第153話 欲しかったもの
決着を付けよう。両者合意のもと、一定の間を置いて俺とマチョウさんは向かい合う。
「はあ、はあ、はあ。ゆくぞ、アース」
マチョウさんは腰を落とし、片膝をついて両手を地面に。
四足歩行の獣とは違う。
この構えは……
「マジカル・クラウチングスタートだ」
「クラウチング?」
「短距離で、ため込んだ力を爆発させるスタート。これで、お前にまっすぐぶつかる」
組み立てもくそもない。ただ、まっすぐダッシュして俺にそのまま突撃する。
それが、マチョウさんの最後の一撃。
そして、それが俺の提案した勝負である以上、俺はこれをステップで回避するとか無粋な真似はしない。
つっても、腹のダメージであんま足は使えないけどな。
全力全速全開のマチョウさんの最後の突進に、俺は正面から迎え撃つだけだ。
「なら、俺は全力の右ストレートの衝撃波を放つぜ。渦巻く巨大な螺旋の衝撃波だ」
「螺旋?」
「そうだ。この三か月の修行で身に着けた音速の拳から繰り出す衝撃波。それを、俺は巨大な螺旋に込めて放つ」
ブレイクスルー状態から魔呼吸で息を整えて、再び魔力を全快に。
そして、全快になった魔力全てを右拳に凝縮し……
「こ、これは……会場中も静まり返っております。誰もがわかっているのです。次が決着だと。誰もが見守っております。果たして、どっちの漢が強いのか!?」
場が沈黙している。
涙を流しそうになっていたツクシの姉さんたちも、もう声は出さない。
ただ、手を合わせて祈っている。
祈る神様は……アレだけどな。
「クロン様。次で終わります」
「はぁ~、そうなのですか。と~っても、ドキドキします」
「はい、そして決まります。……あなた様の……相手が」
「?」
「そして……見せてみろ、アース・ラガン。この目で確かめさせろ……アレを!」
そして、最後の一瞬が訪れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
地面が爆発したかのように音を立て、雄たけび上げてマチョウさんが俺にまっすぐ特攻してきた。
これは、俺の右ストレートやコークスクリュー、スマッシュでも止められない。
だから、これを正面から迎え撃つなら、正解は一つ。
『いけ! それが貴様の答えなら!』
師匠の最後の一押し。俺は迷うことなく、使う。
「いくぞおおおおお! 誰にも邪魔ぁさせねえぞぉ!!」
あの技を。
濃密に、そして研ぎ澄まされ、蒸気となって溢れ出る魔力を集中し、膨張させ、固め、そして余裕があれば、何かを形作り、更に余裕があれば回転させる!
「っっ!!?? ア………あ……」
「サディス姉さん? どうし……たの?」
「あ……そうです……あ……わたし……は……あ―――――ッッ!!??」
緑色に輝く魔力を纏った俺が生み出す巨大な螺旋を、音速と共に突き出すことで発生する衝撃波で……
「ウオオオオオ! 魔極真キャノンボールタックル!!」
「大魔螺旋・アーススパイラル・ソニックインパクトッッ!!」
吹き飛ばす。
全てを。
「ウオオオオオ!!」
「ウルアアアア!!」
あの時は邪魔された。
だが、今回は違う。
もう、誰にも邪魔はさせねえ。
そして、俺は行く。
『そうだ、いけ! 童!』
俺たちは行く。
――まぁ、とにかく……行くのだな?
――ああ、行こうぜ
あの時、誓った……
『「この世の果てまで!!」』
ぶつかり合う巨大な大砲と渦巻く螺旋。
「あ――――――――」
そして、最後の勝負の決着がついた。
闘技場に立っているのは司会と……俺だけだ。
「あ……か……う……あ」
闘技場の壁に深々と埋め込まれちまっているマチョウさん。
マチョウさんの突進と、俺の螺旋の衝撃波。
結果は明らか。
「つっ、が……だ、めか……もう……超魔回復するほど……『蓄え』が……」
マチョウさんは意識を失ってはいないが、もうスキルの限界を超えたのか、壁から出てきて立ち上がる様子はない。
そして、その表情は何もかもを出し切ったかのように、どこかスッキリとして、力も抜けている。
「強かった。世界を目指す漢よ……自分を踏み台にし……どこまでも駆け上がるがいい」
「マチョウさん……」
そう言って、いまだこの状況に観客や司会が声を上げられない中、マチョウさんはこの場にいる全員に宣言する。
「ギブアップだ……自分の負けだ」
どんなときも相手の攻撃を食らい続けたマチョウさんが、これ以上はもう無理だと敗北を宣言。
その言葉に誰もが息を呑み、だが次の瞬間には……
「お……あ……マチョウが負けた……」
「マチョウが……」
「あのマチョウさんが……あんちゃんに」
「おにーちゃんが……オジサンに勝ったの?」
「アース君……」
「アースの野郎……つえー! おらあ!」
「うん、……うん!」
「うおおおおおお、す、すごいんだなー!」
徐々に言葉が漏れ始め、そしてついには……
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」」」」」
地を震わすほどの大歓声が俺の全身に響き渡った。
「はあ……はあ……勝った……優勝したんだ……俺が……」
試合の間は、とにかくマチョウさんをどうやって倒すか。
それだけに集中していた。
だが、こうして優勝をしてみると……なんだろう……初めてだった。
「俺が……優勝だ……優勝ってことで……いいのか?」
自然と拳をギュッと握りしめていた。
だが、嬉しいとかそういう感情もすぐには出てこず、ちょっと戸惑ってしまっている感じだ。
「ああ。お前の勝ちだ、アース」
「マチョウさん……」
「自分は全てを出してお前に完膚なきまでに圧倒された。お前がナンバーワンだ」
「あっ……」
優勝。それは、ナンバーワンだ。
ナンバーワン? 俺が?
「アース君、すごい! すごいよ! あのマチョウさんに勝つなんて!」
「おらあ! テメエ、どんだけスゲーんだ、おらあ!」
「すごいしか……僕も……僕も!」
「やるんだな……僕も! 強くなるんだな!」
「すげーじゃねえか、若いの!」
「ああ、かっこよかったぜ!」
歓声が爆発している。
拍手が鳴りやまない。
皆が笑みを浮かべ、マチョウさんも俺に微笑んで祝福してくれる。
「おお……そ……そうか」
そんなに騒がれても、優勝は俺にとっては目標ではなく課題。
だから、この結果はちゃんと予定通りということで……でも……
「そうか……優勝したか……俺……」
気づけば俺は目を閉じて、これまでのことを思い出していた。
――勝負あり! 帝都チビッ子剣術大会の優勝はリヴァルだ!
――さすがは剣聖2世だ!
――大勇者の息子は敗れたか~
あ……どうしてこんな……
――うわ、す、すごい魔力だ! アカデミー入学でこの魔力は歴代でもトップクラス!
――なんという才能だ、フー・ミーダイ!
――そういや、ヒイロの息子は?
――あれは……低くはないが、フーに比べると……な
なんで? もう、まったく最近は思い出したこともない過去を、どうして今になって……
――期末テスト全教科満点、総合成績学年トップ! まさに神童だ、フィアンセイ姫は!
――さらに、その槍術もすごいらしいぞ?
――ああ。ヒイロの息子は、姫様との模擬戦で一度も勝てないらしいぜ?
もう、どうだっていいことだろ?
過去はもう……どうだっていいって……なのになんでよりにもよって、今、こんなことを思い出す?
――ねえ、聞いた? リヴァルくんと、フーくんが、特別海外留学だって!
――すごい! フィアンセイ姫もこの間、他国の方々相手に素晴らしいスピーチをされて称賛されてるって!
――うん、流石は七勇者の血を引く次世代の英雄たち! ……あれ? え~と、彼は……
――そ、そこは、お察し?
俺が皆に何と思われ、何と言われてきたかは、いつだって耳に入っていた。
それだけ、周りの評価を俺は気にしていたし、周りの声に敏感だった。
――おっ、今回の総合テスト、アースのやつが前回より成績を伸ばしてるぞ?
――ああ。姫の満点には届かないけど、やっぱあいつも……
――だな、『流石は勇者の息子』だな。
いつも、何をやっても達成感なんてなかった。
でも、「あいつ」と出会って、これまでの中途半端から脱却するために、人生で一番濃く努力した先に待っていたのは……
――あれは、どうして? なんで? 大魔王トレイナは、だんなさまが……マアムおねーちゃんがたおしたのに……どうして大魔王トレイナの力を坊ちゃまが使えるのです!?
――何が強くなっただ……強くなるためだったら、何でもいいのか?
人生最悪の日だった。
――アース、何をやっているんだ? それに、何故ヒイロ殿を殴った? 大魔王の技とは何だ? 落ち着いて、一から説明して我らを納得させよ!
――そうだよ、アース。このままヤケになっても、何もならないよ? 皆の怒りが余計にアースに向けられちゃうよ
――あいつ、姫様を跳ね除けやがった!?
――そこまで堕ちたか!
――女性に手を上げるなんて、サイテー!
――今すぐあんな奴、退学にしろ!
――戦士失格!
――戦士界から永久追放しろ!
そして、俺は逃げ出した。
でも、今は……
「そう、文句なし! 魔極真流闘技大会、優勝は~~アーーーース・ラガーーーーン!! おめでとう! お前こそ、漢の中の漢だ!」
その言葉が幻聴でなく俺の耳に届いた。
「優勝だ!」
「新たな最強の男の誕生に祝福だ!」
「アース! アース! アース! アース!」
「うん……これは、もう、素直にすごいとしか言いようがないかな? マチョウさんも無事そうで……良かった……」
「ん、あんちゃん……あんちゃーん! おめでとーう!」
「おにーちゃん! きゃっほ、きゃっほ、きゃっほーい!」
目を開けて、そこにある結果は間違いなく夢じゃなかった。
「素晴らしいです! アースの優勝です! とっても素敵でした! マチョウもすごかったです! この大会に出ていた皆さん、と~~っても頑張りました!」
「ふふ。ですが、優勝はアース・ラガンです……クロン様」
「そうですね! 特に頑張ったアースには、ちゃんとおめでとうを言いたいです!」
「ええ。ではクロン様、下へ参りましょう。表彰式です」
「はい! アースを祝福です!」
ここに、姫はいない。リヴァルはいない。フーもいない。
親父も母さんもいない。
だけど、俺は勝った。
初めて一番になった。
「トレイナ……俺……勝ったよ」
『ああ。誰の目にも明らかだ』
「……ありがとう……」
『勝ったのは貴様だ』
言葉がうまく出ない。ただ、今の俺の傍に誰よりも近くにいてくれて、そして導いてくれた師に真っ先に感謝を。
そして……
「あっ、ちょ、サディス姉さん!?」
その時だった。
歓声鳴りやまぬ中、観客席からサディスが闘技場に飛び降りてきた。
その目は、もう何だか随分と久しぶりなような……
「問いたいこと、話したい事、何よりも謝罪すべきこと……もはや言い尽くせぬほどありますが……ですが……やはり、まず……」
「サディス?」
「あのとき……わ、私は……こう言うべきでしたのに……私は……ッ……もう、遅いかもしれませんが……私にそんな資格はないのかもしれませんが……それでも……言わせてください」
そして、サディスは俺の前に立ち……
「本当に大きく、逞しく、そして……本当に……本当に強くなられましたね……坊ちゃま」
元のサディスだ。ああ、そうか……記憶が……
「サディス……」
「流石は……流石はアース・ラガン様。その力、その努力、その果てで掴んだ優勝という栄光。このサディス……心より感動しました……心より……坊ちゃまを誇りに思います」
「ッ!?」
ふざけんな……何で今さら……もう遅いんだよ……急に掌を返すんじゃねえよ……と言ってやろうとした。
「……っけんな……なん……お……そ、いんだよ……もう……もう……俺は……」
でも、言葉が出てこなかった。
そして、俺が堪えていたものが、そこで決壊した。
もう無理だった。
「優勝おめでとうございます。坊ちゃま」
「あ……ぅ……あ…………っ……」
ずっと、その言葉が聞きたかった。
三か月前、その言葉が喉を掻きむしるぐらい欲しかった。
だけど、サディスからあのとき出た言葉は、あまりにも悲しいことだった。
でも……でも……
「ああ……」
ようやく聞けた。
強くなったと。
勇者の息子だからとかじゃない。
魔王の技がどうとかじゃない。
俺が歯を食いしばって鍛え、学び、手にした技でようやく掴んだ栄光。
ただ、純粋にその言葉が俺の全身に染み渡った。
そう。今は、サディスとあの時の事や、これからのことを話さない。
今はただ、この瞬間だけはわだかまりを忘れ、素直にその祝福の言葉を俺は受けた。
そして俺は、あの時と同じように、そして今度は人前で……
「……ぅ……ああ! ぅ、あ……う……うううううっ!!」
俺は哭いた。
でも、この涙は、あの時とはまったく違うものだ。
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