや、これ以降のトレーニングは……ハッキリ言って命懸けの過酷なものへと変貌するからだ」


「「「命懸け!?」」」



 そう、カクレテールでその日々を見ていた者たち以外には、現時点ではまだ誰も分からない。



 アースがまったく水分を取っていないことを。





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