第243話 守られるだけの存在

 何だか少し疲れた。

 天空世界で大暴れ、王子と天空王と戦い、パリピと戦い、親父と母さんを出し抜いた。

 そして、これからもっと頑張って強くなることをアマエと皆で誓い合った。

 そこで限界だった。

 俺自身も緊張の糸が切れて意識が――――


「ん~……ん……」

「ふふふ、坊やはまだおねむかい?」

「……ん?」


 あれ? 俺……寝てた!?


「ハッ!?」

「こらこら、危ないよ。いきなり体を動かしたら落ちるよ?」


 俺は確か、アマエを抱きかかえたままヤミディレの後ろに乗っていたはず。

 しかし、今の俺の耳元に聞こえるのは王子の声。

 そして、少し肌寒く風が肌を切る。まだここは上空?

 一体何がどうなって……


「王子……?」

「やぁ、おはよう」

「……な、なん……で?」

「ふふふ、ヤミディレが君にもたれかかられるのを嫌がってね……だから、僕がおねむの君を支えてあげていたのさ」


 目を開けて真っ先に視界に入ったのは、俺を見下ろしながら微笑む王子の顔。


「ッ!? ぬおっ!? お、俺、なんつー体勢で……ッ!?」

「あ、こら、暴れたら危な――――」


 まだ空? ここは馬の上? 王子にお姫様抱っこされている?

 状況がまだ分からないが、とにかく恥ずかしい体勢な気がして、俺は慌てて身を捩った。

 だが、体勢が体勢なだけに、俺はすぐにバランスを崩して王子の腕からすり抜けて馬から落ちそうになった。


「ぬお、あぶね!」


 慌てて無我夢中で両手を伸ばした俺は、とにかく王子の体を掴んだ。

 しかし……


「ひゃううん!」

「うえ!?」

「ちょ……ぼ、坊や、あ、ん、こら、そこは進入禁止エリアだよ!?」


 慌てて王子の体を掴んだはいいが、俺の右手が王子の上着のボタンとボタンの間をすり抜けて……おや? なにやら、固いか柔らかいか微妙なものが……おや? 俺の左手は王子のズボンの中に手を突っ込み……ん? あれ? 何も……ナニも……ナイ?


「んもう、坊や……僕は女の子とソコを触り合いするのは慣れているけど……男の子に触られるのは、初めてなんだ……」

「あ、え、あ……王子……」


 と、そういえば……それはそれとして、俺の両手に感じる王子の……


「あら? アース、王子さんのドコを触っているのですか?」

「おにーちゃん、なにやってるの?」

「ぬ? おい、アース・ラガン、こんな時に何を触っている! 触りたければ貴様にはクロン様がいるだろう!」


 キョトン顔のクロンとアマエに、ジト目のヤミディレ。

 あれ? アマエがいつの間にかクロンの膝に抱っこされてヒルアの背に?

 つか、俺はヤミディレの背に乗っていたはずなのに、今は王子の? なんで?


 いや……そんなことハッキリ言ってどうでもいいや。

 

 重要なのは今、俺と目を合わせながら頬を赤らめて苦笑するイケメン王子……いや……イケメン……お、お姫……


「このことは、僕の可愛いお花たちには内緒だよ? 僕が男の子に触られたってバレたら、彼女たちは発狂してしまうしね」

「……ご……ごめんなさい……」


 こんな時になんつう衝撃的な事実を! とりあえず謝るけど。


『やはり気付いてなかったか』

「ッ!?」


 そのとき、俺に呆れたようにトレイナが溜息を吐いた。

 

『トレイナ、お、お前、気付いてたのか?』

『観察力が足りん。だから、女たちに鈍感だのどうのこうのと下らん文句を言われるのだ』

『い、いや、だ、だって……』


 そのとき、俺はあることを思い出した。

 それは未だに少し青痣が出来ている王子の頬。

 殴ったのは……


「王子……」

「ん?」

「その……頬っぺただけど……」


 思いっきり殴った。しかもコークスクリューという捻りを加えるパンチ。

 それを顔面に……


「コラ」

「あた」


 しかし、俺が申し訳なさそうにしていると、王子は微笑みながら俺にデコピンしてきやがった。


「この世には、たとえ生物学上の性別がどうであれ、お姫様扱いされたくない者もいるということを、君も理解したまえ」

「……ぬっ……」

「これは、君と正面から戦い、そして自分の未熟さを痛感させてくれた価値ある一撃。謝罪されると、僕はみじめになるからやめてくれ」


 俺が殴ったことをまったく気にしていないどころか、むしろ誇らしげに、そして逆に謝られる方が侮辱だと王子は言う。


「女神さまや……そして、君のかわいい妹だけじゃないさ……僕ももっと強く逞しくなる……これからも己を高める。だから……謝ったらむしろ許さないからそのつもりでいてくれたまえ♪」


 なんともまぁ……


「へっ……お姫様扱いは嫌か……でも……俺が今まで出会った女って、みんなそんなのばっかだよ」


 それこそ正真正銘お姫様のフィアンセイだって、俺とずっと一緒に居てくれたサディス、それにシノブ、クロンですら、大事に守られるだけでいることを望まない。

 むしろ、自ら率先して戦いに参加し、男の気持ちなどお構いなしに肩を並べて戦おうとしている。

 だから、王子の言葉も何だかすんなりと納得出来ちまった。

 すると、そんな俺と王子の会話に、クロンも同調した。


「私も王子さんの気持ちは分かります。私もアースと出会って、守られるだけの存在より……対等でいたい……一緒に戦いたいという気持ちを知りました」


 そんなクロンの逞しい言葉に、クロンの膝に抱えられているアマエも手を上げた。


「おにーちゃん」

「ん?」

「おにーちゃん……アマエも……」

「…………」

「……がんばる……」

「おっ!」

「アマエがんばったら……みんなまたいっしょ? ずっといっしょ?」


 ヤミディレや俺たちの言葉をアマエなりに真剣に考えたうえでの言葉。

 さっきまでは別れに駄々こねて泣いていたし、今でも俺たちとの別れは嫌なんだろう。

 だけど、泣きそうになりながらも、アマエはそれでもそう言ってくれた。


「ああ。頑張ろうぜ! 強くなったアマエが傍にいてくれたら、もう無敵だ。何も怖いものなんてねえ!」

「ん!」


 その言葉を聞ければ、俺も安心して先へ行けると、スッキリした気がした。

 ただ、そんな中……


「ふん……アース・ラガンめ……アマエはそれでいいが……せめてクロン様だけは例外として何よりも守られる存在で居て欲しかったというのに……」


 一人ブスっとした顔で前を向いているヤミディレが、恨み言のように呟いた。

 その言葉を聞いて、俺は思わず笑っちまった。


「くははは、まっ、仕方ねーだろ? だって、そのクロンが一番守りたいのは……あんたなんだからよ」

「ぬっ!?」

「力を失って、ただの翼の生えた女になっちまった……世界中から忌み嫌われた賞金首のあんた……だけど、そんなあんたをクロンは守るって言ってんだからよ」

「だから、それは必要ないと! 私はクロン様さえ無事で貴様がクロン様を守ればそれで……力を失い、足手まといにしかならぬ私を、恐れ多くもクロン様が守るなど……」


 そう、王子の言うように男も女も関係なく、皆が強くなろうって言ってる中で、一人だけ例外がいる。

 力を失ったがゆえに、これからはお姫様のように守られる存在になっちまった。

 それが、今のヤミディレだ。

 だが、それは仕方のないことだ。

 そうなることを引き換えに、ヤミディレは解放されたのだから。

 まぁ、多分だけど魔力と魔眼を封じられたとはいえ、素で戦ってもヤミディレはそんじょそこらの相手なら軽くぶちのめせると思うけどな……



「まっ、ヤミディレ。あんただけは事情によって、これからは守ってもらう側の立場になっちまった。だけど、足手まといとか迷惑とかそういうことじゃなく、クロンが守りたいって言ってるんだから、とりあえずお前に関しては大人しく守られておけ」


「しかし! ならせめて貴様が一緒に行動しろ! クロン様一人では――――」


「いいや、クロン一人だけじゃない」


「……なに?」



 そう、確かにヤミディレとクロンの二人旅というのなら、俺も心配で仕方なくなる。

 だけど、そうはならない。


「僕もいるのん!」


 確かに、ヒルアも居る。

 俺とクロンの二人で契約したヒルアだが、今後はとりあえずクロンとヤミディレと一緒に居ることになる。

 だけど、俺が言ってるのはヒルアじゃなく……



「ああ。ヒルアもクロンと一緒についていってもらう……ただ、それだけじゃない。これからは、どうしてもあんたの力になりたいって男が傍にいるみたいだしな」


「…………?」



 その情報と提案をしたのがパリピっていうのが気に食わないところだけどな……



「坊や。見えて来たよ」



 すると、これまで海一面しか無かった俺たちの視界に、ようやく大陸が見えてきた。

 大陸の端っことはいえ、一応は帝国の領土。

 見えてきた小さな港町と思われる所には、何隻かの船が停泊しているのが分かる。


 そこが、「待ち合わせ場所」だ。


 そして俺たちはそこで、それぞれ新たな出発をすることになる。

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