第七章

第307話 幕間(擦れていた子供)

 人間なんて弱くてバカばかり。

 天才のボクにはそれが普通の感覚だった。

 


――スレイヤを追放しろ


――魔法学校に入れようとしたら、あいつとんでもない魔力だ。既に将来の幹部候補生とのことだ。妾の息子のくせに


――死んだ妾の子供……哀れに思い引き取ってやったが、あいつは危険だ


――妾の息子の分際で、いずれ旦那様さまたちの地位を脅かそうとするでしょう


――ああ。あいつのワシらを見下すような目が気に食わん



 多少は思い出せるけど、もう切り捨てたどうでもいいボクの過去。

 権力や地位などと、ボクにとっては無価値なものに執着するような人間……いや、肥えたブタたちとの関わりを持つのが嫌になった。


 ボクは生まれたときから一人だった。

 

 でも、ボクは一人でも生きていける。


 だからこそ、ボクはどこにでも自由に行くことが出来る。


 そのことにボクが気付いた瞬間、ボクはさっさとそれまでの過去を切り捨てた。



――君が天才スレイヤか。どうだろうか。その力を連合軍に貸してもらえないだろうか?


――スレイヤくんってのはお前か! どうでい? 俺らと冒険者パーティーを組まねえか?


――ほっほっほ、天才スレイヤくん。どうじゃろ? ワシが君のスポンサーになる代わりに、君はワシ直属のハンターにならぬか?


――まだ子供だから分からないだろう? 金の管理とか、クエストのコツとか教えてやるぜ~。だから代わりに―――



 でも、自由に生きようとしたら、今度はボク自身を利用しようとするブタたちが群がってきた。

 ボクのことを好きでもないくせに、言葉だけのおべんちゃらを吐いて、ボクを取り込もうとする。

 吐き気がするほど気持ち悪かった。


 誰の子供だとかでボクを嫌いになったかと思えば、ボクが名声を上げたら掌を返したようにすり寄ってくる連中。


 不愉快だ。消え失せろ。ボクにまとわりつくな。ボクの人生に関わるな。

 ボクは一人で生きていく。

 これからもずっと……そう思っていた……はずなのに……


「よっしゃ、スレイヤ。そろそろライスが炊けてるんじゃねぇか?」

「うん。おいしく炊けてるよ、お兄さん。ほら、ボクはハンターとしてキャンプ経験豊富だからね」

「おお、大したもんだぜ。俺もまだ慣れてねぇから助かったよ」


 子ども扱いしてボクの頭をクシャクシャ撫でてくるお兄さん。

 純粋にボクを褒めて、二ッと笑顔を向けてくる。

 いつものボクなら、そういうのをウザったいと思っていたのに……


「う……うん」


 て、照れちゃう……ちょっと嬉しいと思っちゃう……なんで?


「むぅぅ~……お兄ちゃん! 私、川でお魚とかいっぱい獲ってきたんだよ?」

「ああ、エスピもいーこいーこ」

「……にへらぁ~♪」


 一方で、エスピが……というか、七勇者のエスピっていうのは驚いたけど、その子の力以外は本当に幼い子供で、ボクがお兄さんに褒められたりすると、嫉妬で対抗意識を燃やしてくる。

 むぅ……ボクの方がすごいのに、ボクと同じぐらい褒められているのはムカつくけど……

 

「お兄さん、デザートも食べたいよね? ボク、果物かなにか探してくるよ」

「むぅ! お兄ちゃん、私の方が早く探せるから、私が行ってくるね」

「邪魔をしないで子供は子供らしく待ってればいいよ」

「そっちが待ってればいいの!」

「ボクの方が経験豊富だし、お兄さんもボクの方が役に立つと思ってくれる」

「違うもん、私だもん! 私だって戦争してたときはキャンプしたもん」


 大体、七勇者だから強いのは認めるけど……ボクの方がすごいし……ボクの方がお兄さんの役に立てるし……まったく、これだから子供は……


「お前ら~、仲良くしろよぉ~」


 そういえば、お兄さんとエスピの二人がどういう関係や経緯で一緒に旅をしているかは分からないけど、お兄さんも大変だな。ボクのように大人で頭も良くて優秀なパートナーならまだしも、こんなワガママな女の子が一緒だなんて。

 一方で……


「ったく、じゃあメシ食ったら二人で行って来いよ。今は出来立てを楽しもうぜ?」

「「むぅ……」」


 お兄さんはエスピ同様にボクのことも子供扱いする。それがちょっとムッとする。

 確かにお兄さんは強いし、なんか色々と経験ありそうだし、カッコイイし。

 生まれて初めて力の差を見せつけられたし、だから成長のために弟子になろうとも思った。


――言ったろ? 俺はただ、お前がどういう奴なのか知りたかった。そのうえでついでに俺のことを多少なりとも知ってもらえればそれでよかっただけだ


 船で鬼ごっこしたときは見下されたりバカにされたような気がしてイライラしたけど、今はちょっとエラそうにされても仕方ないと思う。

 でも……なんか、エスピと同等扱いされるのはムッとするな……


「おい、スレイヤ、エスピ、皿にライスを盛ってくれ」

「はーい! カ~リ~♪ カ~リ~♪」

「うん。そういえばお兄さんがずっと煮込んでたそれ……え? それをライスにかけるの? 飲むんじゃなくて?」

「くはははは、飲み物か~、でもあながち間違いじゃねえ。病みつきになったら飲むようにガブガブいっちまう」

「んふ~、でもスレイヤくんは子供だし、辛くてダメだと思うな~♪」

「む? 辛いかどうかは分からないけど、エスピが大丈夫なものをボクがダメなわけがない!」


 そんな中、ようやくできた夕食。


「これが、カリーだ。ほれ、ライスにトロトロトロ~っと」

「わ、あ、お、わぁ」


 鍋でお兄さんがずっと煮込んでいたスープのようなもの……蓋を開けた瞬間、独特な色が少し気になるも、それにも増して鼻を刺激する食をそそる香り!

 なんだろう、コレ……初めてだ……これをライスにかけて食べるのか……


「ほら、エスピも」

「んふ~♪」


 そしてボクと争っていたのに、食事が出来た瞬間に鼻歌交じりでご機嫌に戻るエスピ。

 それほどまでにこれが好きなのか?



「よしと、これで準備完了! んじゃ、今日は三人よくやって、そして無事に乗り切り、スレイヤの歓迎も込めて……いただきます!」


「いただきます!」


「え、あ、い、いただきます……」



 三人で輪になって地べたに座って「いただきます」を言う。

 そういえば、食事で「いただきます」って口にしたのはいつ以来だろう?

 そもそも誰かと一緒にご飯を食べるのも……


「っ。か、からっ!?」


 って、こ、このカリー! 口の中に入れた瞬間、舌に痺れが! か、辛い!


「くははは、ま、初っ端はそうなるか」

「にひ~♪ お子様~」


 予想以上の刺激で、一瞬で全身の毛穴からブワッと汗が出る。

 普段キャンプしてても、味付けはあまり気にせず、獣の肉を焼くぐらいだからこんなの初めてだった。

 なのに……


「……ぱく……っ、から……ぱく……ぱくぱくぱく」


 なのに……手が止まらない! ライスとこのカリーというものが混ざり合った謎の物体。

 ジューシーな肉と一緒に、甘みのある柔らかくなった野菜が、味を変化させている。

 ちょっと最初は色が「うっ」となったし、おまけに辛い。普通なら苦手だと感じてしまう。

 なのに、もっと食べてしまう。あれ?


「おかわりいるか~?」

「あ……」


 あれ? お皿が空に……あれ? 食べた? ううん。なんか、飲み干したような感覚で、気付いたら全部食べてしまっていた。

 

「おかわりいっぱいあるからよ、ちなみに俺もおかわり食う!」

「あー、お兄ちゃんもスレイヤ君も早い! 私もおかわり食べるしー! パクバクバクバク!」

「エスピ~、慌てるなよ」

「だって、全部食べられちゃうもん!」


 というか、ボク、人前でバクバク品なく食べてしまっていたんじゃ……でも……いいのかな?

 お兄さんもエスピもそうやってるし……それが……なんだろう……見ていて品が無いとは思わない。

 不思議だ……


「うめーだろ、スレイヤ」

「あ……う、うん……お、おいしかったよ……」


 確かに、初めて食べたけど……おいしい。


「だろ~♪」


 そして、嬉しそうにどこか誇らしげに笑うお兄さん。

 六覇と対抗できる力を持ち、ボクを掌で遊ぶぐらい強く、かっこよくて、優しくて、そして色んなことを知ってる。


「ねぇ、お兄さん」

「ん?」

「弟子の話だけど……」


 ボクも、お兄さんから学べば、もっと強く、もっと自由に一人で生きていける。

 改めてそう思った。

 だからこそ、やはり弟子にしてもらえないかと思った。

 でも、お兄さんは……


「言ったろ? 俺もまだまだ未熟で師匠なんて立場にゃなれねーって」

「でも……」


 お兄さんは、ちょっと苦笑するも、すぐにボクの頭をまた撫でて……



「まぁ、でもその代わり……『少しの間』、一緒に色んなものを体験したり、とにかく楽しんでいこーぜ! せっかく皆一緒なんだしよ」


 

 また、ボクが考えたこともなかったことをお兄さんは言った。


 楽しんでいく。

 一人で生きていける強さを得たいボクに対して、皆一緒にと。


 何かを楽しむということを、ボクは知らない。考えたことも無かった。

 それを当たり前のようにお兄さんは言った。

 そして不思議だ。

 ボクは何も反論することが出来なかった。


「……うん……」


 むしろ、「楽しんでいこう」というお兄さんの言葉に自然と頷いていた。

 本当に不思議だ……

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