第190話 分かる

 頭を下げた俺にポカンとするカバ……ヒルアドォン。

 

「なんじゃ、殊勝じゃのぉ」

『なるほどな……同属嫌悪の逆……類は友を呼ぶ……か?』


 バサラとトレイナは俺の態度にニヤニヤと。

 そして……


「わぁ、また新しいドラゴンさんです!」

「んあ!? あ……」


 こんなドラゴンと思えない太ったカバを見て純粋に目を輝かせてそう口にするクロン。

 その言葉を聞いてヒルアドォンは……


「んあ!? んあ!? このおねーちゃん、誰なのん!? めちゃんこ美人過ぎるのん!」

「あら、嬉しいです! 私はクロンといいます。よろしくお願いします!」

「よろしくなのん! ボクの名前はヒ……ダークネスバハムートグランドクロスっていうのん! ボクと一緒に空中散歩はいかがなのん?」

「あら? デートというもののお誘いですか? うふふふ、積極的なのですね」


 クロンを見て、明らかに態度を変えて顔を真っ赤にしながら、まるで口説こうとしているかのようにナンパする……って、


「こらこら、何だそのカッコいい名前は。お前、ヒルアドォンって言ってただろうが」

「んあ……あ……」

「で、こっちもいいか?」

「…………」


 とりあえず、俺の話も聞けとヒルアドォンの肩を掴む。

 すると、こいつは俺を見た瞬間……


「んあ! 君は何なのん、そんな怖そうな顔をして! ぼ、ぼぼ、ボクが何をしたっていうのん!」

「落ち着け! なんもしてねーから、俺の話を聞けえ!」

「ぎゃー、暴力反対なのん! ごめんなさいなのん、生意気言ってごめんなさいなのーーーん!」

「つか、人間にそこまでビビってんじゃねぇよ! それでも――――お……男か!」

「男とか女とか関係ないのん! 雄も雌も常に平等であるべきなのん!」


 思わず俺は「それでも竜王の息子か?」と言いそうになったが、咄嗟にそれをやめた。

 その言葉がどれだけ相手を抉る胸糞悪い言葉なのかを俺は誰よりも知っているからだ。

 そして、同時になるほどと思った。

 こうやって、帝都の連中も俺のことをそう言っていたのかと。


「で、おとーちゃん、この人たちは一体何なのん!?」

「ヌワハハハハ、ワシを楽しませてくれた者たちじゃ。のう、ヒルア、こやつらと共に遊んでみぬか?」

「……どういうことなのん? 遊ぶ? かけっことか……?」


 呼ばれた状況がまるで分からないヒルアドォンはとにかく落ち着きがない。

 そんなこいつに、俺は空を指さして……


「俺とクロンを、あの雲の上まで連れて行って欲しいんだ」

「んあ? 雲? あ~、おっきいのん……あれが何なのん?」

「あそこに、ある女を連れていかれて、助けに行こうとしているんだが行く手段がないんだ。だから、お前の力を貸して欲しいんだ」

「……あ~……タスケル? なんか、随分危なそうな感じに聞こえるのん……まさか……だ、誰かと戦うとかそういうことじゃないのん?」


 戦うことになる。ある意味で、天空族との戦争? 

 少なくとも遊びにはならない。


「ああ……そうなるな……」

「んあ!?」


 そこは嘘をつくわけにはいかねえ。だから俺は本当のことを言う。


「んあ、んな、なーーーー! だ、ダメなん! 世界は平和であるべきなのん! 喧嘩はとってもダメなのん!」


 そして、案の定こいつはガクガク震えて全力で拒否の姿勢。

 なるほどな。確かに、バサラに甘やかされて育てられたようだな。

 すると……


「いいや、ダメじゃ、ヒルア。そやつらに背中と力を貸してやれい!」

「おとーちゃん!?」

「これは命令じゃ。暴れ回るまで帰ってくることは許さぬ」


 有無も言わせず、バサラはヒルアドォンを強制させようとする。

 その言葉を聞いて、ヒルアドオンは余計に震えて涙目で叫んだ。


「何を言ってるの、おとーちゃん! そんなのひどいのん! ボクはおとーちゃんと違うのん! ボクにはボクの人生があるのん! 竜王の息子だからって戦うのが大好きなわけじゃないのん!」


 何とも気持ちがよく分かる……不思議なことに。

 親父の子供だからと言って、親父とは違うんだぜと。うん、分かる、その気持ち。


「ほぉ? 自分の人生? のぉ、ヒルア。言うほどお前は自分を持っておるのか?」

「ッ!?」

「毎日食って寝てクソしてダラダラ……食って寝てクソしてダラダラ……それが、父であるワシに逆らってまで守りたい、ヒルアの人生か?」

「そ……そんなこと……だって……ダラダラは最高に平和な証拠なのん……おとーちゃんだってダラダラしてるのん!」

「ワシはいいのじゃ。色々とやりつくして辿り着いた今だからじゃ」

「じゃあ、ボクもそれでいいのん! おとーちゃんと違ってショートカットで今に辿り着いたのん!」


 ああ、分かる。どういうわけか、父親に何かを強制されそうになると、やけにムキになって反発したくなるんだ。

 そして……


「あの、ヒルアドォンさん、どうにかならないのでしょうか?」

「ふへ?」

「私の……大切な人があそこに居るんです……あなたにとってはとても面倒かもしれませんし、危ないことかもしれません……ですが……せめて雲の上まで連れて行っていただくことは……」

「ッ!?」


 そして、こういうとき、美人な女に触れられてこんなお願いをされると……


「お、おお、おねーちゃん……」

「はい?」

「ぼぼ、ボクに触って何とも思わないのん?」

「え?」

「だだ、だって、ボク……太っててカッコ悪いって雌のドラゴンたちに……みんなも、それでも冥獄竜王の息子かって……」

「カッコ悪い? とってもかわいいではありませんか!」

「んあ!?」


 ましてや、かわいいだなんて言われて頭を撫でられたりしたらもう……



「雲なんてとんでもないのん! 天の向こうまでいくらでも行っちゃうのん!」



 こうなるんだ!



「分かるうううう、なんかもう、お前、分かるううううう!」


「んあああん、なんなの、おにーちゃんは!」


「今日からお前の相棒だ!」


「ええええ、嫌なのん! なんで? ボク、おねーちゃんの力になるだけで、君は関係ないのん!」


「そうだよな~、優秀すぎる親を持つと、そんな親や周囲のエゴでガキは苦しむんだよなァ!」


「……え?」


「そして、女にはどうしても弱い……そうだよなぁ」


「おにーちゃん?」



 なんか俺ももう思わずヒルアドォンの首に腕を回して半泣きになった。


『とにもかくにも……これで手段は整ったが……さて……戦力として役に立つのだろうか』


 なんだかトレイナは微妙な顔のままだが、それでも雲の上まで飛ぶ準備はできた。

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