第134話 違い

 ダメージもなく、スタミナの消耗もなく、特に何の問題もなく勝利。

 とはいえ、まだ一回戦。ここから油断しないようにだな。

 気絶したヨーセイと、取り押さえられて茫然自失な剣士女が関係者に連れていかれるのを横目で見ながら、闘技場を出ようと向かった出場者たちの入場門には、拍手をする男たちが、俺を出迎えた。


「見事だ、アース」

「マチョウさん」

「超一級品の拳を見せてもらった」


 真っ先に俺を称えてくれたのはマチョウさん。

 その言葉に頷きながら、他の出場者の連中も、敵同士でありながらも爽やかに祝福の拍手をくれた。

 でも、中には……



「確かに見事だったが……私は先程の未熟者とは違うぞ? 途中乱入した小娘の剣ともな。二回戦こそが本当の戦いの始まりだと思うことだな」


「ん?」


 

 そう言って、何やら挑戦的に言ってくる奴も居た。

 そいつは、この中で唯一腰に剣を携え、どこか冒険者風の格好をした二十代後半から三十代前半ぐらいの優男?


「あんたは?」

「二回戦で君と戦う、グランシャリオだ」


 なんか、ものすごいカッコいい名前だ……でも……


「二回戦って……あんたまだ戦ってないじゃん」

「ふっ、それもそうだったな。なら、早々と同じ舞台に立つとしよう。次の試合でね」

「まっ、それなら高みの見物でもさせてもらうんで」

「ははははは、いいな、君は。生意気そうだが、私は嫌いじゃない」


 自信満々にそう言って、マントを翻して気障な言葉を吐く。

 つか、こういう大会でマントって邪魔じゃねえか?


「ま~、それは置いておいて、どうアル? 今度、ウチの道場に出稽古に来ないアルか?」

「君の拳、本気で突き出したらどれぐらいの破壊力なんだい?」

「気に入った。ウチの道場で今後修行しないかい?」

「確かに強いが、もっとガタイを付けないといけないでごわす! 今度、うちの道場の名物鍋料理を食べにくるでごわす!」

「お尻触っていいかい?」

「どっちが大きいか見せっこしないかね?」


 と、他の道場の連中にまでいきなり囲まれてしまった。

 マチョウさんを見ても優しく笑っているだけだ。

 とはいえ、何だか照れくさいし、つか、異様に汗臭いし、何だか関わりたくない奴らも居るので、俺は輪からするりと抜け出す。


「んじゃ、あとで。俺は観客席に行ってるんで!」


 こんな所に居るなら、まだ華やかなシスターたちに囲まれていたい。

 俺は、挨拶だけ済ませてその場から走った。

 その途中……



「……あ……」


「「「「あっ………」」」」



 運ばれたヨーセイたちの元へ向かう途中と思われる、あいつの女たちとバッタリ出くわした。

 そして、俺と会った瞬間、四人は……


「あ、ああ……ひっ、た、たすけ……て……」


 四人とも、恐怖に怯えて震えだした。

 いや、俺、何すると思われてんだ?



「ったく……行けよ」


「……え? あ……え?」


「さんざん、エラそうな口叩いて多くの連中を見下してきたんだ。これからはもうちょい謙虚に生きるんだな」


「っ……う……」


「行けよ、さっさと」


「は、はいっ!」



 確かにこいつらはムカついた。いや、ほんと心の底から。

 だけど、殴って憂さ晴らしするなんて真似はしない。


『ふん、随分とお優しいな。笑って罵倒してもいいぐらい、ムカついていたのでは?』 


 立ち去る女たちの背を見ながら、トレイナがそう言った。


「けっ、くだらねえ。あんなのもう相手にする気はねえよ。もう十分哀れだしな……あのヨーセイも……」


 もう、俺とヨーセイでケリをつけたんだ。

 だから、もう関わることがなければ、それでもいい。

 

 もっとも、この時の俺はまだ知らなかったのだが、あの女たちが本当にトドメをさされるぐらいにへこむのはもう少し先になるのだが……それも俺にはどうでもいいことだった。


 で……

 

『なあ、童よ。一つだけ気になったのだが』

「ああ、なんだ?」

『貴様は先程の戦いで、ヨーセイに『気持ちは分かる』と言ったが……』

「ん? ああ。言葉通りの意味だよ」


 ヨーセイはあのとき、「お前に俺の何が分かる」と怒ったが、でも、あれは本心だった。


「考えたんだ。俺がもしあんたと出会っていなかったらって」

『なに?』


 もし、俺がトレイナと出会っていなければ?

 俺は帝都で今でも腐っていただろう。

 惰性でアカデミーに通い、姫やリヴァルやフーに劣等感を抱き、親父と母さんの偉業に押しつぶされそうになりながら、不貞腐れていただろう。

 

「そして、もし先にヤミディレに出会って、あの薬を差し出されたらどうしていただろうかって」


 あの薬にはリスクが伴う。しかし、それでも飲むだけで今の自分より強くなれる。

 汗をかいたり、疲れたり、時間をかけて地道な努力をしないで力が手に入る。

 そういうものを、あの時の自分に差し出されたらどうしていたか?



「トレイナ。白状すると、確かに薬にはリスクがあるのかもしれねえ。だが、それで今の自分の現状から脱することができるのなら……それに手ぇ出す気持ち……俺も分からなくもねえ」


『なんだと?』


「もし、俺があんたと出会えてなかったら。トレーニングして、日に日に強くなる自分を実感する喜びを味わえなければ。どんどん新しいことを教えてもらえる楽しさを知らなければ。帝都で燻っていた頃の俺なら……それで、姫たちを超える力を手に入れて、親父や母さんやサディスに認めて貰えたなら……俺もその薬に手を出していたと思う」



 あくまで可能性の話ではあるし、今の自分はそんなものを別に欲しいとは思わねえ。

 だが、一歩間違えれば俺もまた、ヨーセイのようになっていたかもしれない。

 そう思うと……


「だから、分からなくもねーんだ。別に助けたいとも思わないし、奴がどうなろうと知ったことでもねえ。でも、分からなくもねーんだ。だから、さっきはそう言ったんだと思う」


 ただの安っぽい同情だ。

 だから、別にこれで叩きのめされて、恥かいたヨーセイをどうしようとも思わねえ。

 だけど、俺もそうなっていた可能性もあったかもしれないと思ったとき……俺は……先に出会えたのがトレイナで……俺の師匠がトレイナで本当に良かったと、心から……


『ん? ……ふぁ?! ……ぬ……お……』


 ん? トレイナ? なんか物凄い動揺した顔を見せて……ッ?!



「あっ?!」


『い、いやいやいや、あ、いや、あのな、うむ、うむ、あ~、その、な?』


「いやいやいやいや、ああ、だな、うん、おおお、うん、勝ったー! 一回戦勝ったぞー!」


『お、おお、そ、そうだな。うむ、勝ったな! おお、うむうむうむ!』


「い、いえーい!」


『うむ! しかし、油断せぬように。ちゃんと他の試合も見て、次の試合に備えるのだぞ』


「押忍! 承知したであります!」


『うむ、それでよし! 武運を祈るぞ!』



 そう言って、互いにビシッと敬礼し合う俺ら二人。

 そうだった。トレイナには俺が心の中で言ってることは全部筒抜けなわけで……うん。

 でも、さっきのは互いに触れないということで……暗黙の了解っちゅうことで……


『ふ~……あ~……うむ』


 だが、そこで話を無理やり終わらせた俺たちだったが、トレイナはまだ何か言いたかったのか、少し唸った後、溜息を吐きながら…… 



『あ~……童。余は、違うと思うぞ』


「え?」


『貴様は奴とは違うと、余は思っている。たとえ、貴様が余と先に出会っていなかったとしても』



 一瞬何のことか分からなかったが、すぐに俺はハッとした。

 それは、俺が「俺もヨーセイと同じことをしていたかもしれない」と言ったことに対してだ。



『貴様は確かに捻くれていた。両親の偉大さと、幼馴染たちの才能を前に腐りかけていた。だが、それでも貴様は日課でちゃんと毎日トレーニングをしていた。勉学も、素振りも』


「そ、それは、サディスとかに無理やり……」


『やらされていたかもしれぬが、それでも貴様は「やっていた」のだ。自分を高める日々を送っていた。奴のように、多少の力を手に入れて既に満足と毎日を汗もかかずにダラダラと怠惰に生きる豚とは違う……力の差に戦意を失って校舎裏でイジけて何もしていなかった連中とも違う。だから貴様は違う。余はそう思うぞ』


 

 それは、所詮はもう仮定の話。

 いくら考えたって確かめようのない話であって、俺とトレイナどっちの意見が正しいと言い争っても不毛。

 だけど、嬉しくて、誇らしかった。


「ど、どうかな~。いや、やっぱ使ってたかもな、うん」


 でも、俺もそれを素直に言えなくて、ひねくれて笑いながらそう言い返した。



『ぬ? 余の言うことが間違ってると思うか?』


「いや~、でも俺のことは俺が一番分かってるしな~」


『何を言うか! 客観的に見ていた余が、貴様のことを一番よく分かってるわ!』


「いいや、使ってた。おう、俺は使ってた!」


『いいや、使っておらぬ!』


「使ってた!」


『使ってない!』


「使ってた!」


『使ってない!』


「使ってた!」


『使ってない!』


 

 なんかもう、互いに照れ臭くなってそれを誤魔化す様に二人して大声出して言い争っていた。

 すると……


「な……何やってるのかな? 一人で」

「え?」


 呼ばれて振り返るとそこには、ツクシの姉さんたちやサディス、モトリアージュたちが立っていた。

 

「えっ、あ、いや……」

「いや~、あんちゃんの勝利を労いに来たんすけど、一人で何を大騒ぎしてんすか?」

「はっ?! あ、いや~、その、うん、勝ててよっしゃあって!」

「ええ? そんな感じには……」

「ははは、いや、気にすんなって」


 どうやら、応援していてくれた皆が俺の勝利に降りてきてくれたようだ。

 だけど、俺はそれに気づかなくて、慌てて誤魔化した。

 俺にとっては言い争いでも、皆から見れば、一人で騒いでる危ない奴にしか見えないからな。



「さあ、続きまして一回戦、第二試合です! 出てきました、顔はおっさん、しかし体格は今大会で一番の低身長! しかし大の男たちを投げまくる、『滅力戦士・ヤワラ!』 対するは、堕ちた星は再び光を取り戻して昇ることが出来るか! 『亡国の反逆剣士・グランシャリオ』! 絶対に負けられない戦いがあるんです! さぁ、始めええええええ!」



 そのとき、司会のうるさい声がここまで聞こえてきた。


「おお、なんか第二試合始まったみたいだな。ほら、俺たちも上で見―――――」


 俺は今のことを慌てて誤魔化そうとして、話題を変えようとした……が……



「一本! ……じゃなかった、こほん、勝負あり!!」



 ん?



「えっ、もう!? はやっ?!」



 早すぎる決着がついたようで……つか、俺の次の対戦相手の試合を全く見ないまま終わってしまった。

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