第186話 幕間(女神)

 あんなに大きくて強そうな方に、恐れを抱きながらも立ち向かう。

 その姿を見ていると、心配を超えて、胸が高鳴ります。

 人から何と言われようと曲げない自分の意思を感じます。


「アース……あなたはとても勇敢なのですね。そして心も強いのですね」


 それに対して、私の心はどうでしょうか?

 物心ついたころから、私は人とは違いました。

 自分は神の血を引きし女神だと言われ、恵まれた環境に身を置きました。

 国が、民たちが圧政に強いられて貧しい暮らしをしている中で、私は特に不自由なく、飢えることもなく、ただ言われた知識を身に着けて、時には人の前に出て笑顔を見せて言葉を贈ること。

 それが私の人生でした。


――クロン様が十五になられましたら、私の育てた弟子の中で最も有望なものをパートナーとし、次代の子を生んでいただきます。


 私はそれが不幸だと思ったことはありませんでした。

 自分は「そういう存在」なのだと教えられてきましたから。

 ただ、幼いときは不幸とは言わないまでも、悩みがあったりはしました。


 どうして、自分の見た目は人と違うのか?


 どうして、私には父も母も居ないのか?


 どうして、私はこの世に生まれてきたのか?


 幼い時からずっと一緒に居てくれたヤミディレは、私がそう問うたびに……



――あなた様はそこら辺の猿どもとは違うのです。神の血を引きし選ばれた存在なのです!



 と、何も迷うことなくそう口にしていました。

 だからこそ、私は自分一人だけの存在ではなく、この世に存在する全ての方々のものでもあります。

 神の血を引く者だからこそ、勝手なことを何一つ許されない存在。

 そんな私に、自分の意思などなかったのかもしれません。


――そうか……君が……哀れなお人形さんか


 でも、だからこそあの言葉がどうしても頭から離れません。

 だって、私にそれを否定することが出来なかったから。

 私は人形なの?

 でも、だからこそ、あなたの言葉も頭から離れないの。

 

――クロンを人形とか言ってんじゃねえよ


 アース、あなたはそう言ってくれた。

 そして、私に問うてくれた。


――お前はどうして欲しいんだよ? いや、どうなって欲しいんだ? どうしたいんだ? クロン


 あなたは、私の意思を聞いてくれた。

 どうしてかしら? あなたの言葉を聞いたとき、それだけで答えが出たの。

 そして同時に、少し昔のことを思い出しました。

 あれは……


『ねえ、ブロ。あなたはどうして外に行くの?』


 今よりもっと小さいころ、私と遊んでくれたあの人も、自分の意思を持っていました。


『師範もお前さんも、この島の外からやってきた。俺も島の外を見てきてぇ。そこには俺の居場所があるかもしれねぇしな』

『ここはあなたの国ですよ?』

『そうかもしれねーが……』

 

 少し寂しそうな表情を浮かべながら、自分の角を触るブロ。

 この国で、私と同じように頭から角を生やしているのは、私とブロだけでした。

 そして、ブロはその角をどこか気にしている様子でした。


『それに、強くもなりてーしな。師範に……よく分からねえものを追いかけないで、俺を見てくれってな。男のこの気持ち、分かるか? 妹分』

『ブロは私のおにーちゃんですか? でも、私は女神だから家族は居ませんよ?』

『カッカッカッカ、ならお前さんの好きに思え』


 そう言って、私の髪の毛をクシャクシャにしながら彼は撫でました。

 ヤミディレはそれをいつも「無礼者」と言って怒っていましたが、私は嫌いじゃありませんでした。



『今の俺程度じゃ、師範に俺を男として見てくれって言える力はねぇ。だから強くなるのさ』


『強く……?』


『自分が弱くて後悔するような人生だけは送りたくねえ。強ければ防げたこと、失わずに済んだこと、そんなことがあったら後悔してもしきれねえからな』



 そう言って、ブロはこの国の外へと飛び出しました。

 最後に私に向かって……


『クロン。お前さんも……いい子だけど……強くもなろうぜ』


 あの時は、その言葉を私はそこまで深く考えることは出来ませんでした。

 ただ、一緒に遊んでくれたお友達が国から居なくなるということに、寂しさの方が強かったから。

 でもね、ブロ。今になって思い出して、そしてあなたの言葉が胸に来るの。

 だって、私はヤミディレを連れていかれて後悔をしましたから。

 そして、胸にしまっていた想いを、アースが引き出してくれました。

 私が何を後悔したのか。

 私はずっと何をしたかったのか。

 私は何を伝えたかったのか……


――本当の気持ち……本当は呼びたかった呼び方……いっぱいいっぱいあったのに……結局私は何も伝えられませんでした!


 それが、たとえ人形であったとしても、私自身の本当の気持ち。

 そんな私の気持ちに対して、あなたは言ってくれました。


――俺が飛ばしてやる!


 そして、あなたはその言葉を果たすために、今もこうして戦っています。



「三度目の正直ィィィ、大魔螺旋ッッ!!!」


「ヌワハハハハハ……ネタ切れか?」



 本当なら、それは私の役目。私が戦わなくてはいけないこと。

 どうして、あなたがそこまでしてくれるのかは分かりません。

 でもね、もう私の答えは出たの。


「ブロ。あなたの言うとおりです。私は、もっと……強くならないと。今すぐにでも!」


 それが、私の今の気持ち。



「アース。あなたに飛ばしてもらうんじゃない。私も、あなたと一緒に飛んでいきたい!」


 

 誰かに助けてもらうのを待つのではダメなのです。

 私も戦うのです。

 私も戦いたい。

 アース、あなたと一緒に。

 それが、私の意思。

 だから、ごめんなさい、ヤミディレ。

 私は今日初めて、あなたの言いつけを破って、「この瞳」の力を使います。


 だから、あとでいっぱい怒って下さいね?

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