第255話 印象

 子供の頃、勇者のパーティーゴッコをやった。

 帝都の中だけだが、俺とフィアンセイ、リヴァルとフーの四人で冒険。

 ままごとで、ご飯の代わりに砂場で作った泥団子を使うように、落ちてた葉っぱを薬草とか、水筒に入れた水をポーションとかって装備していた。

 だから、ごっこ遊びだったり、アカデミーの授業の一環で使うようなアイテムとしての知識はあるが、冒険をするための装備としてそういったものを買うのは初めてだ。

 冒険の準備ということで、ちょっとドキドキしていた。


「ついに来たぜ、冒険家やハンター御用達……道具屋!」


 漁港で栄えているゲンカーンではあるが、当然異国からの入国者や冒険者たちも多く、街にはハンター登録をするギルドや、道具屋もちゃんとある。

 しかも人口が多い大きな街なだけあって、道具屋もあらゆる雑貨を取り揃えていそうで、相当デカい。


「リーダー。ポーションを20個、魔力回復用のマナウォーター5個、食料も購入しといた」

「よーし、あとは武器だな。この間の賞金で、もうワンランク上の剣を買っときたいんでな」

「ねぇ、リーダー。私も新しい杖が欲しいな~」


 まだ冒険者なりたて風の若者から、いかにもベテランそうな風貌の者まで溢れている。

 今まで漁師と宿屋と飯屋の連中ぐらいしか関わってなかったから、ようやくそれ以外の連中を見ることが出来た。

 そして、聞こえてくる会話がまさに冒険者たちのソレで、俺は余計にワクワクしてきた。

 さらに、今日買い物するための金は、俺が自分で働いて稼いだ金だ。

 そんなにあるわけではないけど、家出する前まで貰っていた小遣いや、トレイナの戦碁で稼いだ金でもない。


「おぉ……武器があんなに……ん~……」


 店内に入り、まず目に入ったのは武器コーナーだな。

 形状様々な剣を始め、槍、斧、弓矢……だけど……


「……なんか……あんまり大したものは無さそうだな」


 武器ってのは見ているだけでワクワクするもので、俺もワクワクして武器コーナーに向かったが、よくよく見てみると、それほど良い鉄にも見えないし、鍛えられているわけでもないというのが、俺にも分かった。

 なんかアレなら……


「俺の家の武器庫の方が、普通に良いモノがたくさんあるな……」


 親父と母さんが集めた屋敷の武器の方がもっと種類が豊富で、見ただけで強力な武器だと分かるものが沢山あった。

 それに比べたら、ザッと見た感じそんな大したものは……


『当たり前だ』

「トレイナ?」

『貴様の父と母は七勇者だ。それこそ、地上の古今東西から魔界にも名が轟くような名刀や伝説の武器を所持しているだろう……その辺の有象無象のハンターが集うような道具屋に、それほどのものを期待するな』

「あ~……そうなのか?」


 なんだ……って、言われてみればそうか。



「そりゃそうか……エクスカリバーとかグングニルとかバルムンクとか、そういうのはないかなって思ったんだけど……」


『あるわけなかろう!』


「はは、流石に冗談だよ冗談。いくら俺が世間知らずだからって、そんなおとぎ話でしか聞かない伝説の武器がこんな所にあるわけねーって分かってるよ」


『当たり前だ。そもそも、エクスカリバーは数百年前の戦いで余がへし折ったし、グングニルは七勇者のソルジャ……あの帝国の姫の父親が持っている。あ、しかしバルムンクなら余のコレクションだったので……余が昔、一人になりたかった時に使っていたプライベートルームが見つかっていなければ、そこにあるはずだぞ!』



 ……ん~? なんかスゴイことを言われてトレイナを二度見してしまった。

 え? 実在する武器なの?! あっ、そういえばこいつはカンティーダンで伝説の刀・コテツもへし折ったとかなんかサラッと言ってたような……


『まぁ、武器についてはどうでもよいではないか。そもそも貴様の戦闘スタイルは武器を必要としない。この間のパリピとの戦いは特別だっただけだ』

「まぁ、そうだけど……なんつーか、浪漫というか……」

『むしろ貴様には武器よりも……ふむ……おお、あれは!』


 トレイナがザッと武器コーナーを見渡して、ふと一か所を見つめて眼を輝かせた。


『よいものがちゃんとあるではないか! 懐かしい……童、そこの『マルチツールナイフ』にしておけ』


 興奮気味のトレイナが俺に勧めてきたのは、なんとナイフだった。

 それは一体どんなものかと俺はその視線を追うと……そこだけはそれほど人だかりもできておらず、そんな所に一つの箱が置いてあり、中を覗くと小さな柄のようなものが大量に入っていた。

 人気が無くて売れ残っている? 誰も買ってないようなもの?


「え? ナイフ……これ? 柄だけじゃないのか?」

『それは折り畳み式だ。溝の部分を引っ張ってみるがよい』

「お、おお、出た……ちっさ……」


 折り畳み式とのことで、刃を出してみたのだが、それはハンターたちが武器として使用するようなナイフ……よりも遥かに小さい。

 シノブが持っていたクナイよりもずっと小さい。

 こんなのでモンスターとかと戦ってもちょっとしかダメージ与えられねえぞ? 

 っていうか、マチョウさんの腹筋に刺したらナイフがへし折れる光景しか想像できない。 

 しかし、トレイナの笑みは変わらない。


『ふふん。分かっていないな。それは戦闘用ではなく、野外生活において使用する様々な機能が備わっているのだ』

「……なに?」

『ナイフ以外のものを引っ張ってみろ』

「他の……あれ? ヤスリになったり、スプーンとかフォークまで……ハサミまで付いてる!? すっげ、こりゃ便利じゃねーか!」


 ナイフかと思えば、折りたたまれていた機能はそれだけじゃなかった。

 初めて見たアイテムに俺が驚くと、トレイナはドヤ顔で……


『ふっふっふ、それはかつて余が考案したものでな……魔王軍の兵には必需品として必ず携帯させていたものだ。マルチツールナイフ……別名では、『マジカルサバイバルナイフ』と呼ばれていたのだ』

「へぇ~……って、あんたが考えたのか!?」

『戦争が終わり、魔界の文化も地上に取り入れようとしているのだろうな……しかし……』


 って、考案者かよ!? でも、ドヤ顔してもいいぐらい確かにこれは便利だ。

 全然重くないし、ポケットに入るし、それでいて用途は様々だ。

 むしろこれは確かに必需品じゃねえのか?

 そして、トレイナもそれを少し疑問に思ったのか……


『しかし、何故こんなに余っている? 売れまくってもおかしくないと思うのだが……しかも大特価とも書かれているではないか!』


 そう、俺もそう思っていた。

 こんな便利なものなら、剣士とか槍使いとか、魔法使いとか、職種が何であろうと冒険するなら一人一つは持ってて全然損しないだろ。

 それなのに何で……


「お、な~んか、若い冒険者がいるな~」

「あら、かわいい。うふふふ、ぼくは見習いなの?」

「おや? そのナイフ……あ~……」


 そんな俺の後ろから、どこかの冒険者パーティーと思われる連中が俺に話しかけてきた。

 いくら若い奴らも居るとはいえ、15の俺ぐらい若いのは珍しいのかもしれないな。

 すると、俺が手に持っていたナイフを見て連中は苦笑して……



「君は若いから知らないだろうけど、あんまりそのナイフ持ってると……イメージ良くないぞ? まぁ、使ってるやつも居なくもないけどな」


「……え?」


「それはな~、かつて魔王軍の連中が使ってたものでな……そのな……多少なりとも昔を知っている連中からすれば……イメージがな? まぁ、戦争を知らない若い世代はこれから知らずに使っていくのかもしれねーけど、まだな?」



 その表情とそれまでの言葉だけで、俺もトレイナも全てを理解した。

 ようするに、魔王軍の連中が使っていたのと同じものを使うのは、なんとなく気分が良くないってことなんだ。

 当時生まれてもいなかった俺ならまだしも、当時生まれていた連中だったり、ましてやベテランなら戦争で戦ってたかもしれねえ。

 そんな連中からすれば、たとえ戦争が終わったとはいえ、魔王軍の使ってたものは……あ~、そういう……



「けっ、自由が代名詞と言われている冒険者やハンターたちが、変なものに縛られてやがるな……お気の毒に」


 

 俺は思ったことをそのまま口に出していた。


「おい、君?」

「俺は気にならないから買う」

「あ、お、おい!」

「人類のイメージが最悪でも、俺からの印象は世界一だからよ♪」


 こんな便利で安い万能なアイテム……周りの目を気にして所持しないなんて、もったいねー。

 まぁ、もちろんこいつらの気持ちも分からないでもない。

 中にはこれを持っていた魔王軍に家族を殺されたりとか、不幸な目にあったやつらも居るだろう。

 だから、「使いたくない」、「周りから良く思われないかもしれない」という奴らの気持ちも分からなくもない。

 だが、俺からすればそんなもん小さなことだ。

 っていうか、今更だしな。


「さて……トレイナ、他は何が良い?」

『……………ふっ……』

「トレイナ?」

『うむ……うむ、では次は携帯食や薬草類だな!』


 トレイナが何だか俺を見て嬉しそうに微笑んでいた気がしたけど……まぁ、触れないでおくか。

 そう決めて、俺は次のコーナーへと足を向けた。

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