第408話 詰むところだった
俺を見ても何の反応もしないベンおじさん。
明らかに正気を失っている。
間違いない。ノジャと同じことをされている。
「ベンリナーフくん……私たちのこと……わかんないの?」
「ベンリナーフ……姿は見えなくても……身に纏う様子が明らかに違うじゃない……やられちゃった……というわけじゃない?」
変わり果てたその姿に、エスピとコジローも複雑そうな表情を浮かべている。
「おおおお、そうだ! 俺たちにはこのツエー戦力がいたんだよ!」
「ぐははははは、そうさ! きさまらと同じ七勇者の一人、大魔導士・ベンリナーフ!」
「ハクキ様に敗れ、そして今では俺らの命令を何でも聞く忠実にして最強の砲台よ!」
そして、正気を失って自分たちにとって都合の良い存在となったベンおじさんを、敵であるオーガたちが嬉しそうに笑みを浮かべて再び戦意を取り戻してやがる。
なんて悪い夢だ……
「おい、ベンリナーフ! 同胞たちがいきなりやられちまった! こいつらの手当てを!」
「……ドゥラグストーアナンデーモアルー……古代治癒魔法・マトゥキヨ」
「お、おお、お……!」
そして、ベンおじさんはオーガの指示を即座に実行。
「うおおお、すげえ! 怪我が治った!」
「へへ、あのガキに殴られた怪我が……」
「おっし、今度こそ油断しねえ! ぶっ殺してやる!」
抑揚のない声でベンおじさんは素早い詠唱と共に、辺り一帯にひれ伏しているオーガたちに魔力の光を浴びせ、その光を浴びたオーガたちは次々と傷を癒して立ち上がってやがる。
「こ、これは……馬鹿な、倒れていたオーガは百人以上はいたのだぞ? そ、それをたった一度の魔法で難なく全員治癒……だと? さすがにこれほどの魔法は小生にも無理だ」
「なんてことを……そして、なんという魔力……これがハニーの幼馴染であるフーくんの父にして、七勇者の……」
殴り込んで短時間で蹴散らしたオーガたちが再び元気になって立ち上がり、それを可能にしたベンおじさんの規格外の魔力。
確かにこれはメンドクサイことになった。
「ちっ、せっかく殴り倒したってのに……だが、何度起き上がろうとぶちのめしてやるよ!」
「その通りだ、お兄さん。それに、こんな雑兵何人何度出てこようとも、返り討ちさ!」
「でも、何回もはウザいから……ベンリナーフくんをぶっとばすしかないよ」
そう、何度も敵が回復して向かってくるなら、そうできないようにするしかない。
そのためには……
「それをやるには……オイラしかいないじゃない!」
速い!
「コジローッ!?」
群がるオーガたちをすり抜けて、俺らも今の今まで気づかなかったが、コジローがいつの間にかベンおじさんの背後まで回り込んでいる。
これは……
「峰打ち抜刀―――――」
「……風障壁・ギガリフレクトウインド」
「ッ!?」
だが、コジローの刀がベンおじさんに届く前に、ベンおじさんが高速で魔法を発動。
障壁で弾いた。
「無詠唱・メガファイヤ・メガサンダー・メガウインド」
「ちっ……燕殺法斬りッッ!!」
そして、弾いた直後にベンおじさんはコジローに向けて溜めのない中級レベルの魔法を属性バラバラで連射してきた。
一瞬で辺り一帯が熱気に包まれたかと思えば、即座に空気が痺れるほどの落雷と暴風を巻き起こす。
魔法自体は中級なのに、威力はデカく……
「あーらら……いきなり王手とはいかないじゃない……」
だけど、その魔法をすべてコジローは刀で相殺した。
「す、すげー……」
「これが人類の英雄……七勇者……」
「我ら魔王軍を打倒した……宿敵の力……」
僅か一瞬の攻防で、周りのオーガたちも呆気にとられたようにポカンとしている。
これが七勇者同士のぶつかり合い。
「コジロー!」
「お兄さんたちも、こいつはオイラに任せるじゃない! 優しいお兄さんたちには、やりにくいじゃない?」
七勇者には七勇者。
そして確かに俺もベンおじさんを殴るってのはやりにくいと思っていた。
そのためか、コジローは自らベンおじさんの前に立った。
「七勇者の中でも一番お利口さんだったお前さんと戦うなんて初めてじゃない……しかも、ハクキにやられたのか、オイラが知っているお前さんよりも魔力容量や魔法発動速度、密度が格段に上がってるじゃない? なんというか、お前さんとの初バトルがこんな形とは……悲しいじゃない?」
少し切なそうに苦笑しながら刀を構えるコジロー。
自分でやると言いながらも、やっぱり色々と感傷的になっているようだ。
だけど……
「……補助魔法・ハヤクナール・カタクナール」
「ちょっ!? って、議論もできないとか勘弁じゃない!」
今のベンおじさんはそんなこと一切構う様子もなく、一瞬の隙をついてオーガたちを補助魔法で強化しやがった。
「うおおお、ベンリナーフのやつよくやってくれるぜぇ!」
「かかかかか、漲ってきたぁ!」
「これでもう、間違っても女子供にゃ負けねえッ!!」
回復しただけじゃなく、オーガたちは全員さっきまでよりも格段に強化されやがった。
さっきよりも厄介だ。しかも半端な攻撃をしてもベンおじさんがチョイチョイ回復して来やがる。
コジローがさっさとベンおじさんをどうにかしてくれたらありがたいが、そんな甘い相手じゃねえ。
「……ふぅ……ねぇ、エスピ。これは……彼らの息の根を止めるしかないんじゃないかな?」
「確かに……お兄ちゃんの教育上、残酷なところ見せたくないけど……ね」
そのとき、普段俺に向けては絶対に言わないような冷たい声で、スレイヤとエスピが耳打ちしている。
その内容は、俺もこういう戦いのときはあまり考えないようにして、そしてできるだけ避けてきたこと。
「私は問題ないわ。ハニーは無理しなくてもいいわ」
「小生にも異存はない……たとえ相手がオーガであろうと、こやつらはただの鬼畜……アカとは違う」
そんな俺とは違い、シノブもラルウァイフも「その覚悟」はできているという様子で頷いている。
敵の息の根を止める……それはすなわち……
「敵は……」
「……こらしめる……コラシメル……」
――――――ッ!!??
「え……あ……」
そのとき、誰かの声が聞こえ、真っ先に反応したのはシノブだった。
「シノブ? ……あれ? あれは……」
それは、集落の奥から現れた、ベンおじさん同様に正気ではない目をした二人の男。
あれ? 俺もあの二人を見たことあるぞ……あれは確か……
「ケースさん……アシストさん……」
「え? あ……その名前は確か……」
そうだ、アレは確かブロと出会ったあの街で……
『やはり来たか……童……ここから先は本当の命懸けだ……一瞬も油断するな。そうでなくても……ある意味で……余にとってはハクキ以上に厄介な存在……』
そのとき、トレイナが真剣な口調で俺に耳打ちし、そして俺や皆はハッとした。
「ちょっ……あ……あれはッ! は、はは……こりゃまいったね……」
「そうか……そうきたか……ボクもこの展開は……予想外」
エスピとスレイヤも思わず苦笑している。
「そ、そんな……こんなことが……」
「……ふっ、まさかここで七勇者とはまた違う……人類の伝説を見ることになるとは……」
シノブは顔を青くし、そしてラルウァイフも引きつっている。
そう、奥から現れたケースとアシストという二人の男。その二人の男の後方からさらにもう一人……老人がゆっくりとこっちに向かってくる。
「おいおい、冗談はよして欲しいじゃない……御老公……抵抗せずに大人しく捕まったのが逆にアダに……」
ベンおじさんとドンパチやりながら、コジローも流石に笑えない様子。
「……あんたまでかよ……ミカドのジーさん!!」
「……敵ハ……コラシメル……」
ハクキが留守で肩透かし? とんでもねえよ。
御老公様が、俺たちの敵として現れやがった。
『それにしても……』
そして、震える俺の傍らで、トレイナが呟いた言葉は……
『ハクキがいなくて逆に良かったな。もしあやつまでこの場にいたら、貴様ら普通に詰んでいたぞ?』
「たしかにっ!!」
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