第371話 厄介なこと
過去と行き来することができるアイテム……って言ってもそう簡単には信じてもらえないだろう。
だが、これは現実。
「そんな……その、信じられねえけど……じゃぁ、あんたがあのときの……」
「あのときのお兄さんなんだな!」
信じられない話でも、信じるしかない状況で、エルフの皆は驚きと同時にその表情がどんどん明るく笑みが浮かんでいく。
そして……
「あんたねええええ!」
「うおっ!?」
奥さんが急に大声を上げて俺の両肩を掴んできた。
「私たちに……私たちをあれだけ助けてくれて、この土地に住めるのも、今こうして生きているのも、全部あんたのおかげなのに……私たちにお礼の一つも言わせずに十数年もなにやってたのよぉぉ!」
「いや、だ、だから、俺は過去に飛んで、こうして現代に帰ってきたわけで、この十数年は――」
「言い訳してんじゃないわよ、あ~~、もう! もうもうもうもうもう!」
怒られてしまっているのかよく分からないが、奥さんは大声を上げて俺の胸をポカポカ叩いてきた。
「エスピ! スレイヤ! っていうか、ラル! そして、あなた! 今日、こいつが来るって知ってたの!?」
「いや、だから近々二人がお客さん連れて来るって……」
「それでもちゃんと説明しときなさいよ! こいつが来るって分かってたら……来るってわかってたら……エルフの誇りにかけて盛大にオモテナシやら恩返しやら、感謝の宴とか……いっぱいやんなきゃダメじゃないのよ!」
そう言って奥さんは急に慌ただしく腕まくりした。その奥さんの言葉に他のエルフたちもハッとしたようにうなずき合っている。
「そ、そうだ! まずは今夜は集落全体で盛大な宴を開かねえと!」
「まったくよ! あ~、今から急いで準備よ!」
「よし、俺、櫓の準備をしてくる!」
「とっておきの肉を用意しろ!」
「自慢の野菜を今日は存分にふるまうぞ!」
俺はその光景を見て、少しポカンと呆けてしまった。
ってきり、色々と質問攻めに合うのかと思ったけど、そんなことはなく全員がいきなり慌ただしく散り散りになって動き出した。
「みんなさ……お兄ちゃんに……本当に感謝してるんだよ?」
「うん。お兄さんは……みんなの英雄だから……」
「え?!」
ポカンとする俺の傍らで、エスピとスレイヤが微笑みながら俺にそう耳打ちしてきた。
その言葉で更に俺はポカンとしてしまった。
俺が、英雄? アミクスもラガーンマンやタピル・バエルをそんな風に言ってたけど、やっぱそれは大げさすぎないか? 流石に恥ずかしくなってくる。
「別にあの時は俺一人じゃねえだろ? ハクキが現れたとき、エスピもスレイヤも抵抗したし……ラルウァイフの転移魔法が無ければ逃げられなかったし……なにより、最後に皆の命を救ったのは……アオニーじゃねえかよ」
「それでもだよ。お兄ちゃんは私たち以外にはお別れも言わず、お礼も言わせずに帰っちゃったんだから……みんな、すっごい怒ってたんだからね?」
「だから、十数年分も込めて……お兄さんもちゃんと受け止めてあげてよ」
何も言わず、何も言わせず……その言葉が何だか心に重くのしかかった。
そういや、エルフの皆にだけじゃなく……家出した頃からそうやって逃げ回ってたな……俺は。
それなのに、気付けば英雄か……
『皮肉ではなく、それだけのことをしたということでよいだろう』
『トレイナ?』
『魔王軍の屈強な軍団と戦い……守り……六覇とも堂々と渡り合ったのだ……本来、貴様の功績は誇張なしで歴史の教科書に載ってもおかしくはないのだ。たとえそれが貴様一人の力でなかったとしてもだ』
トレイナにそう言われると、恥ずかしくもあるが、誇らしくも感じた。
そう言われるなら……
「わーったよ。ありがたく、歓迎されるよ」
「「うん!」」
だったら、素直に受け取ろうと、俺は観念して頷いた。
すると、その時だった。
「あ、あの! アースくん!」
「ん?」
「「「「あっ……」」」」
なんか、ちょっと土汚れが見えたり、せっかくの綺麗な髪に蜘蛛の巣がついていたりな猫……じゃなかった、アミクスがかなり興奮やら混乱やらの様子で出てきた。
アミクスの様子を見るや否や、族長も含めてみんなが「あっ」と反応して……
「あ、あの、私……まだよく分かってはいないけど、でも、アースくんが……ラガーンマン本人で、タピル・バエル様で……アースくんが……ううん、アース様が……」
「あ、アース様ぁ?」
かなり混乱しているようで目がグルグル回っているアミクス。
確かに、情報が一気に入り過ぎて整理できてないのかもしれない。
でも、アミクスは急にハッとしたように俺の目の前で正座し、そしていきなり頭を下げだした。
「ちょ、アミクス!?」
「ご、ごめんなさい、アース様! わ、私、そんなこと全然知らないのに、アース様が私の小さい頃から憧れていたヒーローっていうだけじゃなくて、私たちエルフをお救い下さった大恩あるタピル・バエル様だなんて知りもせず、森の中では私なんかを助けるためにハンターたちから守ってくださり、それどころか私はオッパイ触られたぐらいで怒って……それなのに私は身の程知らずにもお付き合いしたいなんて思ったりとか、本当にごめんなさい!!」
「ばっ、おまっ!?」
額を何度も床に擦りつけながら、訳の分からない謝罪を述べるアミクスだが、流石に今の話まずい。今のはマズイ! だって……
「え? おっぱい……触った? おにいちゃん?」
「……お、おにいさん?」
「……ふぅ……アース・ラガン……貴様というやつは……」
「……オッパイ? え? お兄さんなんだって? 俺の娘のオッパイが、ナンダッテ?」
そりゃ、こうなっちゃうよな!?
エスピとスレイヤにとっては妹分で、ラルウァイフにとってはカワイイ教え子で、族長の大事な娘なわけだからな!
「ち、違う違う! 触ったというより、ほら、事故でぶつかった際に触れてしまったというか……」
「あ、そうだよ、姉さん、兄さん、先生、お父さん! アース様は何も悪くないし、全然エッチな人とかそういうのじゃないんだよ? 事故だもん……確かにオッパイとスカートの中とかにお顔を……だけど、私は全然もう気にしてないし、それに……アース様が相手なら全然――――」
「「「「はっ!!?? スカートの中ッ!!??」」」」
「だからぁぁぁあ!! それも事故であって……」
「お兄ちゃん!? お兄ちゃんはそんなこと全然言ってなかったよ!? 内緒にしてたの!?」
「お兄さん……ノジャとはまた別に……厄介なことを……」
「確かにノジャ様とは別に、これはこれで責任問題だと思うが……」
「オニイサン?」
「族長ごめんなさい! でも、本当にワザとじゃないんだ!」
「あっ……でもそっか……私……アース様に……ラガーンマンに……タピル・バエル様に……私の体を…………えへへ」
頭抱えるエスピとスレイヤに、呆れた様子のラルウァイフに、もう瞳孔が開いてしまっている族長。
一方でアミクスは顔を赤くした乙女の表情で「いやいやん」と自身の両頬に手を添えて体を振ってる。
『やれやれ、話がまた脇道に……』
そして、トレイナも溜息を吐いている。
『トレイナ……どうしよう?』
『とにかく話を戻せ。族長の正体やら……あと、スレイヤの話についてを』
『そ、そうだよな! うん、それだよな!』
とにかくこのままではいけない。
一応エスピとスレイヤとラルウァイフは「仕方ないな~」って感じだけど、族長は何をしでかすか分からないほどブツブツ言ってる。
「そ、そういや、スレイヤ! さっきの話は何だったんだ? ほら、ハンターがどうとか……ほら、な? 族長も聞こうよ、大事な話だと思うしよ!」
「「「あっ、誤魔化した」」」
「ご、誤魔化してない」
誤魔化してるけど。
「まぁ、話ってのは……まぁ、あのハンターたちは『シテナイ』という男のお抱えのハンターだったようで……」
「え? スレイヤ君、それって本当?」
「ぬっ……そ奴の息がかかった連中が近場に居たのか?」
「ふぁ……あ……ああ……そうなんだ……」
って、俺が話をもう一度元に戻し、そしてスレイヤが話し出したこと。
例のハンターたちについてだが、どうやらただの不法侵入したチンピラのハンターってわけじゃなさそうだ。
そして、エスピもちょっと驚いた様子で、ラルウァイフも、そして族長もハッとして正気に戻った様子。
なんだ?
『童、その名前……たしか……』
『ああ』
そして、スレイヤが口にした『シテナイ』という言葉。
それは森の中で……
――なんてこっ……た……てめ、が……『シテナイ様』が……探して、いた……
確かにあのハンターたちはそう言っていた。
「そういや、シテナイがどうとかって、あいつら言ってたな……俺が名を名乗ったら、シテナイ様とやらが俺を探しているとか……全然聞いたことないけど、有名なのか?」
「え!? ……もう……お兄さん、そういうことは最初に教えてよね。まったく……っていうか、……シテナイは何でお兄さんを?」
「さぁ? ……で? そのシテナイって誰なんだ?」
俺も聞いたことなければ、トレイナも聞いたことなかった。
だけど、皆の様子を見る限り、なんかそれなりに有名……そして、あまりよろしくない人物のようだな。
一体……
「お兄さんが知らなくても無理はないよ。表の世界ではあまり有名じゃない……むしろ、裏の方がね……アンダーグラウンドというか……そこで、現在ちょっと名前が売れ出している商人でね……」
「裏? 商人?」
「うん。色々と悪い商売をしているようで……武器……マジックアイテム……人身売買とか……」
「ッ!?」
「その商売の用心棒にハンターを雇ったり、最近ではジャポーネで職を失った侍戦士や忍者戦士などを引き込んだりしているとか……」
裏やらアンダーグラウンドやらの世界の話。
堅気ではない世界の住人。
そして……
「コジローがちょっと頭を抱えていて、現在色々とその男の調査しているところだって、この間言ってたよ? お兄ちゃん」
「……コジローが?」
――あとがき――
お世話になっております! さぁ、この土日! WEB版だけじゃなくて書籍もコミックスも楽しんでくださいな!
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