第374話 もう止められない

「あの輝く月に眠るカグヤ様も、ルーツは俺と同じ……」


「は?」


『ッ!?』



 俺の隣に腰を下ろした族長が、満月を見ながら唐突に呟いた。

 遠くを見るような……手の届かないものを切なそうな表情で……



「この世界は多種多様な生物が独自の進化を遂げていた。特に魔界の魔族は異種族同士で交配して混血種……または新種が生まれたりと、実に興味深かったんだろうね、古代の連中には。やがて自分たちも異なる遺伝子の掛け合わせで新たな種を生み出せないかと研究を重ね……」


「族長……」


「でもね、ヒト種の品種改良がいきなりうまくいくわけじゃない……何十何百の実験過程で多くの遺伝子や細胞の不適合や拒否反応……失敗作は処分され続け……そんな血の犠牲の果てに……俺が造られたり……天空族が造られたり……カグヤ様が生まれたり……」



 族長は俺に教えているんだ。

 昼間に俺が聞いた「族長って何者?」の問いに対する答え。

 ただ……


「彼らの元居た世界ではできなかったらしい研究……法だとか人権だとか倫理だとか色々あったけど……当時この世界まで取り締まる法は彼らにも無かったから……やりたい放題だよ」


 それは俺なんかの想像じゃ及ばない世界。


「俺はそこから逃げ出した。俺は彼らの知的好奇心を満たすためだけに生まれてきたわけじゃないんだと……抗いたかった……だから、時を越えて……彼らも俺一人のためにハイリスクを犯してまで追いかけては来なかったから……」


 族長もたぶん、俺が理解できると思って説明しているわけじゃないんだと思う。

 一応聞かれたから答える……みたいな感じで淡々と……

 でも……


「ただ……話を整理すると、ようするに……あの地下遺跡を利用していた古代人たちは……ヒトを人工的に生み出せた……天空族も……伝説の女勇者カグヤも……そして、族長もその一人だと?」


 俺も意外と冷静に族長の説明を理解できた。

 それは、実際に『作られたヒト』ってのを、俺も一人知っているからだ。



「……へぇ~、意外とちゃんと整理できてるね。まぁ、大まかに言うとそんな感じかな。だから、俺は本来この時代……そして十数年前にお兄さんと会った頃よりも、はるか昔……気の遠くなるようなずっと昔からやってきたんだ。お兄さんと同じアイテムを使ってね」


「そうか……だからアレの使い方も何もかも……あんたは分かっていたんだな」


「うん。神様気取りで命を作ったり処分したり改造したり……そんな連中の世界から逃げたかった……古代人……始祖の民……いや、違うか……星の外からやってきた外来種たちから」



 族長も少し驚いたように笑った。案の定、俺が理解できないと思っていたようだ。

 確かに、いきなり言われたら俺も混乱しただろう。

 でも、俺は既に……

 

「まぁ、それっぽいこと族長は過去にも言ってたし……それに……」

「ん?」

「一人……知ってるから……俺の友達で……あの遺跡の技術を使って作られた女の子を一人……」

「なに? マジで?」

「ああ。魔王軍の六覇の一人がな……紋章眼を持ってた奴が、あの遺跡の力を使って……」


 クロンのことが頭を過った。


「……そうなんだ……研究所の表層部分だと、基本的なクローン技術とかそういうのだけど……そうか……で、その子は今どうしてるの?」

「母親と兄貴分とカバと一緒に世界を旅してるよ。楽しくしてりゃいいんだけどな」

「へぇ……そうなんだ。それなら良かった」

「ああ……何よりもあいつは……天然でポワポワしてるけど……深く考えたりしないで……人を好きになることをためらわず……いつも笑ってた……そんなヘビーな出生を感じさせないぐらいにな」


 クロン、ヤミディレ、ブロ、そしてヒルア。今頃どこで何してるんだろうな? 

 まぁ、あいつらなら何の心配もいらないだろうけど、思い出したら会いたくもなる。


「……お兄さん……」

「ん?」


 一瞬、クロンたちのことを想って俺が満月を見つめていたら、族長は急に眼を細めて……



「お兄さん……その女の子のこと好きなんじゃないの?」


「…………ふぁ?」



 ――ガサガサガサガサ!!??


「「…………」」


 不意打ちのような質問で俺が思わず戸惑うと同時に、後ろの茂みから猫の気配を感じた……三人ぐらい……きっと胸の大きな猫と、その猫に付き添うお姉ちゃん猫とお兄ちゃん猫が隠れてるんだろうな……


「……ま、この話は無しということで」

「おお、そ、そうだな」


 物凄い興味津々な空気が後ろから伝わってくるが、流石に俺も嫌だし、族長も危険と察したのか話題を打ち止めにする。

 俺もここ数日恋バナで散々弄られていたこともあったので、とにかく話題を変えようとして……



「あ、ああ、そうそう……で、肝心の古代人ってのは結局どうなったんだ?」


「ん? それは知らない」


「し、知らない?」


「何光年も遠く離れた青い星……いや、自分たちの世界に帰ったのか……滅んだか……いずれにせよ、元々この世界の空気環境は彼らには合わなかったから、地上も魔界も自由に出歩けなかっただろうしね……その環境に適用できるように彼らが作ったカグヤ様も……その子孫が居たと思われるシソノータミも滅んだしね……」



 この世界? なんだか、その指し示す世界っていうのは、魔界とか地上とか天空とか、そういうものじゃない、もっと根本的に違う世界って言っているような気がする。

 そういや、星の外とか言ってたし……

 珍しくトレイナも真剣な顔して聞いてるし……これって歴史の裏に隠された超重大なことを俺は聞かされてるんだよな?



「遺跡となっている研究所……表層のエリアのものは既に人類や魔族が調査したり触れたりしてるけど、最深部はマスターキーを持っているお兄さんにしか到達できない……だからこそ、お兄さんはやろうと思えば好きなようにできる。時を越えるだけじゃない……新種の生命を作ることもね……それこそ……この世界を滅ぼしたいというのならば禁断と英知の力もあるしね……」


「冗談だろ。やらねぇよ。そんな胸糞悪いこと……何が楽しいんだよ」


「ははは、お兄さんならそう言うと思っていたよ……でも、ようするにお兄さんの自由ってことさ」



 そう言って、族長は伸びをしながら立ち上がった。



「俺はラガーンマンの冒険の続編を見させてもらう。いや……ラガーンマンたちの冒険……かな? どこまで行くのか……その姿を……ノンビリ眺めさせてもらうよ」


「族長……」


「大事な娘の成長を眺めながら、お兄さんたちの行く末を観察して、それを本にして、悠々自適に暮らすのが、今の、そしてこれからの俺の生きがいだからね。だから、お兄さんは止まらず好きな所に行くんだね」



 話すべきことは話したという感じで、族長はそのまま背を向けて集落に戻ろうとしている。

 そして最後に……


「もう、お兄さんとエスピとスレイヤの冒険は誰にも止められないんだから。お兄さんたちも、後悔しないように楽しんでね」

 

 まるでエールのように、そう言って族長は俺の背中を押してくれたような気がした。


「へへ、もう誰にも止められない……か。なんか……やる気出てきたな。今日はさっさと寝て、トレーニングしようぜ、トレイナ! みっちりとな!」


 何だか嬉しくて、これからがどんどん楽しみになってきて、俺は興奮して傍らのトレイナにそう言った。

 すると……


『後悔しないように楽しんで……か……ふっ、……そうだな……童。さっさと寝ろ。今日のトレーニングだ!』


 色々と思い悩んでいたと思われるトレイナだったが、どこかスッキリした顔で笑って頷き返してくれた。

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