第387話 束の間

「まったく……何から聞けばいいのか……逆にこっちも何から話せばいいのか……色々あり過ぎて困るじゃない……でも、それでもまずは……」


 戦いを終え、大人しくなったノジャにしがみ付かれている俺に、苦笑しながらあいつが近づいてきた。

 盲目でありながらもしっかりとした足取りで、それでいて俺のことをちゃんと分かっている様子だ。


「あの時……ウィーンズの街で出会ったお兄さん……本当に久しぶりじゃない♪」


 そう言われて俺はチラッとエスピを見ると小さく頷いいてきた。

 どうやら、もうそのことは確認済みのようだ。


「ああ。あんたも久しぶりだな、コジロー」

「また会えて嬉しいじゃない」

 

 だから俺も隠すことなく応えた。


「俺……あんときのあんたとの約束を守れなかった……エスピを……」

「ん~? 何言ってるじゃない? 今のエスピ嬢、久しぶりに会ったけど全然不幸そうに感じないじゃない」

「……あ~、それは……」

「むしろ、お兄さんと一緒にいるエスピ嬢を感じて……ああ……命を懸けて共に戦ったとはいえ、『オイラたち』じゃダメだったんだなって、改めて実感させられたじゃない」

「コジロー……」

「本当に生きていてくれて……そして、オイラもまた会えて嬉しいじゃない!」


 そう言って軽く拳を突き出してきたコジローに、俺もコツンと当てた。

 何だかこいつとは過去の世界で少ししか会わなかったんだけど、全然悪い印象は無くて、俺も素直に応えられた。


「コホン……コジロー……彼はそなたの知り合いでござったのか?」

「そうやったん?」


 そんな俺たちのやり取りを見ながら、黒頭巾の男、そしてカゲロウ、さらには何かそのお仲間っぽい忍者たちが数十人出てきた。



「ああ。旦那や姐さんも知っての通り、こっちはオイラと同じ七勇者のエスピ……そして、このお兄さんはそのエスピ嬢が幼いころから兄と慕っている男よ」


「七勇者エスピ殿の兄……!? いや、待つでござる、コジロー。その青年……どう見てもエスピ殿よりも年下に……何よりもその服……思い出したでござる。確か、帝国アカデミーの制服でござるな」


「せやな~、ウチも気になっとったんよ。ただ「お兄ちゃん」って呼んどるだけかと思ったら、本当の兄のように接しとったから……それはどういうことなん?」



 その疑問は事情を知らない他人から見れば当然のこと。

 そして、それはコジローも同じだったのか、真剣な顔して頷いた。


「オイラもそれは気になったじゃない。オイラが感じるお兄さんの肉体……力はあのときよりも向上しているが、肉体年齢が変わってないように感じるのは……十数年経っているのにどういうことじゃない? まさか魔族や亜人ってわけでもないのに……てか、お兄さんって帝国アカデミーの制服着てたんだ……」


 そして、その疑問に答えるには何もかも全部を話す必要がある。

 それこそ、俺の名前や正体やら、俺が過去の時代に行ったことも全部。


「そうだな。まぁ、あんたにはエスピも……そして、この土地のことでも色々と世話になったみたいだし、話した方がいいかもしんねーな……ただ……」


 ただ、それを話す前に……


「くんくんすーはーすーはー。くぅん、ぺろぺろ、ちゅっちゅっ、ぎゅ~♡」

「ええい、くんかくんかすんな! ぺろぺろすんな! 首とかにちゅっちゅしてくんな! 抱き着くな、離れろ!」


 まずはさっきから放置していたがそろそろこいつにも触れなくてはならない。


「あ~……そりゃそうじゃない」

「そうだよ、ノジャ! いい加減にお兄ちゃんから離れてよ!」


 屈服した六覇に懐かれているこの状態。

 コジローもエスピも他の連中も皆納得したように頷いた。


「ノジャ! これはどういうことなの!? 落ち着いたならちゃんと説明して! お兄ちゃんに抱っこされるとか、そんなの私とスレ……ううん、私だけの特権だし!」

「くぅ~ん……しゅりしゅり」

「スリスリもダメ! っていうか、お兄ちゃんから離れてよ! ちゃんと喋ってよ!」

「ふしゃー! ぐるるるる~、ふしゃー!」

「あっ、こいつ! や、やるんならやるよ!」


 俺にしがみ付いて離れない狐……いや、もはや猫みたいにゴロゴロ甘えてきて、それを引き剥がそうとするエスピには牙を剥き出しにして威嚇するノジャ。

 おかしい。なんでこんなことになってんだ?


「んもう、ノジャがおかしい状態のままからもっとおかしくなっちゃったよ! どうする? 本当に二~三発ぐらいぶん殴っちゃう?」

「いや、待てよエスピ。俺もどうにかしたいが、この状況でもう一度暴れられてもヤダし……」

「お兄ちゃんは甘いよ! ちゃんと躾られないなら、飼っちゃダメだよ!」

「飼わねえよ! ペットか!?」


 ノジャは洗脳されて正気を失っている。そして、俺に敗北を認めて屈服したものの、正気は戻らないまま。

 言葉も喋らず、野生を失ったただ愛玩動物のようにゴロゴロ甘えてくる。


『トレイナ……どうすればいい?』

『まぁ……恐らく脳を……うぅむ……魔法ではない……催眠術の類でもない……ただ、脳に何か埋め込まれているように感じる……ただ、余もそれ以上のことは分からぬ』

「え……の、脳?」


 まだ詳しく見たわけではないのでトレイナもこの状況が分からないようだが、その『何かが埋め込まれている』という言葉が予想外で、俺は思わず口に出してしまった。

 すると……


「のう? 脳? どういうこと? お兄さん」


 族長が俺の呟きに反応した。


「え、あ、いや……なんかノジャのこの状態……魔法とかには見えないし……何か脳にでも埋め込まれてるんじゃないかな~とかって……」

「脳に……埋め込まれる……あ……」

「ん? 族長?」

「脳に……うそ……まさか……ねぇ……いや、でも……」


 そして、何か族長は心当たりがあるのか、少し考えた様子を見せながら、俺の胸にしがみ付いているノジャに近寄り……


「あ~、こんにちは、ノジャさん。少しお話いい?」

「グル? う~~、がう、う、がうう!」

「ん? なになに? 私はこの人のつがいになるの……はいはい……邪魔したら噛む? はいはい、邪魔しない邪魔しない。交尾? あとにしなさい」

「ぐる? がる? こんこん」

「うん、ちょっとお話聞くだけ……まず、君に何があったか教えてくれる?」


 あっ、そうか。族長は動物と会話することができるんだ。

 だから、人の言葉を話さない状態のノジャとも意思疎通ができると……交尾?


「いや、今気づいたけど、彼は誰? エスピ嬢とお兄さんの仲間?」

「……しかも……エルフ族か……某も初めて目にしたでござる……」

「そういえば、ウチも聞いてへんかった……」


 そして、族長の存在に今気づいたコジローたち。

 相変わらず族長は……あっ、なんか族長もショック受けたのか少し落ち込んでる。

 でも、一応ノジャと話を続けて……


「あ~……やっぱりこの人……この子? いずれにせよ、このノジャちゃんは自分のことが誰なのか何も分かってない状態みたいだね。ただ、命令されて森に居る敵を殺さなきゃって思ったみたいで……」


 自分のことが分かっていない? 

 なんか、正気云々の話じゃないことに俺たちはざわついた。



「一応今はもうイイ子にしますって感じになってるけど……うん……まぁ、確かに……脳に『寄生型機械虫』でも埋め込まれて……弄られてるね……エグイことするよ……ほんと、古代の胸糞アイテムを……」


「き、きせーがた?」


「ただ、あの虫は元々人間向けに作られたもので、人間とは体の構造が違う魔族に埋め込まれても本領は発揮できないんじゃないかな? 不安定になるとか……たぶん放っておけば虫も死んで、この子も元に戻ると思うよ? どれぐらいで戻るかは分からないけど……」


「えっと、よく分からねえけど……そうなのか? ノジャは助かるのか?」


「うん。『人間相手だったらもっとヤバかったけどね。命令何でも聞いちゃう上に、力も制御どころか潜在的な力まで解放しちゃう』みたいな感じになっちゃうから……」



 まさか、ノジャにそんなものが埋め込まれたなんて。

 洗脳ってだけで聞いてて気分悪い言葉なのに、脳に埋め込む? 寄生型? 虫?


「ったく、一体誰がこんなことを……」


 それは、この場に居た誰もが思ったことだ。

 そして……



「まっ、あいつらに聞けばわかるんじゃない? お兄ちゃん」



 その答えは、ノジャと一緒に森の外で待ち構えていた連中が知っているはずだと、エスピはその方角を睨みつけた。

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